26‐5.萎むメロンです



『はぁー……近くで見ると、一層凄い筋肉ですねぇ、シロさん』

『えぇ。まるで、大胸筋が歩いているようです』

『確かに、あの発達具合は素晴らしいですね。ですが、肩の筋肉も凄いですよ。小さなジープが乗っているのかと思いました』

『あら、シルヴェスターさんはジープに見えましたか? わたくしはメロンかと思いました』



 凄い、本当に凄いです、腹筋は板チョコ、と会話を交わしつつ、お兄さんの筋肉を鑑賞します。

 これでもかと大きな体は、いっそ作り物なのではと疑ってしまう程にムキムキです。一体どうしたらあのような肉体になれるのでしょうか。鍛え方が違うのでしょうか。それとも、遺伝的な要因が大きいのでしょうか。もし遺伝だとしたら、ご家族もさぞ素晴らしい体付きなのでしょうね。一度で良いので見てみたいです。



 そのようなことを考えていると、不意に、男性の視線が、わくわくふれあい広場の方を向きました。女性も、つられるように同じ方向を見やります。



「わぁー、ちっちゃーい。可愛いー」



 ふにゃりと頬を緩め、女性は男性の逞しい腕を引っ張りました。



「ねぇねぇ、マー君見て。軍用動物の子供達だって」



 そのまま柵の傍へやってきて、瞳を輝かせます。マー君と呼ばれた男性も、女性の隣でわくわくふれあい広場の中を眺めました。

 突如現れた巨体に、広場内にいたお客様達や隊員さんは、ぎょっと目を見開いています。子動物さん達も、こぞって振り返っては、デカい、デカいな、まるで動く冷蔵庫、と囁きました。




「可愛いねぇ、マー君。ちっちゃい子達がころころしてるよ。あ、あそこで狼ちゃん達がぎゅっと集まって、巨大なクッションみたくなってるー。あ、あっちには孔雀ちゃん達もいるよ。あ、カバちゃんも。あ、他にもいっぱい。いやーん、可愛いー」



 赤らめた頬を押さえて、女性は唇へ弧を描きます。



 そんな無邪気にはしゃぐ女性を一瞥すると、マー君さんは女性の指差す方向を眺めました。その表情は、変わらず厳ついです。時折相槌を打つように首を上下に動かすのみで、頬を綻ばせたり、口角を緩めたりということはありません。



 ですが、よくよく見ると、瞳の奥が、ほんの少しばかり、柔らかくなっているような気がしました。お顔も体付きもラスボス並の迫力ですが、しかし柵の中の幼獣達へ向ける眼差しは、確かな優しさを孕んでいると、わたくしには感じます。



 きっと、女性もわたくしと同じ考えに至ったのでしょう。マー君さんを見上げると、太い腕へ寄り添います。




「ねぇ、マー君。ちょっと中に入ってみない? 私、あの子達を撫でてみたいなぁ」



 甘えるように、マー君さんへ笑い掛けました。

 マー君さんは、視線だけを女性へ移すと、無言でじっと見つめます。それから、静かに目を伏せました。



「…………僕は、いい」

「え? 行かないの?」

「…………ここで待ってるから、チーちゃん、行ってきなよ」

「えー、一人じゃあ寂しいよ。マー君にも一緒にきて欲しいなぁ。ね、お願い」



 マー君さんの腕を掴んで、軽く揺らします。それでもマー君さんは、


「…………僕は、いいよ」


 と眉間へ皺を寄せました。皺が浮かぶ顎を引き、俯きます。



 そうして、手の甲へ血管を浮かべながら拳を握ると。




「…………きっと、怖がらせちゃうから……」




 メロンの如き肩の筋肉を、心なしかしょんぼりと萎ませました。



 傍から見たら、地面を親の仇と言わんばかりに睨んでいるようですが、今の会話を聞いていたわたくしには、どうしても復讐を誓う魔王には思えませんでした。

 女性も、気遣わしげにマー君さんを見上げています。




『シロさん……』



 つと、シルヴェスターさんが、わたくしを振り返ります。互いのお顔を見やるや、わたくし達は、頷き合いました。

 そして、駆け出します。




 これでもかと、尻尾を振りながら。




『いらっしゃいませ。アーマードフォーシーズフェスティバルへ、ようこそおいで下さいました』

『こんにちは。ドラモンズ国軍主催のアマフェスへご来場頂き、誠にありがとうございます』



 わたくしとシルヴェスターさんは、満面の笑みで突撃をかましました。柔らかな声と態度を心掛けつつ、歓迎している旨を、全身で表現します。



 突如現れたわたくし達に、マー君さんも女性も、驚いたように目を丸くしました。けれど、わたくし達の友好的な態度に、安心されたのでしょう。まず女性の表情が、ふにゃりと緩みます。



