24‐4.お仕事です



「ご苦労様、シロちゃん。さぁ、あっちで遊んでおいで。お友達が沢山いるよ」



 そう言って、男性隊員さんは、わくわくふれあい広場を訪れたお客様達を手で指しました。こちらの様子を窺っている視線を、ちらほらと感じます。




 わたくしは、ゴリラ獣人さんにギアーとご挨拶をしてから、お客様の方へ向かいました。きょろきょろと辺りを見回せば、ふと、小さな女の子と目が合います。



『こんにちは、お嬢さん。アーマードフォーシーズフェスティバルへ、ようこそおいで下さいました』



 わたくしは、至極穏やかに近付いていきました。

 お嬢さんは、びっくりしたように肩を揺らします。けれど、怯えている様子はありません。その場でまじまじとわたくしを見つめています。



『もうどなたかと触れ合われましたか? よろしければ、わたくしとも遊んで頂けませんか?』



 一歩離れた場所で立ち止まり、お嬢さんを仰ぎます。尻尾を振って話し掛ければ、お嬢さんの瞳は輝きました。どうやら興味を持って頂けたようです。スカートをもじもじと握っていることから、もしかしたら、わたくしを触ってみたいけれど、尻込んでいるのかもしれません。



『さぁ、どうぞわたくし自慢の毛を堪能して下さい。もふもふ愛好家であるレオン班長にも認められた、一流のもふもふですよ。さぁさぁ、どうぞ遠慮なく』



 少し頭を突き出し、上目で窺いました。それでも、お嬢さんの手はスカートを揉んでいます。恥ずかしがり屋さんなのでしょうか。ならば、こういう時こそ待ちの姿勢です。

 わたくしは、よっこいしょとその場に腰を下ろしました。こちらの準備は万端ですので、どうぞお嬢さんのタイミングでいらして下さいね。そんな気持ちを込めて、お嬢さんを優しく眺めます。



 そうして、お互いを見合うこと、数拍。




「こんにちは。ようこそ、わくわくふれあい広場へ」



 わたくし達が、全く動かないからでしょうか。ゴリラさんの獣人の男性隊員さんが、徐に近付いてきました。お嬢さんと目線を合わせるようにしゃがんで、笑い掛けます。



「このシロクマちゃんね、どうやら君と仲良くなりたいみたいなんだ。もし良かったら、体を撫でてあげてくれないかな?」



 お嬢さんは、目をぱちくりさせます。ゴリラ獣人さんとわたくしを見比べて、スカートを握り締めました。そうして、おずおずと口を開きます。



「触って、いいの……?」

「勿論だよ。ねぇ、シロちゃん?」

『はい。わたくし、こちらのお嬢さんに撫でて欲しいです』

「ほら。この子も君に、撫でてーって言ってるよ」



 わたくしと男性隊員さんで促すと、お嬢さんは、そーっと近付いてきてくれました。上目でわたくし達を窺いつつ、上着を握ったり、スカートのポケットに手を入れたりと落ち着きがありません。相当緊張されているようです。



 大丈夫ですよ、お嬢さん。わたくし、淑女ですので。暴れも噛み付きもしません。安心して触って下さいね。

 微笑ましささえ覚える姿を、待ちの体勢で見守ります。ゴリラ獣人のお兄さんも、わたくしと同じような表情を浮かべていました。




 しばしの間を置いて、お嬢さんは、ようやく決心が付いたようです。唇をきゅっと結び、スカートのポケットへ入れていた手を、引き抜きました。未だ固く握り込んだ掌を、わたくしの頭へ、ゆっくりと伸ばし――




『……あら?』




 ――たのかと思えば、違いました。




 お嬢さんは、何故かわたくしのお隣にいるゴリラ獣人さんへ、拳を突き出します。




 はて、とわたくしは目を瞬かせました。獣人のお兄さんも、首を傾げています。



 そんなわたくし達を余所に、お嬢さんは、拳をそっと開きました。



 小さくふくふくとした掌に乗っていたのは、カラフルな包装紙に包まれた飴です。

 そちらを、まるで献上するかのように、男性隊員さんへと差し出しました。



 こちらは……まさか、とは、思いますが……。




『……貢ぎ物、でしょうか……?』




 わたくしは、ちらとゴリラ獣人さんを窺います。



 笑顔が引き攣っていました。

 恐らく、わたくしと同じ考えに至ったのでしょう。




「…………わ、わー、美味しそうな飴だねぇ。くれるの? ありがとう。でも、僕、あの、あれなんだよね。さっき、ご飯を食べたばっかりで、お腹一杯なんだよね。だから、僕の代わりに、君がその飴を食べてよ。ね、お願い」

