24‐13.可愛いを囲む会




     ◆   ◆   ◆




 休憩に入ったレオンは、シロの様子を見にいく為、わくわくふれあい広場へ向かった。その足取りは至極軽い。ライオンの耳と尻尾も、機嫌良く揺れている。



「……あ?」



 目的地に到着するや、レオンは毛のない眉を顰めた。



 広場の一角に、来場客が集まっている。一様に同じ方向を見つめては、小さく歓声を上げたり、ささやかに悶えたりした。撮影機を持っている者も多い。



 一体何ぞ? と眉間の皺を深めていると。




「あっ。シ、シロちゃまのお父様……っ」



 広場内の集団に紛れていたステラが、顔を上げた。レオンと同じく、仕事の合間を縫って再度足を運んだらしい。




 ステラは、構えていたプロ仕様の撮影機を下ろすと、激しく、けれど静かに、レオンを手招いた。大きな眼鏡の奥では、これでもかと瞳が輝いている。頬も、今にも転げ回りそうな程紅潮していた。



 あの場所に何かあるのか。レオンは内心首を傾げつつ、近付いた。来場客達の頭上から、皆が見つめている先を覗き込む。



 途端、目を見開いた。




 軍用動物の子供らが、一塊となって昼寝をしている。




 健やかな寝顔と、時折上がる寝言のような鳴き声に、来場客はこぞって表情を緩めた。撮影機のシャッター音も、何度となく上がる。




「見て下さいよあれっ。可愛くないですかっ? こんなに微笑ましい光景が見れるだなんて、ついていますね、私達っ」



 ステラも、小さな声で器用に叫ぶと、プロ仕様の撮影機を構え直した。望遠鏡のようなレンズのピントを合わせては、シャッターボタンを連打する。



「いやー、しかし、いいですねぇ。眠っているだけで絵になるなんて、こちらのお子様方は素晴らしいポテンシャルの持ち主ばかりですよぉ。どの子も個性があって本当に可愛いんですけど、やっぱり私の一押しはシロちゃまですねぇ。どうしても目がいってしまいますよぉ」



 でへへ、と口元をにやけさせ、ステラはファインダーを覗き込む。



「うつ伏せで丸まっている姿も気品に満ち溢れていますし、真っ白な毛は最早綿毛の妖精にしか見えませんし、時折動く耳と尻尾の破壊力と言ったらもう言葉では表せませんよね。寝ている時まで私の心を虜にするだなんて、シロちゃまったら本当に小悪魔なんだからっ。許されるなら私も一緒にお昼寝したいっ。シロちゃまに添い寝をしつつ、そのもふもふを全身で感じたい……っ」



 ステラの呟きに、レオンは一切反応しない。

 その目は、只管シロに注がれていた。



 プスー、プスー、と寝息を立てて、気持ち良さそうに蹲っている。時たま口を波打たせては、前足が何かを揉むように動いた。ミルクを飲む夢でも見ているのだろう。周りの来場客だけでなく、レオンのマフィアもかくやな強面も、僅かばかり綻んだ。心なしか、穏やかに微笑んでいるようにも見える。




「あ……っ!」



 不意に、来場客からどよめきが走った。




 寝返りを打ったシロが、隣にいた子狼の胸元へ潜り込んでいる。寝る体勢が決まらないのか、銀色の毛並みに顔を埋めては身じろいだ。



 蠢くシロに、子狼は眉間へ皺を寄せる。かと思えば、前足を伸ばし、シロを押さえるように抱え込んだ。そのまま体を丸め、動かなくなる。

 シロも、満足そうに鼻を鳴らすと、止まった。



 ぴたりと寄り添う二匹に、其処彼処からうっとりとした溜め息が上がる。シャッター音も、一気に増えた。




「ひえぇぇぇっ。な、何ですかあれっ。あんなの見せられたら、もうどうしたらいいか分かりませんよ私はっ」



 ステラの指が、延々と上下し続ける。息も荒くなってきた。



「いいですねぇ。とてもいいですねぇ。可愛いに可愛いがくっ付いたら、それはもう最上級の可愛いですよ。ねぇ、シロちゃまのお父様?」



 レオンは何も言わない。ただただ、白と銀の毛玉を凝視する。



「あ、因みに、あのシロちゃまを抱えている子、シルヴェスター君と言うらしいですよ。さっき隊員さんに聞いたんですけど、どうもシロちゃまと気が合ったみたいで、二匹で一緒に行動していたんだとか。私も見たかったですよぉ、仲良く遊ぶシロちゃまとシルヴェスター君を。絶対可愛いじゃないですかぁ。可愛いの権化じゃないですかぁ」



 顔を蕩けさせて、ステラはでへへと笑った。この間、シャッターを押す指は一切止まらない。周りの迷惑にならないよう気を配りつつ、様々な角度から眠っている幼獣達を写真に納めていった。他の来場客も、ステラ程ではないが、それなりの枚数を撮っていく。



 そんな周囲の様子など気にもせず、シロは熟睡していた。シルヴェスターに包まれながら、気持ち良さそうに鼻息を立てる。

 シルヴェスターも、シロの温もりに満足げな唸り声を零した。頬を擦り付け、懐へ仕舞い込むかのように一層体を丸める。




 つと、シルヴェスターの口元へ、シロの耳が触る。

 シルヴェスターは、ふんふんと鼻を動かすと、徐に口を開いた。




 そして、シロの耳を、優しく食む。




「へばぁ……っ!」



 ステラは、咄嗟に自分の唇を手で押さえた。それでも、指の隙間から珍妙な呻き声が漏れ出る。

 周りからも、似たような悲鳴が上がった。



「ひぃぃっ、な、何ということでしょうっ。シルヴェスター君が、シロちゃまの耳をちゅぱちゅぱ吸っていますよっ。甘えん坊さんなんですかっ? 甘えん坊さんなんですかシルヴェスター君っ? だからおっとりしたシロちゃまの包容力に、自然と惹かれてしまったんですかっ?」



 あばばば、と不可思議な声を零しては、撮影機のシャッターを切っていく。その頬は、赤みを増していた。口の端から涎も垂れている。



「これはもう、あれですね。付き合っていますね彼ら。異種カップルですよ、異種カップル。毛並みが白と銀の、凄く絵になるカップルですよあれは」



 軟体動物が如くぐにゃりぐにゃりと上半身を蠢かし、しかし決してピントはずらさず、多角的に撮影していくステラ。大きな眼鏡がずれるのもお構いなしに、只管シロとシルヴェスターに集中する。



「はぁー、どうしましょう。今、無性にぬいぐるみを作りたくなってきました。お昼寝する狼君とシロクマちゃんのぬいぐるみを、一心不乱に縫いたくなってきましたよ。これはもう作るしかありませんね。ついでに衣装も作りましょう。二匹がお揃いのパジャマとか着ていたら、凄く可愛いと思いませんか? 頭には勿論三角帽子を被って貰います。あ、駄目だ。想像だけで既に最高。成功するビジョンしか見えない」



 さもありなんと頷きながら、顔面を蕩けさせた。



「あ、あ、今、アイディアが下りてきました。お昼寝動物シリーズってどうですかね? シロちゃまとシルヴェスター君以外に、カバさんやら孔雀さんやら、その他数種類の動物がお昼寝しているぬいぐるみなんです。で、こちらのシリーズには、シークレットバージョンがあります。シークレットは、なんとなんと、毛並みが銀色のシロちゃまです。色違いシロちゃまですよ? 可愛いこと間違いなしですよね」



 ずれた眼鏡を指で押し上げ、ステラは続ける。



「本当は、金色のシロちゃまにしようかと思ったんですけど、流石に金はやりすぎかなって思い直しまして。だったら、シルヴェスター君みたいな銀の毛にしてみようかなと。あ、そう考えると、銀色のシロちゃまって、シロちゃまとシルヴェスター君のお子様っぽくないですか? え、やだ、何それ。異種カップルのベイビーなんて妄想の産物が誕生しちゃう? 二匹のいいとこ取りをしたそりゃあもう可愛い子が誕生しちゃう? えー、やだー、さいこーう」



 一層口元がだらしなく緩み、涎の量も増えた。



「どうします、シロちゃまのお父様? 近々お孫さんが生まれるかもしれませんよ? シロちゃま似の女の子です。あ、いや、男の子でもいいな。どっちがいいです? いっそ両方誕生させちゃいます? 双子にしちゃいます? どうですかね、シロちゃまのお父さ――」



 と、にやけながらレオンを振り返ると。




「――ひびゃ……っ!」



 ステラの顔が、一瞬で引き攣った。




 マフィアがいる。



 抗争が始まる直前の殺気立ったマフィアが、すぐ横にいた。




 正確には、そうと見間違える程に顔面を厳めしく顰め、全身から不機嫌なオーラを溢れさせるレオンが、立っていた。




「あ、あのー……シロちゃまのお父様? ど、どうされましたか? 私、何か、不味いこと言っちゃいました……?」



 しかし、レオンからの返事はない。

 凄まじい形相で、一点を凝視するのみ。



 その視線の先には、寝入っているシロと、シロの耳をしゃぶるシルヴェスターの姿があった。



 特に、シルヴェスターを見つめる目付きは、最早ただの殺し屋でしかない。




 あまりの威圧感に、ステラは思わず後ろへ下がった。紅潮していた頬も、じわじわと色を失っていく。



 そんなステラを気にも留めず、レオンは尻尾を一つ振った。ぎち、ときつく歯噛みするや、足を踏み出す。

 昼寝している子動物達の塊へと――その中に混ざる己のペットの元へと、大股で近付いていった。



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