26‐6.マフィアキラーです



「わ、凄い嬉しそう。ふふ、やっぱりそうだよ。この子達、マー君と遊びたいんだよ」

「…………チーちゃんの、気のせいじゃないかな」

「そんなことないよ。絶対そう」

「………………でも、勘違いかもしれないし」

「勘違いじゃないって。ほら、見て。こんなに『遊びたいよー』って顔してるじゃない」



 と、チーちゃんさんに言われたので、わたくしは、全身全霊で遊びたいお顔をしました。シルヴェスターさんも、それはもう全力で遊んで欲しいお顔をされています。尻尾の動きも、フルスロットルです。



 それでも、マー君さんは中々頷いてくれません。ぐいんと唇を曲げ、無言で地面を見つめています。

 けれど、この場から動かず、且つ、時折視線をわたくしとシルヴェスターさんへ向けることから、全く脈がないわけではないと思うのです。何かしらの切っ掛けがあれば、わくわくふれあい広場に足を踏み入れて下さるのではないでしょうか。



 しかし、一体どうしたら、と考えていると。




『……そうだっ』




 不意に、シルヴェスターさんが、耳をぴんと立ち上げました。



 かと思えば、柵から前足を離し、走り去っていきます。




『え、シ、シルヴェスターさん? どちらへ行かれるのですか? シルヴェスターさーん?』



 ギアー? というわたくしの問い掛けに、返事はありません。何かを思い付いたようでしたが、一体何をされるおつもりなのか。皆目見当が付きません。



 何にせよ、出来るだけ早く帰ってきて頂きたいです。

 何故なら、いきなりシルヴェスターさんがいなくなったお陰で、マー君さんの肩のメロンが、しょぼんと萎んでしまったのですもの。



『だ、大丈夫ですよ、マー君さん。シルヴェスターさんは、別にあなたのことが嫌いだから、どこかへ行ってしまったわけではございません。きっと、止むに止まれぬ理由があったのです。戻っていらしたら、理由を聞いてみましょう。ね? それがよろしいですよ』



 しかし、マー君さんのメロンは、瑞々しさを取り戻してはくれませんでした。

 ど、どうしましょう。兎に角、少しでも元気付けなければ……っ。



 わたくしは、一生懸命励ましの言葉を送りました。気持ちが伝わるよう、笑顔と視線、口調の柔らかさなど、思い付く限りのことを意識します。



 そうして、マー君さんの心が上向きになるよう努力していると、不意に、こちらへ近付いてくる足音が聞こえてきました。

 もしや、シルヴェスターさんが戻ってきて下さったのでしょうか。わたくしは、期待を込めながら振り返ります。



 直後、目を丸くしました。




『お、お待たせしました。いきなりいなくなってしまい、申し訳ありません』



 飛び込むように現れたのは、やはりシルヴェスターさんでした。

 わたくしは、返事を返しつつも、視線はシルヴェスターさんの口元へと固定します。




 何故か、綱が咥えられていました。

 引っ張り合いをして遊ぶ時に使う、おもちゃ用の綱です。




 一体何の為に、と内心首を傾げていると、シルヴェスターさんは、徐に柵へと近付きました。マー君さんの前で立ち止まり、にこりと目を弓なりにします。



 そして、ぱっと、お口を開けました。



 咥えていた綱を、ぽとりと地面へ落とします。



 そのまま姿勢良く座り、マー君さんを見上げて、尻尾を振りました。




 紛うことなく、おもちゃで遊んで欲しい子狼さんの図です。




『さぁ、マー君さん。この綱で引っ張り合いをしましょう。その泣く子も黙りそうな上腕二頭筋で、私と勝負ですよ』



 お口から舌を出し、シルヴェスターさんは微笑みます。



 マー君さんは、小さく息を飲みました。仁王立ちしたまま、シルヴェスターさんをじーっと見つめています。




 そんなマー君さんの姿に、わたくし、瞬時に察しました。



 畳み掛けるチャンスは今だ、と。




 わたくしは、素早く辺りを見回します。丁度目に留まったボールの元へ急ぎました。前足で蹴りながらボールを運び、柵の前まで戻ります。そうして、シルヴェスターさんが持ってきた綱の横へ、ボールを並べました。



