24‐10.褒められます



『そ、そういえば、シルヴェスターさんは、マティルダお婆様をご存じなのですよね? 面識だけでなく、親交もあるのですか?』

『え、えぇ、一応。マティルダ隊長は、仕事の息抜きに時折第三番隊までやってくるので、その際相手をして頂いています。時間がある時は、私の訓練にも付き合って下さることがありまして』

『まぁ。マティルダお婆様が、シルヴェスターさんの訓練に、ですか?』

『はい。本当に少しだけ、という感じですが。大抵は、途中で補佐官のルーファス殿が、マティルダ隊長を迎えにきますから』



 わたくしは相槌を打ちつつ、ほんの少しだけ心配になりました。なんせマティルダお婆様は、とても大らかで懐の深い、大変素敵な方ですが、反面、大雑把と申しますか、無邪気に相手を酷い目に合わせる場合が多々あります。そのような方が、訓練を付けるのです。例え善意百パーセントだったとしても、何かしらが起こっていても可笑しくありません。



 その辺りを、やんわりと質問してみましたら。



『……まぁ、今の所は、大丈夫ですよ』



 と、そっとお顔を逸らされました。

 今の所は、ということは、既に何かしらの兆候が見えている、ということなのでしょう。




『で、ですが、決して嫌ではないんです。時たま、こちらが驚くような強度の訓練が突如始まったりもしますが、それも私ならば出来るという信頼の証です。そんなマティルダ隊長の期待に応えるべく挑み、見事やり遂げた時の喜びと、私を褒めるマティルダ隊長の言葉と手は、なにものにも代えがたい宝物です』



 シルヴェスターさんは、すかさずそうおっしゃいました。



『将来、私は軍用狼として、様々な任務に当たることとなります。きっと想像も出来ない程過酷な現場もあるでしょう。そんな中でも、我々は必ず任務を成功させなければなりません。だからこそ、マティルダ隊長の訓練は、とてもありがたいんです。現役の隊長直々に教えを請える機会など、早々ありませんからね。いつか訪れるかもしれないその時の為に、出来る限りの努力をしておきたいんです。周りの為にも。己の為にも』



 迷いのない言葉に、わたくしの口から、思わず感嘆の息が零れます。



『シルヴェスターさんならば、きっと大丈夫ですよ。見習いながら、困っている方を助けようと真っ先に動ける、心の清い方なのです。どんなに困難な瞬間だろうと、必ずや打破して下さることでしょう』

『あ、ありがとうございます、シロさん。ですが、少々、買い被りすぎですよ』

『そのようなことはありません。実際に助けて頂いたわたくしが言うのですもの。正当な評価ですよ』



 きっぱりと言い切ると、シルヴェスターさんは、困ったように目を彷徨わせました。けれど、尻尾は忙しなく揺れているので、単に照れているだけなようです。




『ち、因みに、シロさんは、この先、どうされるんですか?』

『どう、と言いますと?』

『私のように、軍用動物として正式に任命されたり、特別遊撃班の任務に参加する、などということは、あるんですか?』



 はて、とわたくしは、目を瞬かせました。視線を空へと向け、つと、首を傾げます。



『うーん、どうでしょうか……今の所、そのような予定はございませんが……』



 むむむ、と眉間に力を込めて、唸りました。



『なれるのならば、特別遊撃班の正式な班員になりたいですが、しかしわたくしは、自分が荒事に向いているとは思えません。やりたいとも思いません。どうしても必要とあらば、割り切って行うかもしれませんが、それでも、限りなく避けようとするでしょう。レオン班長も、恐らくわたくしを実戦に出そうとはされないと思います』