「えー、私達の所にきてくれたのー? ありがとうー、すっごい嬉しいー」



 柵に寄り掛かり、わたくしとシルヴェスターさんを上から覗き込みます。くりっとした瞳を弓なりにして、マー君さんの腕を叩きました。



「ねぇねぇ、マー君。この子達、すっごい尻尾振ってるよ。可愛いね」



 マー君さんは、何もおっしゃいません。

 ですが視線は、わたくしとシルヴェスターさんから、決して離しませんでした。

 鋭すぎる目付きと纏う威圧感に、一見するとメンチを切られているように思えなくもありませんが、その実わたくし達へ向けられる眼差しは、決して怖くありませんでした。寧ろ、道端で綺麗な蝶々さんを見つけたお子さんの如く、喜びと好奇心を帯びています。



『お二人共、こちらのアマフェスへは、本日初めていらっしゃったのですか? 他のコーナーなどはもう見て回られたのでしょうか?』

『もしお時間があるようなら、わくわくふれあい広場にもいらっしゃいませんか? 沢山の動物の子供と触れ合えますよ。分別のある方ばかりですから、吠えたり噛んだりは決してしません』

『そうですとも。怖くはありませんよ。ですので、よろしければわたくし達と共に、こちらで遊んでいかれませんか? きっと楽しいですよ。ねぇ、シルヴェスターさん?』

『シロさんの言う通りです。体を使う遊びが苦手であれば、我々と戯れるだけでもよろしいかと思いますよ。スキンシップはストレスを緩和する、という話もありますし』

『まぁ、そうなのですか? でしたら、尚更撫でて頂かないといけませんね。わたくし、今朝もレオン班長にブラッシングして頂いたので、とってももふもふですよ? いかがですか?』

『私だって負けていませんよ。母上に毛繕いを手伝って頂いたので、普段よりも触り心地抜群です。さぁ、どうですか? 私とシロさんを、触り比べてみたくはありませんか?』



 お二人の前をちょろちょろと動き回っては、笑顔で話し掛けていきます。わたくし自慢の白い毛も、さり気なく靡かせてアピールしていきました。



 さぁさぁ、こちらは撫でられる準備万端ですよ。いつ広場内にいらっしゃっても結構ですよ。わたくし達だけでなく、他の動物のお子さん達もいらっしゃいますからね。存分に触れ合っていって下さいな。

 そんな気持ちを込めて、わたくしは柵に前足を掛けます。後ろ足だけで立ち上がり、尻尾を振ってマー君さん達を見上げました。シルヴェスターさんも、わたくしのお隣で同じ体勢となります。



 満面の笑みで尻尾を振るわたくし達に、女性の瞳はこれでもかと煌めきました。



「えー、何ぃー? 君達、すっごく人懐っこいんだねぇー」

『そうなのです。わたくしとシルヴェスターさんは、とても人慣れしているのです』

『日々筋骨隆々な隊員達と接していますから、多少のことでは動じませんよ』

「ふふ、尻尾振ってるー。おめめもきらきらだねー。もしかして、遊んで欲しいのかな?」

『えぇ、そうです。わたくし達は、とっても遊んで欲しいのです』

『よろしければ、お相手して頂けませんか? お願いします』



 一層尻尾を振り、ついでにお尻も揺らすわたくし達に、女性の笑みは深まります。顎に皺を寄せるマー君さんの服の裾を、軽く引っ張りました。



「ねぇねぇ、マー君。なんだかこの子達、ずーっとマー君のこと見てない? マー君に興味があるみたいだね」

「…………大きいから、物珍しいんだよ」

「そうかな? それだけじゃない気がするけど。ねー、君達?」

『そうですとも。わたくし達、マー君さんの体格だけでなく、筋肉にも釘付けですよ』

『本当に素晴らしい肉体ですね。是非鍛え方のコツなどがあれば、教えて頂きたいものです』

「ほら。この子達も、そうだよーって言ってるよ」



 マー君さんは、黙って眉間へ皺を寄せます。怒っている風に見えなくもありませんが、どちらかというと、困っているような印象を受けました。

 女性も、きっと同じ考えに至ったのでしょう。


「あ」


 と、まるで、今思い付きました、と言わんばかりに、手を叩きます。




「もしかしたらこの子達、マー君と遊んで欲しいんじゃない?」




 笑顔で、そうおっしゃいました。



 途端、わたくしとシルヴェスターさんの口角が、持ち上がります。尻尾の動きも、速さを増しました。



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