『わたくしもっ、わたくしもこちらのボールで遊びたいですっ。マー君さんの子持ちシシャモさんの如きふくらはぎで蹴られたボールを、見事受け止めてみせますよっ』



 尻尾を振り乱して、マー君さんを見上げました。なんでしたら、前足で少し突いては、追い掛けるフリをしてみせます。シルヴェスターさんも、綱を引っ張るフリをしては、マー君さんを見やるというのを繰り返しました。




 マー君さんは、呆然と佇んでいます。かっと目を見開き、まるでわたくし達を眼力だけで圧し潰そうとしているのかと思う程に凝視しました。

 ですが、その瞳の奥には、驚きと困惑、そして少しの希望が見え隠れしています。きつく結んだ唇をひん曲げ、大きすぎる程に大きな体を、もじりと揺らしました。



 見つめ合うわたくしとシルヴェスターさんとマー君さんを、チーちゃんさんは見比べます。二度、三度と首を動かし、徐々に目の輝きを増していきました。

 やがて、嬉しそうに口を両手で押さえると、マー君さんの丸太のような腕を、ぺちりと叩きます。



「マー君っ、やっぱりそうだったじゃないっ。この子達、マー君と遊びたがってるよっ。おもちゃまで持ってきてアピールしてるよっ。どう考えても勘違いじゃないってっ」

「…………そ、そう、かな……」

「そうだよぉっ。絶対そうっ。ねっ、君達っ?」

『えぇ、そうですとも。チーちゃんさんの言う通りです』

『私達は、お二人とこれでもかと遊びたいと思っていますよ』

『幸い今は、お客様も少なめとなっております。周りの目もあまり気にならないのではないでしょうか? ねぇ、シルヴェスターさん?』

『そうですね、シロさん。タイミングも非常に良いので、是非この機会を逃さないで頂きたいです』



 ねー、とお顔を見合わせてから、わたくし達は、マー君さんとチーちゃんさんを再度見上げます。尻尾を振って、満面の笑みを浮かべました。ついでにおもちゃもアピールし、遊ぶ準備は万端であると言外にお伝えします。




「ほら、ほらマー君。この子達、もう遊ぶ気満々だよ。マー君と綱引きしたり、ボールを投げて貰ったりする気満々だよ。こんなに可愛くお願いされてるんだから、期待に応えてあげなきゃ。ね?」



 マー君さんの手を掴み、チーちゃんさんは揺らしました。軽く引っ張りもして、わくわくふれあい広場へと誘います。



 マー君さんは、わたくしとシルヴェスターさんを、無言で見つめました。しばしそのまま立ち尽くしたかと思えば、不意に、レオン班長以上にお顔を厳めしく顰めます。まるで、目障りなものをこれから蹴散らしてやるぞ、と言わんばかりの表情で、ゆっくりと、口を開きました。





「………………チ、チーちゃんが……そう言うなら……」





 聞こえるか否かの音量で、もそもそと、けれど、しかと、呟かれます。




 途端、チーちゃんさんの表情が、輝かんばかりに明るくなりました。わたくしとシルヴェスターさんも、耳と尻尾を一気に立ち上げます。




「じゃあ行こうっ。ほらっ、早く早くっ」



 マー君さんと手を繋いで、チーちゃんさんは小走りで動き出しました。その後を、マー君さんがのっすのっすと付いていきます。



『シロさんっ。私達も行きましょうっ』

『はいっ、そうですねっ』



 わたくしは、ボールを蹴りながら、広場の出入口へ向かいました。綱を咥えるシルヴェスターさんと共に、外へ繋がる扉の前で、今か今かと待ち侘びます。




「す、凄い……通好みが、遂に大物を釣り上げてきたぞ……っ」

「流石にあれは駄目だと思ったのに……K専のポテンシャル、恐るべし……っ」

「いや、本当恐ろしいな。まさか、あのレオン班長もびっくりなマフィア顔のお客さんまで呼び込んでくるとは……」

「あの子は最早、通好みやK専なんて枠に収まっちゃいない。言うなれば、そう……マフィアキラー……ッ!」




 少し離れた場所から、わくわくふれあい広場を担当している隊員さん達の声が聞こえてきます。どうやら、また新たな称号を頂いてしまったようです。

 わたくし、マフィアをキラーリングした覚えは一切ないのですがね。



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