25‐1.もぐもぐタイムです
お昼寝から目覚めると、何故かレオン班長に抱っこされていました。可笑しいですね。わたくし、日陰で寛いでいた筈なのですが。
しかもレオン班長は、何故かわたくしの耳を、これでもかと拭ってくるのです。それ程汚れていたのでしょうか? 自分では見えない位置なので気付きませんでした。ありがとうございます、レオン班長。
そんなこんなで、アーマードフォーシーズフェスティバル、略してアマフェスの一日目が終了しました。
慣れないお仕事をしたからか、その日はベッドへ入るや、あっという間に眠ってしまいました。朝も、出発直前まで寝ていましたし、会場へ向かう際も、レオン班長の腕の中でうたた寝をしてしまいます。そのせいか、わくわくふれあい広場に到着してからも、レオン班長はわたくしを離しません。特別遊撃班が担当するコーナーへ向かってもくれません。
結局レオン班長は、またしてもじゃんけんに負けたゴリラ獣人の男性隊員さんからクライド隊長と繋がった通信機を渡されるまで、広場に居座りました。
二日続けてご迷惑をお掛けしてしまい、隊員さん達には大変申し訳なく思います。
そうして始まったアマフェス二日目ですが。レオン班長の一件以降は、特にこれといった事件もなく、極々平和な時間が流れます。
わたくしは昨日に引き続き、尻込みする強面のお客様にお声掛けしつつ、楽しんで頂けるよう努めました。
お陰で『通好み』だけでなく、『K専』という称号も頂きました。
因みにK専のKは、強面のKだそうです。
全くもって嬉しくありません。
「それでは皆さん、大変お待たせしましたー」
わくわくふれあい広場担当の隊員さんが、笑顔で周囲を見回します。
「これより、軍用動物の子供達による、もぐもぐタイムを始めたいと思いまーす」
わぁ、と歓声が湧き、拍手も上がります。そちらを合図に、隊員さん達が、ご飯の入ったお皿を持って進み出ました。待機していた陸上保安部組や肉食の養い子達の前へ、一皿一皿置いていきます。
皆さん、流石はドラモンズ国軍に所属しているだけあり、誰ひとりとして勝手に食べ始めません。きちんと腰を下ろしたまま、隊員さんからの合図を今か今かと待ち詫びています。
「…………よしっ」
合図が聞こえた途端、皆さん一斉に
『いただきまーす』
と食事を始めます。
勢い良くかっ食らっていく様に、お客様からまたしても声が洩れました。撮影機を持っていらっしゃる方は、シャッターを押す指を二度三度と上下させています。
お皿の中身がなくなると、子狼さんと肉食の養い子達は退場します。入れ替わりに、今度は草食のお子さん達が、お客様の前へやってきました。
「ご飯あげ体験の抽選に当たった方は、こちらに集まって下さーい」
隊員さんの声に、十数名のお客様が動き出します。野菜の入った紙コップを受け取ると、草食の子動物さんの元へ向かいました。紙コップから摘んだ野菜を、差し出します。
『ありがとー』
お礼を言ってから、皆さん美味しそうに野菜を召し上がっていきました。その姿に、抽選で当たったお客様は、目を輝かせます。特に小さなお子さんは、声を上げてはしゃいだり、
「可愛いっ」
と満面の笑みを浮かべたりしました。
ご飯あげ体験の抽選に漏れたお客様も、わたくし達の食事風景を眺めては、表情を緩ませています。
特に、最後尾にいらっしゃるステラさんは、それはそれはお顔を蕩けさせていました。
大砲のような長いレンズが付いた撮影機を構えつつ、頬を真っ赤にしています。今にも涎を垂らさんばかりです。
どうやら今回は、無事お休みを獲得出来たようです。アマフェス開場直後から、ずーっとわくわくふれあい広場にいらっしゃいます。昨日の宣言通り、一日中いるおつもりなのでしょうか? その辺りは定かではありませんが、まぁ、レオン班長のように、いるだけで周りへ影響を及ぼすタイプの方ではないので、問題はないでしょう。
因みに、柵の外には、昨日もいらっしゃっていたやんちゃ系男性五人組の姿もありました。
相変わらず広場の中には入ってきませんが、それでも、もぐもぐタイムの様子をさり気なく楽しまれているようです。心なしか、前日より滞在時間が長引いているような気もします。この調子で、是非わたくし達と触れ合って頂きたいものですね。
「――はーい、ありがとうございましたー。では、次の動物さんに登場して貰いましょーう」
つと、司会役の隊員さんがこちらを向きました。どうやら出番のようです。
