24‐2.ぬいぐるみ職人さんと再会です
『まぁ、ステラさんではありませんかっ。お久しぶりです、お元気でしたか?』
尻尾を振って見上げれば、目が合ったステラさんは、ふにゃりとお顔を緩めました。今にもでへへと笑い出しそうです。
しかし、ステラさんはすぐさま頬を引き締めると、大きめな眼鏡を、指で押し上げました。
「じ、実は、ですね。うちの店で出している、ぬいぐるみ用衣装が、お客様から好評を博していまして。現在、職人一同、う、嬉しい悲鳴を上げている所なんです。これもひとえに、モデルを務めてくれたシロちゃまと、撮影に協力して下さった、シロちゃまのお父様のお陰です。ほ、本当に、ありがとうございました。つきましては、こ、こちらを、献上させて頂きたく……」
と、背負っていたリュックへ、徐に手を入れました。がさごそと中を漁り、ゆっくり引き抜きます。
出てきたのは、一冊の本、というか、冊子です。
表紙には、瞳に生気のない子シロクマが、クロクマさんのぬいぐるみの隣で、白い布に埋もれている写真が載っています。
「ぬいぐるみ用衣装の、カタログです。シロちゃまの可愛らしい写真を、これでもかと、使わせて頂いています。もしよろしければ、ど、どうぞ、お受け取り下さい」
ステラさんは、カタログを両手で差し出しながら、深々と腰を下りました。
レオン班長は、ステラさんのつむじを一瞥すると、ライオンさんの耳を振ります。カタログを受け取り、表紙を捲りました。そのまま黙読を始めます。
尻尾の揺れ具合からして、中々気に入られた模様です。
わたくしとしては、非常に複雑な心境でした。
この位置からでは内容を把握出来ませんが、表紙に生気のない瞳の子シロクマ、裏表紙に表情の死んでいる子シロクマが写っていることから察するに、中身も似たようなものなのでしょう。こんなにお顔が無のシロクマの、一体どこが良いのでしょうか。
『……まぁ、良いですけれどね。なんだかんだ言いつつ、モデルを引き受けたのはわたくしなわけですし』
寧ろ、あれ程目の輝きを失ったシロクマでも、モデルとして起用して下さった辺りは、感謝していますよ。撮り直しになっていたらと思うと、ぞっとします。あの苦行をもう一度行わなければならないなんて、恐ろしくて仕方ありません。
「シ、シロちゃま? シロちゃまー」
不意に、声を掛けられました。
振り返れば、しゃがんだステラさんと目が合います。
「こ、こんにちは。お久しぶりです」
『はい、こんにちはステラさん。本当にお久しぶりですね。お仕事が順調なようで良かったです。わたくしも、ぐったりしながらモデルをやった甲斐がありました』
ギアーと尻尾を揺らせば、ステラさんのお顔は一気に崩れます。でへへと笑い声を零しつつ、両手でわたくしを撫で始めました。
「はぁ~、相変わらずいい毛並みでちゅねぇ~。可愛いでちゅねシロちゃま~」
『ありがとうございます。褒めて頂けて、嬉しいです』
「そういえばシロちゃま、遭難したらしいじゃないでちゅかぁ~。大丈夫でちたかぁ~? とっても心配しまちたよぉ~」
『ご心配ありがとうございます。ですが、どうぞご安心を。このように至って元気ですので』
にっこり微笑むと、ステラさんの表情筋は一層壊れます。涎を垂らす勢いでにやけ下がり、わたくしを撫で回しました。かと思えば、背負っていたリュックから、いつぞやに使った撮影機を取り出します。構えるや否や、わたくしへレンズを向けて、シャッターを切りました。
「はぁ~、シロちゃまいいでちゅよ~。とっても素敵でちゅね~。こっちに目線下ちゃ~い。あ~、可愛い~」
素早く位置を移動しては、ただ座っているだけのわたくしを、何度も何度もレンズへ納めていきます。流石にお外なので、転がり回りはしないようですが、それでもぐにゃりぐにゃりと軟体動物の如く姿勢を変えては、辺りにシャッター音をこれでもかと響かせました。変わりのない様子に、なんだか笑いが込み上げてきます。
