24‐1.アマフェスです



 救助された特別遊撃班の皆さんがまず行ったのは、シャワーを浴びることでした。パトリシア副班長の命により、これでもかと全身を洗います。



 わたくしも、レオン班長に洗って頂きました。久しぶりのシャンプーで、茶色くぼさぼさだった毛が、元の白さともふもふさを取り戻します。あまりの嬉しさに、つい己の体を何度も眺めてしまいました。



 けれど、パトリシア副班長からしたら、まだまだ汚れが落ち切っていなかったようです。レオン班長と歩いていた所を捕獲され、改めて念入りに洗濯されました。




 そして、これでもかと匂いを嗅がれました。




「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅー……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー……」



 わたくしのお腹にお顔を埋めながら、驚きの吸引力をみせるパトリシア副班長。潔癖症の方にとって、無人島生活はそれ程までに過酷で、ストレスの溜まる時間だったようです。



 わたくしのもふもふで癒されるのならば、どうぞ存分に堪能して下さい。お疲れ様でした。そんな気持ちを込めて、寝たふりをしていたわたくしは、薄目を開けてパトリシア副班長を温かく見守りました。

 そうしたら、盗み見していると気付かれ、お鼻をむぎゅっと摘まれました。

 この照れ隠しも久しぶりで、何だか微笑ましさを覚えます。





 さて、こうして無事海上保安部の本部へ戻ったわたくし達ですが。案の定、クライド隊長から、それはもうきついお叱りを受けました。

 ドラモンズ国軍一やんちゃな特別遊撃班の班員さん達も、流石に今回ばかりは、粛々と罰を受け入れています。レオン班長も、クライド隊長にこき使われているらしく、お家へ戻るとすぐさま寝てしまわれます。かなりお疲れのご様子です。



 わたくしはわたくしで、大変でした。

 レオン班長達が忙しくしている間、わたくしは、ティファニーママさん達軍用カバさんが所属している、海上保安部第三番隊に預けられていたのですが、もう毎日が戦いでした。



 なんせ、預けられた理由が、精密検査を受ける為、だったからです。



 どうやら、わたくしが白目を剥いて気絶した挙句うつ伏せのまま動かなくなったので、詳しく調べて欲しい、とレオン班長が要請したようなのです。

 お陰で、これでもかと検査されました。お尻の穴に体温計を差し入れられましたし、採血の際に注射もされました。

 しかも今回は、心電図をとる為と言って、脇腹の毛を一部刈られたのですよ? 乙女のお腹を、ハゲさせたのですよっ? 酷いと思いませんかっ?



 勿論、わたくしも抵抗しました。しかし、数名掛かりで押さえられてしまえば、なす術もありません。毎回大敗を喫しては、迎えにきて下さったレオン班長に泣きつきます。

 何故わたくしがあのような辱めを受けなければならないのですか。そもそも、どこも悪くないのですよ? ですのに、お尻に体温計を、何度も……っ。屈辱ですっ。淑女になんたる仕打ちでしょうっ。信じられませんっ。



 そうした苦しみを乗り越えた結果。

 わたくしは、第三番隊の獣医官さんから、健康優良児だと太鼓判を押されました。



 しかし、レオン班長は納得がいかなかったようで、獣医官さんにしつこく問い質します。事細かに調べた上での診断だ、と丁寧に説明されても、中々受け入れません。これには獣医官さんも困ってしまいます。どうにか保っていた笑顔も引き攣り、米神に青筋を浮かべていました。いつ怒り出しても可笑しくない状況と、てめぇいい加減にしろよ、という副音声に、わたくし、非常にひやひやしました。



 最終的には、しばらく様子を見つつ、定期的に検査をしていく方向で話は纏まります。穏便に済んでほっとした反面、またこの屈辱を味わわねばならぬのかと思うと、今から気が重いです。

 次回の健康診断までに、お尻に入れないタイプの体温計と、針を刺さないタイプの注射器と、毛を刈らないタイプの心電図計が開発されていることを、切に願います。





 まぁ、なにはともあれです。





 無事検診を終えたわたくしは、現在、ドラモンズ国軍主催のイベントに参加しています。




 その名も、アーマードフォーシーズフェスティバル。

 略してアマフェスです。




 こちらは、国民の皆様にもっとドラモンズ国軍を身近に感じて頂くべく、陸海空、三つの部署が複数のコーナーを受け持ちつつ、普段どういった仕事をしているのかを紹介していく、というものです。レオン班長が忙しくしていたのは、こちらの準備の為だったのです。しかも今回は、海上保安部が会場設営などの当番だったらしく、本部全体が何となく慌ただしい雰囲気でした。