わたくしは粛々と進み出て、子狼さん二名、ティファニーママさんの養い子である子猫さん一名と共に、用意されたベンチの下で待機します。
「次にご紹介するのは、ここにいる動物さんの中でも一番年下の、赤ちゃん達でーす。歯がしっかり生えていなかったり、内臓がまだ未熟であったりという理由から、この子達は、お肉や野菜が、まだ食べられません」
隊員さんは、身振り手振りを交えて説明していきます。
「なので、この子達のご飯は、栄養たっぷりなミルクとなっていまーす」
と、哺乳瓶を取り出し、お客様に見せました。わたくしが普段使っているものより、二回り程小さなサイズです。
「こちらのミルクも、抽選で当たったお客様に飲ませて頂こうと思います。では、該当する方は前へお願いしまーす」
すると、十数名の方が司会の隊員さんの元へ集まりました。ミルクの入った哺乳瓶を受け取ると、他の隊員さんに案内されながら、ベンチまでやってきます。
「はい、ではこちらに座って、膝掛けを太ももに乗せて下さいねー」
説明に沿って、ベンチに座った四名のお客様が、膝掛けをご自分の足へ広げました。
「次に、膝掛けの下で、足を軽く開いて頂いて……はい、結構です。では、動物さんをお膝に乗せますねー」
わたくしを含むミルク組の面々が、隊員さんに抱っこされます。膝掛け越しに、お客様の足の間へ下ろされました。
見上げれば、若いお嬢さんと目が合います。小さな歓声を上げ、口元を綻ばせていました。お嬢さんのお友達らしき女性も、頬を緩めていらっしゃいます。ですので、わたくしもにっこりと微笑み返しました。
「片腕で、動物さんの体を抱き締めて下さい。ご自分の方に引き寄せて、太ももで少し挟むようなイメージで……はい、結構です。これで準備完了ですので、早速ミルクを飲ませてあげて下さい」
お嬢さんが哺乳瓶を構えた途端、わたくしの尻尾は自ずと動き出します。きっと瞳も、期待に煌めいていることでしょう。
そんなわたくしの様子に、お嬢さんは一層口角を持ち上げると、哺乳瓶の吸い口を差し出して下さいました。わたくしは
『いただきます』
とすぐさま頬張り、ミルクを吸っていきます。
『んぐ、んぐ』
口を動かすわたくしを、お嬢さんはじっと見下ろしました。お連れの女性も、すぐ傍で眺めます。その表情は、慈愛に溢れていました。
「はぁー……可愛い」
「うん、可愛い。これはやばい」
「やばい。ずっと見てられる」
「見てられるわぁ、これ」
「ね。本当可愛い」
「可愛い本当」
ありがとうございます。褒めて頂けて光栄です、という気持ちを込めて、ちらとお嬢さん方を見やれば、途端にお顔の筋肉が綻びました。
「美味しい、シロクマちゃん?」
『んぐ、はい、とても美味しいですよ』
「たんと飲みなー」
にこにこと目尻を垂れさせつつ、わたくしを撫でるお嬢さん方。ミルクを飲むだけでこれ程喜んで頂けるなんて、こちらとしても嬉しい限りです。
さて。
ここで一つ、お知らせがございます。
実は、お嬢さん達が、いえ、この場にいるお客様の殆どが知らないであろう事実が、あるのです。
それは、わたくし達にミルクを飲ませる際、お膝に乗せる必要も、抱き抱える必要も特にない、ということです。
実際の所、地面に立っている状態でも、飲むことは可能なのです。
ならば、何故お膝に乗せているのか、という話なのですが。
実は、こちらのもぐもぐタイムが企画された時、わくわくふれあい広場を担当されている隊員さん全員から、是非抱っこをしながらミルクをあげて貰いたい、という熱い要望が出されたからです。
その理由が、こちら。
「あ、あ、きた……っ」
お嬢さんの悲鳴めいた囁きと共に、辺りがざわめきます。
皆さん、一様に視線を、ミルクを飲んでいるわたくし達の口元から、前足へと移しました。
動いています。
母乳の出を良くしようという本能から、お客様の太ももを揉むように、前足が動いていました。
当然わたくしの前足も、唸りを上げております。
「ひぇぇぇ……っ。ふ、ふみふみしてるぅ……っ」
「かわ……可愛ぁ……」
お嬢さん方のお顔が、幸せそうに蕩けました。
わたくし以外の子動物さんにミルクを上げているお客様も、似通った表情をされていますし、周りを取り囲んでいるお客様達も、ほぼ同じ表情筋の緩み方をされています。
そんな皆さんを眺める、隊員さん方のしたり顔と言ったらもう。
計画通り、と顔面が物語っております。
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