24‐5.通好みです



『こんにちは。アーマードフォーシーズフェスティバルへ、ようこそおいで下さいました』



 ギアーとご挨拶をすれば、男性達はぎょっとしたお顔でわたくしを凝視しました。

 あら、こうして近くで見ますと、思っていたよりもっとお若いです。反応も可愛らしいと申しますか、メンチを切っているように見えない辺り、レオン班長より断然柔和ですね。



『動物はお好きですか? もしよろしければ、こちらの広場で遊んでいきませんか? 皆さん、とても良い子ですよ。初心者でも安心して触れ合えます。いかがでしょう?』



 押し付けにならないよう配慮しつつ、笑顔でお話させて頂きます。

 すると、やんちゃな男性グループは、わたくしとお互いのお顔を見比べました。そうして、段々と唇や目元を綻ばせていきます。




「な、なんだ、こいつ。急にこっちきやがって」

「あ、あれじゃね? お前、さっきフライドポテト食ってたろ。その匂いにつられてきたんじゃね?」

「あー、あり得るなそれ。なんだよ、こいつ腹減ってんのか?」

「悪ぃなぁ。俺ら今、なーんも持ってねぇんだよ」

「ま、あってもやらねぇけどな。人間様のもん勝手に食わせちゃ、流石にやばいだろうし」



 緩みそうなお顔を誤魔化しながら、男性達は柵に寄り掛かりました。心なしか頬を赤らめ、わたくしから目を逸らしません。



『いえ、別にお腹が空いているわけではありませんよ。わたくしはただ、お誘いにきただけです。ですが、お気遣いありがとうございます』

「な、なぁ。こいつ、めっちゃこっち見てくんな。それに、尻尾もめっちゃ振ってるし」

「もしかして、あれじゃね? 俺ら、懐かれたんじゃね? このシロクマによ」

「え、マジで? もー、なんだよー、お前。それならそうと早く言えよー」

「いや、待て。落ち着け。懐いたかどうかは、まだ分かんねぇだろ」

「そうだぞ。浮かれて近寄ったら、ぴゃーって逃げられる可能性も、無きにしも非ずだ。油断するな」



 そのようなことございませんよ。わたくし、こう見えて強面にはかなりの耐性がございますので。ちょっとやそっとのマフィア顔では動じません。



 しかし、わたくしの耐性など、こちらの方々に分かる筈がありません。戸惑い気味に身を揺らしては、もじもじと手を弄ります。目は完全にわたくしを撫でたいと語っているのにも関わらずです。遠慮せず触って下さってよろしいのですが。




 結局男性達は、しばしわたくしを鑑賞すると、この場から立ち去りました。足取り遅く、何度もこちらを振り返る姿は、正に未練たらたらです。



『皆さーん、よろしければまたいらっしゃって下さいねー。アマフェスは、本日から五日間開催されますのでー。わたくし、いつでも撫でられる準備は出来ておりますからねー。待っていますよー』



 ギアァァー、というわたくしの声に、やんちゃな五人組は手を振って下さいました。目的は果たせませんでしたけれども、男性達の嬉しそうな背中に、どこか達成感を覚えます。




 それからわたくしは、わくわくふれあい広場に入るのを躊躇されている方や、わたくし達に触りたいけれど触れない方などに、積極的にお声掛けをするようになりました。



 ある時は、ご兄弟の付き添いで来場したであろう人相の悪いお兄さんを柵の中へお招きし、またある時は、動物と戯れる娘さんの後ろに佇む岩のように厳ついお父様へご挨拶をしにいきます。

