29‐6.開戦です
「あーっ、いたーっ!」
つと、テーブルの間から、若い女性が姿を現します。
こちらを指差すや、辺りを見回しながら口元へ手を当てました。
「皆さーんっ! マティルダ隊長発見しましたーっ!」
すると、色んな所から様々な年齢層の男女が出てきては、お婆様の名前を呼びます。そちらにお婆様は、手を挙げて答えました。
どうやら、陸上保安部の方々なようです。いつまで経ってもテーブルへ戻ってこないお婆様を、手分けして捜索して下さっていたのだとか。わたくしのお婆様がお手数をお掛けしました。
“――あっ、マティルダ隊長の補佐官さん達ですかー? アマフェスお疲れ様でしたー。これからちょっと飲み比べ対決が始まるので、是非マティルダ隊長の応援をよろしくお願いしまーす。皆さんの応援があった方が、勝負にも張り合いが出ると思いますし。ねー、マティルダ隊長ー?”
「あぁ、そうだな。お前達がいてくれたら、私も心強いぞ。一層頑張れるというものだ」
“――と、いうわけでーっ。陸上保安部さんご一行っ、ご案内ーっ!”
おーぅっ! というお返事と共に、特別遊撃班の班員さん達が、陸上保安部の方々を元個室へと誘導します。いつの間に用意したのか、人数分の椅子とお酒が、並べられていました。
陸上保安部さんは、何がなんだか、というお顔をしつつも、素直に動いて下さいます。渡されたグラスも手に取り、どこか楽しそうな雰囲気を醸し出していました。
それでよろしいのですか、皆さん。マティルダお婆様を連れ戻しにきたのではないのですか。疑問は尽きません。
しかし、陸上保安部さん達が飲み比べ対決を止めない理由は、大体察しております。
と申しますのも、皆さんがわたくしの前を通り過ぎる際、ほのかにお酒の匂いがしたのです。
つまり、こちらにいるほぼ全員が、大なり小なり酔っていらっしゃるのでしょう。
酔っていては、正常な判断など出来ません。結果、店内の盛り上がり具合に流されたと、そういうことです。
これはもう、駄目ですね。飲み比べ対決を止めて下さる方は、いらっしゃらないようです。
となると、わたくしの出来ることは最早ありません。精々、勝負の行方を見守ることだけです。
“――それでは最後に、お二人共。意気込みの方をお願いします”
マイクを差し出され、お婆様はにこやかに、レオン班長はいつもの強面で、睨み合います。
“――息子にはまだまだ負けられないからな。必ずや勝ってみせよう”
“――……負けねぇ”
両者、やる気満々です。お二人の気合に感化されたのか、お客様の熱気も高まります。勝敗予想ボードにも、次々と票が入りました。どちらが勝つのか、楽しんで賭けていらっしゃるようです。
因みに、わたくしとしましては、正直勝敗は左程興味がございません。なんせ、どちらが勝った所で、レオン班長ともマティルダお婆様とも一緒にいられるのですから。
それより、明日の体調についての方が余程気掛かりです。
この調子でいきますと、レオン班長は間違いなく二日酔いになるでしょう。お婆様も、もしかしたら多少苦しまれるかもしれません。
いえ、いっそこの場にいるほぼ全員が、明日ベッドから起き上がれなくなりそうです。既に大量のアルコールが運ばれているのですもの。可笑しなテンションで笑い転げてもおります。手遅れ感満載です。
“――ではっ! 準備が整った所で、そろそろ始めたいと思いまーすっ!”
リッキーさんの声に、拍手と歓声が上がりました。この場の視線は、奥の席に座るレオン班長とマティルダお婆様、そしてテーブルにずらりと並べられた大量のグラスへ注がれます。
“――それでは参りましょうっ! 『森の中のドワーフ亭』主催、第一回飲み比べ対決っ! レディ……ファイッ!”
