25‐2.望まぬ再会です
そうしてわたくしは、三回程入れ替わったお客様から、それぞれミルクを飲ませて頂きました。ついでに足も揉ませて頂きました。これ程堂々と余所様の太ももに触るなど、わたくしがシロクマでなければ現行犯逮捕間違いなしの所業です。
ですが、幸いどの方も喜んで下さったようなので、ほっとしました。訴えられたら、勝てる気がしませんもの。
それと余談ですが。
もぐもぐタイムで一般の方からミルクを貰うようになって、気付いたことがございます。
レオン班長は、本当に逞しい肉体の持ち主なのだな、と。
肉球越しに感じる筋肉の質が、お客様とレオン班長では全く違うのです。
一般のお客様は、ぷにぷにと柔らかくて薄いと申しますか、日常生活をする上で最低限必要な筋肉、と言った感じなのです。
対するレオン班長の筋肉は、非常にみっちりと詰まっています。揉んだ時の弾力も桁違いです。なにより、わたくしの体を支える腕の安定感が違います。何があっても決してわたくしを落とさないであろう、と心から思わせる筋肉です。お陰でわたくしは、いつも安心してレオン班長に身を任せております。
そこへいくと、先程わたくしにミルクをくれたお客様方は、少々心許ないと申しますか、落ちやしないかと若干体に力が籠ってしまっていたように思えます。たかがミルクを飲ませると言えど、これ程違いが出るのですね。驚きです。
さて。
もぐもぐタイムも盛況のまま無事終わり、わたくしは現在、お昼休憩に入っております。腹ごなしも兼ねて、休憩用の広場の中を、柵に沿ってお散歩していきました。
本日も、すこぶる良い天気です。太陽の光が、燦々と降り注いでいます。あまりの気持ち良さに、わたくしと同じくお散歩をする方や、寝転んで寛いでいる方などが、其処彼処にいました。皆さん、うっとりと目を瞑り、太陽の温もりを享受しております。
心なしか、毛や羽が一層もふもふと膨らんでいるように見えました。わたくし自身も、自慢の白い毛が、気持ちふんわりしてきた気がします。干したお布団ではないのですから、そのようなことはない筈なのですが。
まぁ、万が一本当に膨らんでいたとしても、それはそれで問題ありません。寧ろ、手触りの良くなった毛に、来場客の皆さんも喜んで下さるでしょうから、結果オーライという奴ではないでしょうか。
そんなことを考えながら、るんたるんたと足取り軽く歩いていますと。
「……シロちゃん?」
不意に、名前を呼ばれました。
わたくしは、何の気なしに振り返ります。
直後、後悔しました。
「まぁっ、シロちゃんじゃないのっ!」
視界へ飛び込んできた人物の姿に、お顔が勝手に引き攣っていきます。
長いまつ毛で縁取られた瞳。
ふっくらとした頬。
低めな背に、孔雀さんのマークが入った軍服。
そして、赤いリボンでハーフアップにされている、くるんくるんと巻かれた縦ロール。
間違いありません。あちらの女性は――
『――オ、オリーヴさん……』
ぱっと表情を明るくしたオリーヴさんに、わたくしの表情筋が、ひくりと震えます。ついでに、腰も勝手に引けていきました。耳と尻尾も下がり、今すぐにでも逃げ出したいです。けれど、あからさまに避けるのもあれかと思い、どうにか踏み止まりました。目の前までやってきてしまった縦ロールの持ち主を、ぎこちなく、見上げます。
「ご機嫌よう、シロちゃん。久しぶりね」
『こ、こんにちは、オリーヴさん。お久しぶりですねぇ』
おほほと愛想笑いを浮かべつつ、ご挨拶を返します。
するとオリーヴさんは、ふっくらとした頬を、ほんのり赤らめました。目の輝きも、若干強くなった気がします。
「元気だった? あれから一回も会えていなかったから、気になっていたのよ」
『そうですか。気に掛けて頂いて、ありがとうございます。ですが、どうぞご心配なく。わたくしは、この通りどこも問題ありませんので』