「……じゃあ、この子にあげる」

「あーっとぉっ。う、うわぁー、シロクマちゃんにも飴をプレゼントしてくれるなんて、君って優しいんだねぇ。でも、本っ当にごめん。実はこのシロクマちゃん、まだ赤ちゃんだから、ミルクしか飲めないんだぁ。飴は、この子が大きくなったら、またプレゼントしてあげてねぇ? その分、今日は沢山撫でてあげよう。ねっ、そうしよう」



 満面も満面な笑みを張り付け、男性隊員さんは、お嬢さんを傷付けないよう、お断りを入れております。ついでに、少々声を大きくして、周りのお客様にも、貢ぎ物は不要であるとお伝えしていました。



 ゴリラ獣人さんの説明に、お嬢さんは納得したのか。飴をスカートのポケットへ仕舞うと、わたくしへそーっと手を伸ばしました。頭や耳を、遠慮がちに触っていきます。




「はぁぁぁー……」



 お隣から、大きな溜め息が聞こえてきました。たぶんに安堵の色を帯びています。



『……なんと申しますか……レオン班長が、ご迷惑をお掛けしました』



 お嬢さんのお相手をしつつ、わたくしは気まずさと申し訳なさで、思わず耳を伏せたのでした。











 レオン班長が残していった禍根が、ある程度拭われた頃。アマフェス会場は、ますます活気付いてきました。来場者もぞくぞく増えているようで、柵の前を通り過ぎる方の数が、朝よりも明らかに多くなっています。

 比例して、わくわくふれあい広場を訪れるお客様も増えました。お子さん連れのご家族が殆どで、たまにカップルや女性グループがやってきては、笑顔でわたくし達と触れ合いつつ、記念撮影などを行っています。わたくし達も、皆さんのお相手をしながら、広場内を動き回りました。



 そんな中で、ふと気付いたことがございます。



 お客様の中には、動物と触れ合いたくとも触れ合えない方がいらっしゃるのだ、と。



 切っ掛けは、とある若い男性達でした。見た目だけで言えば、特別遊撃班にいても可笑しくないやんちゃ系の五人組です。その方々を、どうもよく見掛けるのです。

 最初は、気のせいかと思いました。けれど、あの派手な髪色とファッションの集団が、柵の前を六回も通り掛かったら、流石に可笑しいと気付きます。



 しかも彼らは、通りすがりに、さり気なくこちらを見ているのです。足取りも明らかに遅くなり、時折不自然にならぬ程度に立ち止まっては、どこへ行くか相談していると見せ掛けて、わたくし達動物の子供を視界に入れていました。手が撫でるように動いている場合もあります。どう考えても、わたくし達と触れ合いたいに違いありません。

 ですのに、一度として広場へ入ってこないのです。それどころか、小さなお子さんが近くを通ると、何てことのないお顔で素早くその場を去っていきます。そうして十分程したら、また柵の前へと戻ってくるのです。




 そこでわたくし、ピーンときてしまいました。




 もしやこちらの男性達は、人前で動物を愛でることに、気恥ずかしさを覚えるタイプなのではないでしょうか。




 そう考えれば、色々と辻褄が合います。しかも男性達は、思春期真っ只中と言わんばかりな雰囲気です。もしかしたら、少々恰好を付けたいと申しますか、背伸びをしたいお年頃なのかもしれません。または、動物を可愛がるのは格好悪いと感じたり、可愛がった結果同級生から笑われてしまった、という経験がある可能性もございます。

 そのようなこと、ないのですけれどねぇ。乙女の目線から言わせて頂くと、普段やんちゃな殿方が、無邪気に動物と戯れている姿など、ギャップがあって大変可愛らしいとわたくしは思うのですが。




 まぁ、何であれ。尻込みなさっているのであれば、柵の中へ入りやすいようお誘いするのも、またわたくしのお仕事です。



 そうと決まれば、とわたくしは、立ち止まっている男性五人組の元へ向かいました。柵越しに、微笑み掛けます。



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