 仕事の下見にきたスナイパーの如き眼光のお爺様のお膝の上へお邪魔することもありました。共にいらっしゃった奥様らしきご婦人と


「良かったわねぇ、お父さん」

「……あぁ」


 と照れ臭そうに会話されている姿に、なんだかほっこりしました。



 そんなわたくしの行動に、わくわくふれあい広場を担当している隊員さん達は、とても驚いていました。

 なんせ、わたくしが近付く相手は、ほぼ全員マフィア顔なのです。

 こちらとしては、お顔で選んでいるわけではないのですが、傍から見れば、わたくしが好んで強面の方の元へ向かっているように思えるみたいです。



 お陰で、『通好み』という称号を頂きました。

 褒められている気が全くしません。





『……む』



 可笑しなあだ名にも負けず、来場客を楽しませようと頑張っていますと、ふと、尿意を催しました。むずむずとした下半身の感覚に、図らずともお尻が揺れてしまいます。

 ここは一旦、トイレ休憩を取ることにしましょう。



 さて、トイレはどこにあるのやら、と辺りを見回しますが、広場内にそれらしいものは見つかりません。

 可笑しいですね。アマフェスが始まる前に、海上保安部組の代表を務める子カバさんから、用を足す際は指定のお手洗いを使うよう言われたので、間違いなく存在している筈なのですが。




『ど、どうしたの、シロちゃん? 何かあった?』



 不意に、声を掛けられました。

 見れば、ティファニーママさんの養い子である子豚さんが、不思議そうにぶひんと鼻を鳴らしています。



『あの、実は、わたくし、お手洗いに行きたいのです。ですが、どちらにあるのか分からなくて、困っていた所でして』

『そ、そうだったんだ。じゃあ、ボ、ボクが、案内するよ』

『よろしいのですか?』

『う、うん。ちょっと、分かりずらい場所にあるから、説明するより、連れていった方が、い、いいと思うし』

『まぁ、ありがとうございます。助かります』



 こっちだよ、と歩き出す子豚さんの後に付いていきます。向かう先には、広場の端に設置されているテントがありました。

 こちらは、このコーナーを担当されている隊員さん達の待機場所兼なんでも相談所となっております。訪れたお客様の様子をさり気なく注意しつつ、御用があるようならばそちらを伺ったりするのです。



 子豚さんは、テントの裏手へと回ります。どうやらトイレは、テントの影に設置されていたようです。恐らく、お客さんの目に付きにくい、且つ、わたくし達が少しでも落ち着いて用を足せるように、という配慮からでしょう。



 成程、だから見つからなかったのですか、と内心頷いていると、徐に子豚さんが足を止めました。わたくしを振り返ります。



『こ、ここだよ、シロちゃん』



 子豚さんが示す場所を、見やりました。




 瞬間、わたくしは、目を丸くします。




『え……こ、こちら、ですか……?』



 辺りを見回しますが、トイレらしきものはありません。




 ただただ、非常に大きなトレーのようなものが、三つ並んでいるだけです。




 ……可笑しいですね。もしやわたくし、滑舌が悪いのでしょうか? わたくしが探していたのは、『トイレ』であって、『トレー』ではないのですが……。




『ど、どうしたの、シロちゃん? あ、もしかして、シロちゃんがいつも使ってるトイレとは、ちょっと違った?』

『え、えぇ。そう、ですね。大分違いますね』

『そ、そっか。でも、使い方は、一緒だから、大丈夫だよ』



 子豚さんは、ぶひんと鼻を鳴らすと、トレーの縁を前足で突きました。



『こ、この中に入ってね、しーってすればいいだけだから。そうすると、ここに敷き詰められてる粒がね、固まるんだ。最初は、びっくりするかもしれないけど、そ、そういうものだから、大丈夫。後で、隊員さんが、その固まりを回収して、ごみ箱に、捨ててくれるんだ』



 砂のように細かい粒を差しながら、説明を続けます。



『ボ、ボク達、海上保安部組のトイレは、あの、一番奥の奴だよ。一応、所属ごとに、分類されてるけど、でも、ほ、他の組の奴を使っても、怒られたりは、しないから。安心してね』



 そう言うと、子豚さんは、にっこりと微笑みました。鼻の穴を膨らませて、きちんと説明出来たぞ、とばかりの達成感に溢れたお顔をされています。




 わたくしは、しばし硬直すると、ぎこちなく、口角を持ち上げました。



『ま、まぁ、そうですか。丁寧な解説、ありがとうございました』



 どうにか笑顔を作れば、子豚さんは


『ど、どういたしまして』


 とはにかみます。そうして、くるんと丸まった尻尾を揺らしつつ、この場から離れていきました。




 子豚さんの背中が見えなくなった所で、わたくしのお顔から、ゆっくりと表情が消えていきます。



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