「見た限り、元気そうね。毛艶もいいし、体もふくふくしているし、動きも可笑しな所はないし。良かったわ」
『そうですとも。わたくし、本日も絶好調ですよ。ミルクもたっぷり飲みましたので、この後のお仕事もしっかりと頑張れます』
にこやかに会話を交わしながらも、わたくしの足は、一歩、また一歩と後ろへ下がっていきます。反対にオリーヴさんは、わたくしが下がった分、前へ進み出ました。距離は開かず、されど詰まることもなく、一定の間を保ちながら移動し続けます。
しかし、その追い掛けっこも、わたくしのお尻が広場の柵に当たった所で、終わりを迎えます。
端まで追い詰められ、思わずはっと後ろを確認した、その瞬間。
わたくしの体は、宙へと浮き上がります。
オリーヴさんに、抱えられてしまいました。
嫌な予感しかしません。
『オ、オリーヴさん? どうされたのですか? いきなりわたくしを抱っこなどして』
「はぁー、久しぶりのシロちゃんの温もりだわぁ。相変わらず毛がふかふかねぇ」
『あ、ありがとうございます。褒めて頂けて、とても嬉しいです。ですが、重いでしょうから、下ろしてくださって結構ですよ』
「あぁ、この丁度いい重みも懐かしい。抱き締めた時の感触も、ほんのり香るミルクの匂いも、意外にがっしりしているあんよも、何もかもが夢にまで見た可愛さだわ。あぁ、可愛い。本当に可愛い」
『可愛いだなんて、褒めすぎですよ。所で、わたくしそろそろ地面が恋しくなってきたので、出来る限り早く下へ下りたいのですが』
「特に、この肉球。ぷにぷにですべすべで、いつ見ても可愛いわぁ。こんなに小さいのに可愛いがぎゅぎゅっと詰まっているなんて、凄いわねぇシロちゃん」
『凄いかどうかはさておき、オリーヴさんが掴んでいるわたくしの前足を、速やかに開放して頂きたいです。先程から、なんだか背筋がぞくぞくしますので』
「すぅー、はぁー……シロちゃんの肉球は、感触が気持ちいいだけじゃなく、匂いもいいのねぇ」
『あの、止めて下さい。わたくしの肉球の匂いを、嗅がないで下さい』
「この可愛くもいい匂いなあんよで踏まれたら、きっととっても気持ちいいんでしょうねぇ……」
『止めて下さい。絶対に止めて下さいよ、オリーヴさん。これ以上はわたくしも許しませんからね。何かしようものなら、全力で叫びますよ。そして全力で他の隊員さんを呼びますからね。分かりましたね?』
ぐっと前足を引き寄せて、ついでに体も仰け反らせ、少しでもオリーヴさんから距離を取ろうとします。功は奏していない雰囲気ですが、それでも、出来るだけ分かりやすく拒否の姿勢を見せていきます。加えて眉間に皺を寄せ、不快感も露わにします。
どうですか、このレオン班長を参考にした顰めっ面は。こちらならば、流石のオリーヴさんでも、わたくしが嫌がっていると察して下さるでしょう。
「はぁー、踏まれたい……シロちゃんの可愛いあんよで、顔面をこれでもかと力強く踏まれたいわぁ……先っちょだけでもいいから……」
……あまり効果はなかったかもしれません。わたくしの肉球を指で揉みながら、熱く見つめてきます。諦めていませんよ、これは。
『で、ですが、心なしか勢いは少しなくなったよう思えます。このままいけば、もしかすれば、解放して貰えるやも……?』
そんな希望を持った、その時。
「でもねぇ、駄目なのよ」
不意に、オリーヴさんは、盛大な溜め息を吐きました。
「私ね、リッキー君に言われているの。あんまりシロちゃんにしつこく迫らないようにって」
『え……? リッキーさんが、ですか?』
目を丸くするわたくしを余所に、オリーヴさんは、もう一つ息を零します。
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