24‐3.お見送りです
「うぅ……ぜ、絶対、今日中に、戻ってきますからね、シロちゃま。私、全速力で仕事を終わらせて、絶対にまた、ここに戻ってきますから……っ」
『はいはい、お待ちしていますよー。ステラさんの帰還を楽しみにしていますからねー。タイミングによっては、わたくし休憩に入っているかもしれませんが、休憩が終わり次第、ステラさんのお相手をさせて頂きますよー。それまで、他の動物さん達と触れ合っていて下さいねー。わたくし以外にも、もふもふな方は沢山いらっしゃいますからねー』
特に陸上保安部の子狼さん達は、一流のもふもふの持ち主ばかりです。加えて非常にフレンドリーで、初対面のわたくしに対しても
『おはようさーん』
『今日はよろしゅうなー』
と独特の言い回しで挨拶をして下さいました。きっとステラさんとも、すぐに仲良くなれると思います。
因みに、海上保安部の子カバさん達のお肌は、つるつるとした手触りで、航空保安部の子孔雀さん達の羽は、ふわふわとした手触りです。三者三様の甲乙付けがたい感触なので、是非共味わって頂きたいものです。
「あ、ありがとうございます、シロちゃま。もう、大丈夫……じゃないですけど、が、頑張れますぅ……っ」
ステラさんは、名残惜しげに一撫ですると、わたくしを地面へ下ろしました。立ち上がり、ご自分の身を整えてから、お顔を拭います。
「で、では、シロちゃまのお父様。私はこれで、失礼します。絶対に、絶対にっ、後でもう一度お邪魔しますのでっ。その時は、また、シ、シロちゃまと、触れ合わせて下さいっ。よろしく、お願いします……っ」
深々と頭を下げると、ステラさんは、わくわくふれあい広場を去っていきました。
何度も後ろを振り返るステラさんを、わたくしは柵越しにお見送りします。頑張って下さいね。ステラさんのお仕事が上手くいくよう、応援していますからね。
『……さてと』
わたくしは、徐に視線を横へと流します。
未だにぬいぐるみ用衣装のカタログを眺めているレオン班長を、見上げました。
『ステラさんもお仕事へ行ったことですし、そろそろレオン班長も、特別遊撃班が担当しているコーナーへ向かった方がよろしいのではありませんか? レオン班長がいらっしゃらなくて、リッキーさん達が困っているかもしれませんし』
そう笑顔で促せば、レオン班長の耳が、一つ振られます。ゆっくりとカタログを閉じ、小脇に抱えました。
そして、わたくしの頭を、また撫で始めます。
『………………いえ、あの、ですから、構って欲しかったわけではないのですって。どちらかというと、わたくしに構わずお仕事へ向かって欲しいのですって』
しかし、わたくしの想いは一向に伝わりません。ライオンさんの尻尾を揺らしつつ、わたくしの毛並みを堪能しています。
一体どうしたら良いのでしょう。もう諦めて、レオン班長の気が済むまでお付き合いするしかないのでしょうか、と、半ば途方に暮れていると。
「あの、レオン班長」
わくわくふれあい広場を担当している隊員さんの一人が、おずおずと近付いてきました。ゴリラさんの獣人です。どうやらじゃんけんに負けたのは、こちらの方のようです。
獣人の男性隊員さんは、レオン班長よりも大きな体を若干竦ませながら、丸眼鏡越しにわたくし達を窺いました。
「突然、申し訳ありません。あの、こちらを、どうぞ」
と、通信機を差し出します。
何ぞ? とばかりに、レオン班長の毛のない眉が、顰められました。
「クライド隊長から、通信です」
ぴくり、とライオンさんの耳が反応します。レオン班長の眉間の皺も深まりました。強面に磨きが掛かり、まるで債務者に追い込みを掛ける悪徳金融業者が如き形相です。
そちらを間近で見てしまったからか、ゴリラ獣人さんは肩をびくっと跳ねさせます。腰も引けていますが、どうにかその場に踏み止まり、レオン班長へ再度通信機を差し出しました。
レオン班長は、口角を下げつつ、通信機を受け取ります。もしもし、の一言もなく、ライオンさんの耳へと当てました。
『……おい、レオン。聞いてるか』
通信機から、それはそれは低い声が流れ出てきます。
どうやらクライド隊長も、レオン班長並にご機嫌斜めなようです。
『お前、今すぐ持ち場へ戻れ。もしくは、わくわくふれあい広場から離れろ』
「……嫌だ」
『いいから離れろ』
「理由は」
『お前のせいで、さっきから妙なクレームが止まらねぇんだよ。なんだよ。“シロクマを怖い男の人が独り占めしてて困る”とか、“貢ぎ物がないとシロクマに触れないんですか?”って。意味分かんねぇよ。どうしたらそんなクレーム付けられんだよ』
それは、申し訳ありませんでした。レオン班長がわたくしを独占していた、というわけではないのですが、誰も近付けないオーラを放っていたことは事実です。
貢ぎ物の件は、ステラさんがカタログを渡していたことが原因でしょうか? わたくしを触る為の賄賂ではなかったのですが、傍から見たら、そのように映っていたのかもしれません。なんせほら、レオン班長のお顔は、特徴的な造形をしておりますから。
レオン班長も自覚があるのか、不満げながらも、反論せずにクライド隊長の言葉に耳を傾けています。
『そういうわけだから、お前はさっさとそこから去れ。これは隊長命令だ。分かったな?』
「……ちっ」
通信が途切れ、レオン班長は一層唇をひん曲げました。通信機を睨み、それから、ちらとわたくしを見下ろします。
『レオン班長』
わたくしは、にっこりと微笑み掛けました。
『いってらっしゃいませ。お仕事、頑張って下さいね。わたくし、応援していますよ』
尻尾を振って見上げれば、レオン班長もライオンさんの尻尾を振りました。毛のない眉に力を込め、わたくしの頭を二度三度と撫でます。
反対の手では、ゴリラさんの獣人に通信機を投げ返していました。慌てるゴリラ獣人さんを気にすることなく、只管わたくしを見つめます。
『さぁ、レオン班長。特別遊撃班の持ち場へ向かって下さい。わたくしも、自分の役目を全うするべく、頑張りますから。レオン班長がお迎えにきて下さるまで、ご来場中のお客様方に楽しんで頂けるよう、精一杯努力します。ですから、レオン班長も一生懸命励んで下さいね』
さぁ、どうぞお行きなさい、とばかりに座っていれば、レオン班長の眉間に、一層きつい皺が寄りました。非常に気が進まなそうですが、クライド隊長の命令があるからでしょうか。わたくしの頭をぽんと叩くと、重い腰を上げました。足も引き摺るようにして、わくわくふれあい広場を後にします。
名残惜しげに何度も振り返っては、遠ざかっていくレオン班長。まるで、先程お仕事へ戻っていったステラさんのようです。
わたくしは、レオン班長が見えなくなるまで、柵越しにずっとお見送りしました。ようやくライオンさんの耳が見えなくなった所で、ほっと息を吐きます。
「はぁー……」
わたくしの傍で、もう一つ溜め息が落とされました。
見れば、レオン班長に通信機を渡したゴリラ獣人さんがいらっしゃいました。わたくしと目が合うと、丸眼鏡の奥で困ったように微笑みます。
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