ゴング代わりに、お鍋の底が打ち鳴らされました。
ゴーンッ! という低い音共に、レオン班長とお婆様は目の前のグラスを掴み、ほぼ同時に仰け反ります。
“――おぉっ、早いっ! なんて早いペースなんだっ! みるみる内にグラスの中身がなくなっていきますっ! しかも両者とも、顔色一つ変えませんっ! 凄い親子ですっ! しかしっ、序盤からこんなハイペースで、果たして大丈夫なのでしょうかぁっ!?”
魔法のように消えていくお酒に、お客様も班員さん達も大興奮です。それぞれ応援している方の名前を呼んでは、エールを送っています。
あっという間にグラス四十杯分のお酒がなくなり、場は一層盛り上がりました。お二人を称賛する拍手も、湧き起こります。
「はーい。お待たせしましたー」
空のグラスが脇に寄せられた所へ、リッキーさんのお姉さんが、酒瓶を何十本も運んできました。テーブルの空いたスペースに、じゃんじゃん乗せていきます。
“――おっとぉ? ここで追加の酒が到着しました。どれもラベルが違いますが、全て異なる酒なんですかぁ?”
“――はい、そうです。全部で二十種類持ってきました”
“――二十種類もですかぁっ。それだけあると、色々な味が楽しめますねぇ。対戦者も酒が進んで、一段と勝負が白熱しそうです。でも、どの酒から飲んだらいいですかねぇ? これだけあると、迷っちゃいますねぇ”
“――でしたら、まずはこちらのお酒はいかがでしょう?”
と、リッキーさんのお姉さんは、まるで実演販売士さんが如きスムーズさで、一本の酒瓶を掲げました。
“――こちらは、『
“――あ、その銘柄、私も知ってますー。凄く美味しいって有名ですよね? でも、保存方法が難しいことでも有名ではありませんでしたかー? 確か、蔵元が許可を出さないと、絶対に卸して貰えないとかなんとか”
“――えぇ、そうなんです。ですので、当店では限られたスタッフのみが、細心の注意を払って取り扱っています。勿論、蔵元からの許可もきちんと頂いていますよ”
“――わぁー、凄ぉいっ! けど、そんな貴重な酒を、飲み比べに使ってしまって大丈夫なんですかー? 私が言うことではないですけど、この二人、飲みますよぉ?”
“――大丈夫です。当店では、常時二十本は確保していますから。なので、もしご興味があるお客様は、お気軽に店員までお申し付け下さい。今なら、こちらの艶髭も半額の対象となっています。匠の生み出す芸術品を、この機会に是非ご賞味下さい”
お姉さんが一礼すると、自ずと拍手が起こりました。次いで、紹介されたお酒の注文が其処彼処から入ります。
本当に実演販売のようでした。リッキーさんとの掛け合いも、まるで打ち合わせされていたかのようにスムーズです。流石はご姉弟ですね。
「はい、たんと飲んで下さいねー」
リッキーさんのお姉さんは、レオン班長とマティルダお婆様のグラスへ、お酒を注いでいきます。お二人はすぐさま飲み干し、次々とお代わりをしていきました。ですが、五杯目辺りでまどろっこしくなったのか、瓶を掴んでラッパ飲みをし始めます。
どんどん減っていくお酒と、レオン班長達の喉の動きに、またしても歓声が起こりました。
“――す、凄いっ! 何というスピードッ! しかも見て下さいっ、この余裕の表情っ! 勝負はまだまだ続きそうですっ! ということは、その分アルコール半額の時間が延び、お客様方にとっても嬉しい展開になってきましたっ! 反面、貴重な酒なんですから、もっと大切に飲んで欲しい所でもありますよねぇー”
確かに、と言わんばかりの笑いが、店内に小さく響きます。特別遊撃班の班員さん達など、野次を飛ばして笑いました。
そうして、二本、三本とお酒の瓶が紹介されては、次々と飲み干されていきます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます