24‐9.子狼さんとお話です
『軍用狼さんの見習い、というと、シルヴェスターさんは、既に軍の訓練を受けていらっしゃるのですか?』
『はい。と言っても、最近ようやく許可が下りたばかりなので、見習いも見習いなんですが。それでも、一日でも早く一人前になれるよう、若輩者なりに精進している所です』
わたくしは、思わず感嘆の声を零してしまいました。わたくしを助けて下さったことと言い、シルヴェスターさんは、とても
『シロさんは、第一番隊の特別遊撃班に所属されているということですが、私のように訓練などは受けているんですか?』
『いえ。わたくしは、特に何も。精々水泳の練習位です』
『そうなんですか? 海上保安部の特別遊撃班は、戦闘特化のつわもの揃いと聞いていたので、シロさんも当然鍛えているのかと思っていたんですが、違うんですね』
意外だ、とばかりに、シルヴェスターさんは二度三度と頷きました。わたくしはわたくしで、驚き混じりに相槌を打ちます。
言われてみれば、確かに特別遊撃班は、超攻撃型のチームです。そちらに所属しているとなると、わたくしも同じように思われるのも、別段不思議ではありません。これまで出会った方々が、わたくしをそのような目で見ていらっしゃらなかったので、気付きませんでした。
『そういえば、今朝こちらの広場にいらした方は、特別遊撃班の班長さんですよね。耳と尻尾の形から、ライオンの獣人の血を引いているとお見受けしましたが』
『えぇ、そうです。あの方がレオン班長です。人間のお父様と、ライオンさんの獣人のお母様を持つ、ハーフなのですよ。お母様の方は、陸上保安部の第一番隊で隊長を務めていらっしゃるので、もしかしたらシルヴェスターさんも会ったことがあるかもしれません』
『第一番隊、というと、もしやマティルダ隊長ですか?』
やはりご存じでしたか。わたくしは、大きく首を上下させます。
『マティルダ隊長のご子息ならば、あの体付きも納得です。これぞ軍人、と言わんばかりの筋肉ですものね。流石は特別に編成された戦闘集団を纏めているだけあると、感心してしまいました』
『ありがとうございます。そのように褒めて頂けて、嬉しいです』
思わず、尻尾をぴこりと振ってしまいます。
『レオン班長は、とてもお強いのですよ。交戦する際は、己の手足を武器にして、ばったばったと相手を制圧していきます。ですが、普段は非常に優しいのです。わたくしを、まるで我が子の如く可愛がって下さいます』
『愛されているんですね、シロさん』
『えぇ、そうなのです。そしてわたくしも、レオン班長のことが大好きなのですよ』
きっぱりと答えるわたくしに、シルヴェスターさんは、優しく目を細められました。
『しかし、困ったこともございます。レオン班長は、わたくしを可愛がるあまり、度々お仕事へ行くのを厭われるのです。本日も、中々わたくしから離れようとされなかったでしょう?』
シルヴェスターさんは、今朝の貢ぎ物事件を思い出したのか、
『そういえば、そうでしたね』
と苦笑気味に喉を鳴らします。
『決して悪気があるわけではないのです。ただ、少々見た目が厳ついばかりに、周りへ過剰に影響を与えてしまっただけでして。決してレオン班長が、自発的に行ったわけではないのですよ?』
『分かっています。別段威嚇されたわけでもありませんからね。少なくとも、我々軍用動物は、分かっていますよ。まぁ、それはそれとして、進んで近付くかと聞かれると、また別の話なんですが』
と、シルヴェスターさんは、申し訳なさそうに耳を伏せました。わたくしも、シロクマの耳をぺたりと下げてしまいます。
『やはり、お顔が問題なのでしょうか……』
『ど、どう、でしょう。全くない、とは、言いませんが……ライオンの獣人の血も、多少は関係あるのかもしれませんよ? なんせ、百獣の王ですからね。こちらが本能的に恐怖を抱いてしまうのも、ある種仕方ないことかと』
その意見に、わたくしは、はっと目を見開きます。思い付きもしなかった考えです。ですが、一理あるとも思いました。
ライオンさんは、動物界でも上位に位置する存在です。当然、捕食される種族の方が多くあります。その血を引いているとなれば、相手が無意識に怖気付いてしまうということも、あるのかもしれません。
つまり、原因はレオン班長のお顔ではないと、そう言えるのではないでしょうか。
『……あら?』
ですが、そこでふと、気付きます。
『あの、シルヴェスターさん』
『はい、何ですか?』
『今のお話ですと、レオン班長は、ライオンさんの獣人の血を引いているから、怯えられやすいのではないか、ということですよね?』
『えぇ。まぁ、絶対に、とは言えませんが』
と、すると、ですよ……?
『……シルヴェスターさんは、ライオン獣人さんであるマティルダお婆様のことも、勿論怖いとお思い、なのです、よね……?』
そうでなければ、筋が通らないのですが……。
わたくしの眼差しに、シルヴェスターさんは、耳をぴんと立ち上げました。目も見開き、しばし固まります。
それから口を開き、閉じ、また開くと。
無言で、そっとお顔を逸らしました。
いくらわたくしが見つめても、尻尾と耳を伏せたまま、決して目を合わせようとしません。
その行動が、全てを物語っていました。
賑やかなわくわくふれあい広場内で、わたくし達の周りにだけ、不自然な沈黙が流れていきます。吹き抜けるそよ風の音さえ、大きく聞こえました。
わたくしは静かに息を吐くと、徐に、空を仰ぎます。
『…………………………よ、良い天気、ですねぇ……』
いきなり何を言っているのか、と思われたかもしれません。わたくしだって、好きで言ったわけではないのですよ?
ですが、この状況ではもう、この位しか話題が思い付きませんでした。
『…………そ……そう、ですね……とても、いい天気ですね』
シルヴェスターさんも、ゆっくりと空を見上げます。返答に若干間が開きすぎていた件には特に触れず、わたくしは、目と唇へ弧を描きました。
『雲もなくて、正に、晴天、という感じですねぇ』
『そう、ですねぇ。気持ちがいい程の、青空ですねぇ』
『えぇ、そうですとも。お散歩日和ならぬ、お祭り日和とでも申しますか』
『そうですねぇ。祭りをするなら今日だ、と言わんばかりに、いい天気で』
『えぇ、えぇ。本当に、良い天気ですよねぇ』
あはは、うふふ、と笑い合うわたくし達。その口元が引き攣っている事実も、尻尾が忙しなく動いている理由も、お互い決して指摘しません。
ただただ、中身のない会話を繰り広げ、先程わたくしがしてしまった質問を、なかったことにします。
世の中には、はっきりさせない方が良いこともあるのです。
はっきりさせた所でどなたも幸せにならないことも、あるのです。
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