『確かに、シロさんの性格を考えると、戦闘は不向きかもしれませんね』

『えぇ。ですので、現状のままというのが、一番可能性が高いかと』



 成程、とシルヴェスターさんは微笑みます。次いで、耳の先を、ほんの少しだけ伏せました。



『ですが、そうですか。シロさんと共に任務へ就くこともあるのかなと、少し期待していたんですが。残念です』

『わたくしも残念です。けれど、全く機会がないわけではないと思います。わたくし、戦闘は苦手ですが、それでも己の出来ることは、出来るだけ頑張りたいと考えています。前線へ向かわずとも、後方からシルヴェスターさんをサポートする、なんてことも、いつか起こるかもしれません』

『もしそうなったら、とても心強いですね。例え緊張する場面でも、シロさんが後ろで控えてくれていると思えば、肩の力を抜けそうです。その時は、どうぞよろしくお願いします』

『こちらこそです。まぁ、シルヴェスターさんのご期待に沿えられるかは、分かりませんが』

『分かりますよ。シロさんなら、必ず完璧にサポートをしてくれます。間違いありません』



 あまりに堂々と断言され、わたくし、思わず耳を立ち上げてしまいました。



『ま、まぁ。それは、何と申しますか、たぶんな評価を頂きまして、ありがとうございます』

『たぶんだなんて。シロさんはしっかりとされていますし、細やかな気遣いも出来ます。何より、その穏やかな口調と雰囲気は、いい意味で場を和ませてくれるでしょう。緊迫する現場であればある程、我々の心の支えとなる筈です』



 淀みなく語られる言葉に、わたくしのお顔はどんどん熱くなっていきます。反射的に目を逸らし、そわそわと前足を動かしました。尻尾も、これでもかと左右へ揺れています。これでは、先程のシルヴェスターさんと同じではありませんか。




『……ふふ』




 つと、笑い声が聞こえてきます。



 ちらと視線を上げれば、シルヴェスターさんが、わたくしを眺めながら目を細めていました。




『……シルヴェスターさん。もしや、わたくしをからかったのですか?』

『いえ、違います。ただ、微笑ましいなと、そう思っただけでして』

『恥じらうレディを笑うなんて、酷いと思います』

『すいません。ですが、決して馬鹿にしたわけではないんですよ? 今言ったことも、全て本心です』



 シルヴェスターさんは、ゆっくりと瞬きます。



『まだ少ししか交流していませんが、シロさんが素敵な女性だということは、すぐに分かりました。その純白の毛並みのように、心まで穢れ一つない方です。内面は見た目に出ると言いますが、正にその通りだと思います』



 並べられる言葉に、わたくしの熱はまた上がりました。



『言葉遣いも美しく、初めてお話をさせて頂いた時、実は、かなり緊張したんです。シロさんのように上品な女性と話す機会なんて、殆どありませんでしたから。けれど、そんな私を笑うことなく、シロさんは至極誠実に接してくれました。だからこそ、私も落ち着いて会話が出来ましたし、こうして軽口も叩ける程度には心の余裕を持てています。ありがとうございます』

『い、いえ。わたくしは、何も……』

『何もしていないと思っているのならば、それこそシロさんは凄いですよ。謙虚で、思いやりがあって、当たり前のように相手に寄り添えて。それだけのことを出来る者が、一体世の中にどれだけいるでしょうか? 少なくとも、私は当たり前だとは決して思いませんよ』



 わたくしの口から、頻りに呻き声が零れます。自慢の毛も、ぶわわぁっと膨らみました。



 恥ずかしい。

 今の気持ちは、この言葉に尽きます。



 別に、嫌なわけではないのです。しかし、これ程真っ向から褒められるなど、体験したことがないので、どうしたら良いのか分かりません。




 動揺に視線を彷徨わせるわたくし。そんなわたくしを知ってか知らずか、シルヴェスターさんは、更に畳み掛けてこようと、口を開きました。




 しかし、声を発する直前。





『『『見ぃーちゃったぁー♪』』』





 シルヴェスターさんの後ろから、子狼さんのお顔が三つ、ひょっこりと現れます。



 ケルベロスのお姉様方です。



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