 当日は当日でてんやわんやしていましたが、どうにか開場することが出来ました。ぞくぞくとやってきたお客様をお迎えしては、本日の為に用意したコーナーへと誘導していきます。



 因みにわたくしは、わくわくふれあい広場、というコーナーを担当させて頂いております。

 こちらは、陸海空の第三番隊に所属する軍用動物さん達のお子さんと触れ合える、というものです。わたくしは第三番隊ではございませんが、一応海上保安部の所属ですので、子カバさん達やティファニーママさんの養い子に混ざって、お客様のおもてなしをしています。



 柵に囲われた広場へ入ってきたお客様は、わたくし達の姿を見ると、歓声を上げて下さいます。柵の外を通過するお客様も、こちらを眺めては、後できてみようと相談されたりするのです。動物の苦手な方も、子供ならばと、陸上保安部からいらっしゃった子狼さんや、航空保安部の子孔雀さんへ手を伸ばしては、優しく撫でて下さいます。



 撫でられる側も心得ているので、決して飛び付いたり吠えたりしません。静かにその場で待ち、相手のペースに合わせて接しているのです。そういった姿もまた、未来の第三番隊隊員らしいと申しますか、頼もしさをひしひしと感じます。わたくしも見習って、待ちの姿勢でお客様を見守りました。




 しかし、わたくしの元へは、一向にどなたもいらっしゃいません。




 それどころか、半径五メートル程の距離を開けて、遠巻きに見られております。




『……まぁ、原因は分かっているのですが……』



 わたくしは、己の背後を、ゆっくりと振り返りました。




 真後ろに、見慣れた強面が佇んでいます。

 人一人殺せそうな鋭い目付きで、わたくしをじーっと眺めていました。




『あのー……レオン班長?』



 わたくしが声を掛ければ、レオン班長は、どうした? とばかりに、ライオンさんの耳を一つ揺らします。



『わたくしを心配して下さるのは嬉しいのですが、そろそろご自分が担当しているコーナーへ向かった方がよろしいのではありませんか? あちらも人手が必要でしょうし、あまり悠長にしていると、またパトリシア副班長に怒られますよ』



 わたくしは、にっこりと微笑みました。



『大丈夫です。わたくしはもう、白目を剥いて気絶したりはしませんから。うつ伏せで動かなくなる方は、もしかしたらあるかもしれませんが、別段健康に問題があってのことではございません。どうか安心して下さい』



 ですので、お客様の為にも、速やかにお戻り下さいな。そのような気持ちを込めて、レオン班長を見上げます。



 するとレオン班長は、徐にライオンさんの尻尾を振りました。静かに瞬きもし、かと思えば、その場へしゃがみ込みます。




 そして、わたくしの頭を、無言で撫で始めました。




『…………いえ、あの、別に、構って欲しかったわけではないのです。わたくしはただ、お仕事を頑張ってきて欲しいだけでして。あ、勿論、レオン班長に撫でられるのは、とても好きですよ? 好きですが、戯れるタイミングは今ではないと申しますか、後で存分に触れ合えばよろしいのではないかと申しますか』



 しかし、レオン班長の手は止まりません。ライオンさんの尻尾も、ご機嫌に揺れています。この様子では、まだしばらく動きそうにありません。



 わたくしは、助けを求める視線を、わくわくふれあい広場担当の隊員さんへ向けました。

 隊員さん達は、こちらの状況に気付いてはくれているようです。けれど、どなたも助けにきてはくれません。どうやら、誰がレオン班長に注意しにいくのか、揉めているようです。この距離からでも分かる程に、白熱したじゃんけんが繰り広げられております。



 さて、困りました。一体どうすれば良いのでしょう。最悪、パトリシア副班長から呼び出しの通信がくるまで、現状を維持し続ける可能性もございます。出来れば避けたい事態ですが、果たしてどうなることやら。



 はふん、と溜め息を吐きながら、現実逃避がてら、青々と晴れ渡る空を眺めていますと。




「あ、あのぉ……」




 不意に、控えめな声が、聞こえてきました。




 見れば、大きなリュックを背負った眼鏡の女性が、おずおずと近付いてくるではありませんか。




「お、お久しぶりです、シロちゃまのお父様。ぬいぐるみ職人の、ステラです。その節は、大変、お、お世話になりました」



 そう言って、ぺこりと頭を下げます。




 自信がなさそうに丸まる背中と、真っ赤に染まるお顔に、わたくしの表情はぱっと明るくなりました。



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