26‐4.ナイスバルクです
『いやー、驚いたわ。シルがまさか、こんな白昼堂々シロちゃんを口説くなんてな』
『随分と恰好えーこと言っとったなー。なんやったけー? シロちゃんはシロちゃんらしくー、やったっけー?』
『そんなんやったそんなんやったぁ。でぇ、後は顔をこう、きりっと決めてなぁ』
『そうそう、きりっと決めてな。んん……“無理はせず、シロさんはシロさんらしくあればいいのではないか。私はそう考えていると、そういうことです”……きりっ』
『ぶひゃーっ。に、似てるーっ。めっちゃ似てるやーんっ』
『ぐふぅっ。ちょ、そのきりっと顔でこっち見ないでやぁっ。笑てまうやぁんっ』
『笑わんといてや。うち、めっちゃ真剣にやっとるのに。きりっ』
『きりっ、やあらへんわーっ。めっちゃ笑わせにきとるやーんっ』
『どの口が真剣なんてほざいとるんよぉ。きりっ、とか言っとる癖にぃ』
きゃらきゃらと声を上げて笑うお姉様方。地面に転がる勢いで、そりゃあもう楽しそうです。
ですが、あの、よろしいのですか?
お姉様方の前で、シルヴェスターさんが、物凄く体を震わせているのですが……。
『っ、いい加減にしてぇやぁぁぁぁぁーっ!』
案の定、シルヴェスターさんは、銀色の毛を逆立てて怒ります。
『俺が何言ったってえぇやろうがぁっ! いちいちからかってこないでやぁお姉ちゃぁぁぁーんっ!」
『あ、シルが怒ったわ。きりっ』
『ほんまやー、早く逃げなー。きりーっ』
『撤退やぁ、撤退やぁ。きりぃっ』
『きりきりきりきり煩いわぁっ! そもそもきりってなんやねぇぇぇぇぇーんっ!』
シルヴェスターさんが、怒鳴りながら走り出しました。ケルベロスのお姉様方もすかさず身を翻し、さっと逃げていきます。
去り際に、皆さんきりっとしたお顔をわざわざ向けてくるものですから、もうシルヴェスターさんはお冠です。
『腹立つ顔でこっち見んなやぁぁぁぁぁーっ!』
と一層吠えては、お姉様方の笑いを助長させていました。
息を切らせて、姉達の背中を睨むシルヴェスターさん。そんなシルヴェスターさんの背中を、わたくしは見守っております。
きっとこの後、我に返ったシルヴェスターさんと目が合い、わたくしは非常に気まずい思いをすることとなるのでしょう。そして天気の話でもして、受け流すのです。この三日間でお決まりとなってきたパターンですね。
しかし、流石に毎回天気の話というのも、つまらない気がしてきました。ここいらでそろそろ別の話題も用意してみましょうか。
天気の他は、季節や趣味、己の所属している部署の話などがありますが、さて、何がよろしいでしょう。
いっそステラさんのお話でもしてみましょうか、とわたくしは、わくわくふれあい広場の柵の外を、見回しました。
「はっ、シ、シロちゃま……っ」
本日もステラさんは、朝から大砲のようなレンズの付いた撮影機を携えて、アマフェスに参加して下さっています。昨日、柵の中での撮影に精を出していたからか、本日は外からわたくし達子動物を写真に納めているようです。
わたくしと目が合うや、ステラさんの表情はでろりと緩み、シャッターボタンを切る指が元気良く上下し始めました。本日も絶好調みたいですね。
ステラさんでしたら、シルヴェスターさんにもお顔を知られておりますし、
『本日もいらっしゃっていますねぇ』
やら、
『一体どのような写真が撮れているのでしょうか』
やらと、やろうと思えばいくらでも内容の薄い会話が出来そうです。気まずさを受け流すには、丁度良いかもしれません。
そうと決まれば、と、いつシルヴェスターさんと目が合ってもいいよう、心構えをしていると。
『あら?』
柵の外が、何やらざわめいているのに気が付きました。
来場客の皆さんが、一様に同じ方向を気にしています。ですが、直視はしていません。まるで盗み見するかのように、ちらちらと目を動かしているのです。
一体何があるのでしょう。わたくしは、何の気なしに振り返りました。
途端、視界に飛び込んできた光景に、固まります。
「………………シ……シルヴェスターさん。シルヴェスターさん……っ」
「え、あ、は、はい。どうしましたか、シロさん?」
「あ、あちら、あちらを、ご覧下さい……っ」
一点を見つめたまま前足を何度も動かすわたくしに、シルヴェスターさんは不思議そうに相槌を打ちました。それでも、わたくしのお願い通り、前足が示す先を見て下さいます。
『な……っ!』
狼さんの耳と尻尾が、ぴーんと立ち上がりました。
周りの来場客よりも、頭一つ、いえ、二つ近く高い身長の男性が、アマフェスの出入口方面から、のっすのっすとこちらへ向かって歩いてくるのです。
横幅も、二倍はあります。けれど、太っているというわけではなく、無駄なものを一切取り除いて残ったもので構成されている、というような印象を受けました。土台が違う、とでも申しましょうか。服の上からでも分かる筋肉の隆起に、感嘆の溜め息しか出てきません。
『す、凄い筋肉、ですね、シロさん……』
『えぇ……物凄い仕上がりです。キレッキレですね』
『キレていますね。きっとあそこまで絞るには、眠れない夜もあったでしょう』
『えぇ、本当に。素晴らしすぎて、他の方が目に入ってきません』
凄い、凄いです、ナイスバルク、とお話しながら、件の男性にわたくし達の目は釘付けとなります。周りの来場客の皆さんも、滅多にお目に掛かれない彫刻の如き肉体に、図らずとも視線を奪われてしまったのでしょう。よって同じ方向を気にしていたと、そういうことなのですね。
と、思っていたのですが。
男性が近付いてくるにつれ、それだけが理由なのではないのだと、理解しました。
男性の眉毛は、太く凛々しく吊り上がり、目も切れ長の極みのような鋭さです。口角は下げられるだけ下げた結果、顎に皺が出来ています。レオン班長にもクライド隊長にも負けず劣らずなお顔です。
そのような迫力満点な男性ならば、成程、確かにこっそり見てしまうかもしれません。強面に見慣れているわたくしでも、思わず目を奪われるマフィア顔です。いえ、いっそ魔王顔と言っても良いかもしれません。ただそこにいるだけで漂うラスボス感は、筋骨隆々な肉体も相まって、どう頑張っても只者ではありません。
しかも、こちらのお兄さん。
なんと、女性を連れているのです。
リスさんのような、小柄でくりっとした瞳の、可愛らしい女性です。男性のバリバリに仕上がっている太い腕へ、自身の細く柔らかそうな腕を絡ませ、笑顔で話し掛けています。内容は聞こえませんが、それでも、女性の目線や仕草から、とても楽しそうと申しますか、あぁ、お兄さんのことが好きなのだなぁと、ひしひしと伝わってきます。
幸せオーラ満開な女性と、魔王。このギャップのある組み合わせが、余計に周りの視線を集めている気がします。
あまりに見られているからか、男性の眉間へ、ぐっと皺が寄りました。いかにも不機嫌そうな表情に、周りの方は体を強張らせます。
ですが、わたくしは特に怖いとは思いませんでした。
何故なら、困っている時のレオン班長と、そっくりな雰囲気を纏っているのですもの。
恐らくあのお兄さんは、レオン班長と同じく、見た目で誤解されるタイプの方なのです。そう思うと、途端に親近感を覚えます。
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