しかし、不思議です。わたくしは、ステラさんのお顔をじっと見つめました。
表情が、これでもかと蕩けております。成人女性が人前で晒して良いものではない気がしますが、それ以上の感情は特に湧いてきません。これがオリーヴさんならば、逃げの体勢に入っている頃ですのに。
ステラさんもオリーヴさんも、わたくしを見ながら異様な興奮を見せる所は同じです。ですのに、何故ステラさんには生温かな視線を送る程度で、オリーヴさんには危機感を抱くのでしょう? やはり、特殊な趣味に付き合わされるか否かの違いなのでしょうか。もしくは、わたくしに実害があるかないか、です。
どちらかと言えば、後者の方があり得るかもしれません。なんせステラさんも、ある意味特殊な趣味にわたくしを巻き込んでいるのですから。モデル業は非常に疲れますが、オリーヴさんの顔面を踏まされそうになった時のような恐ろしさは、一切感じませんでした。となると、やはりわたくしが肉体的精神的に傷付いたかどうかが、基準なのかもしれません。
まぁ、例え違ったとしても、わたくしがオリーヴさんからそっと距離を取ることに変わりはないのですが。
「はぁー……もうこのまま一日を過ごしたいなぁ……」
ステラさんは、わたくしを再度撫でながら、ぽつりと呟きます。
「シロちゃま、申し訳ありません……実は私、今日はどうしても抜けられない仕事がありまして、そろそろ戻らないといけないんです……」
『まぁ、そうなのですか。お忙しい中、わざわざ足を運んで下さってありがとうございます、ステラさん。お仕事、頑張って下さいね。わたくし、応援していますよ』
ギアーと笑顔で、ステラさんを労いました。しかし、ステラの表情は、どこか浮きません。一体どうされたのでしょう?
「でも、でも、私、本当は、今日は一日、休みの筈だったんです。だから、シロちゃまを見守りつつ、遊ぼうと思っていたのに……絶対に呼び出されないよう、一生懸命仕事をこなして、有休をもぎ取ったのに、なのに……っ、オ、オーナーのせいでぇ……っ」
ステラさんは、くしゃりとお顔を歪めます。ぷるぷると震え、目尻に光るものを浮かべました。
わたくしは、慌ててステラさんへ近付き、寄り添います。
『あらあら、それは残念でしたね。わたくしも、ステラさんと一緒に遊びたかったですよ』
「うぅ、シ、シロちゃまぁ」
『悲しいですね。今日の為に頑張ったのに、予期せず予定が潰れてしまうなんて、とても辛いことです。ステラさんのお気持ち、よくよく分かりますよ』
「せ、せめて、少しだけでもと、思って、シロちゃまの顔を、見にきたんですけど、そうしたら、よ、余計、悔しさが込み上げてきてぇ……っ」
『ありますよね、そういうことって。ですがわたくし、例え短時間でもこうしてステラさんとお会い出来て、本当に嬉しいですよ。ありがとうございます、ステラさん』
ぐずぐずと鼻を啜るステラさんのお膝へ、わたくしは前足を置きます。そうして、優しく微笑み掛けました。
『さぁさぁ、涙を拭いて下さい。そして、どうぞわたくしの毛を堪能して下さい。本日の為に、レオン班長が念入りにブラッシングして下さったので、とってももふもふですよ。触り心地抜群です。ほら、気持ち良いでしょう?』
ステラさんの手に、額をうりうりと擦り付けます。
するとステラさんは、
「シ、シロちゃまぁっ」
とわたくしを抱き締めました。
『はいはい、大丈夫ですよー。泣かなくて良いのですからねー。ステラさんはとっても頑張っていますよー。お客様の為に素敵な衣装を沢山作って、凄いですねー。偉いですよー』
ステラさんの肩をぽんぽんと叩きつつ、あやしていきます。
ギアギアと穏やかに語り掛ければ、ステラさんの鼻を啜る音は、小さくなっていきました。涙も引き、わたくしの毛を撫でる手付きと纏う雰囲気に、落ち着きが戻ってきます。
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