23‐10.新たな一面です



『あ、ありがとうございますロビン様っ。そう言って頂けて、こ、光栄ですぅ……っ』

『礼なんていらないよ。ボクはただ、真実を言っただけなんだから』

『わ、わたくし、これからも、ロビン様にそう思って頂けるよう、頑張りますのでっ。とっても頑張りますのでぇ……っ』

『高みを目指すのは、とても素晴らしいことだ。けれど、どうか覚えておいて。シロ君は、既にもう美しいんだ。あまり根を詰めてはいけないよ。いいね?』

『は、はひぃ……っ』



 もう自分が何を言っているのか、よく分かりません。ただただ、ロビン様の輝きに圧倒されるばかりです。



 どうにか会話が成立していると良いのですが。熱に浮かれた頭で、そのようなことを思っていますと、不意にロビン様が、後ろを振り返りました。




『おや。向こうはまだ話が終わっていないようだ』



 その言葉に、わたくしはロビン様の視線の先を追い掛けます。

 見れば、リッキーさんが未だオリーヴさんに絡まれていました。眉間に皺どころか、米神に筋を立てています。それでも、わたくしに矛先が向かないよう、傍にいるレオン班長の腕を掴んで、懸命に堪えて下さっているようです。

 お陰でリッキーさんの指が食い込み、レオン班長はとても痛そうです。



『まぁ……』



 オリーヴさんのお顔は、蕩けに蕩けていました。リッキーさんの罵倒にふっくらとした頬を赤らめ、荒い息遣いで縦ロールを振り乱す姿は、最早ただの上級者です。

 あまりの絵面に、わたくしののぼせ上った頭もすっかり冷めました。



『全く。仕方ないな、オリーヴは』



 ロビン様は、苦笑気味に息を吐きます。



『彼女も、悪い子ではないんだけれどね。でも、少々興奮しやすいというか、仕事中にも趣味に走ってしまいがちなんだ。そういった所は直して貰わないと、こちらも困ってしまうよ』



 わたくしも、大層困ってしまいます。リッキーさんなど、現在進行形で困っています。是非ともお仕事中だけでなく、普段からも控えて頂きたいものです。興奮される側として、心から願います。




『さて。もうすぐ救援もくる頃だし、そろそろオリーヴを止めてこようかな』

『え、ですが、ロビン様。大丈夫なのですか?』



 あの暴走し切っているオリーヴさんを相手に、一体どうするおつもりなのでしょう。下手をすれば、ロビン様までリッキーさんやわたくしと同じ運命を辿るかもしれませんのに。

 そもそも、止めた所で止まるのですか? オリーヴさんが素直に従うとは、到底思えませんが。



『まぁ、見ていてごらん』



 ぱちりとウインクをすると、ロビン様は流木から飛び降りました。一本の線の上を歩いているかのような美しいウォーキングで、オリーヴさんの元へ近付いていきます。



 わたくしは、はらはらしながらロビン様を見守りました。万が一、ロビン様がオリーヴさんの餌食に合ってしまったらと思うと、とても落ち着いてなどいられません。

 いざという時は、わたくしが身代わりとなって、ロビン様を逃がしましょう。そう固く誓いつつ、いつでも飛び出せるよう、流木の裏でスタンバイします。



 戦慄きそうな唇を噛み締めるわたくしを余所に、ロビン様は、変わらぬ足取りで地面を踏み締めました。これから仲裁に入るとは思えない程優雅で、堂々としています。気負いは見えないどころか、青と緑の艶やかな羽を靡かせる姿は、余裕しかありません。それだけ自信があるということなのでしょう。それでも、わたくしの胸には不安が過ぎります。




 と、不意に、ロビン様が地面を蹴りました。軽やかな仕草で飛び上がり、お尻の飾り羽を波打たせます。




 かと思えば、空中で華麗な一回転を決めました。






 そして、自身の飾り羽を、オリーヴさんの顔面へ叩き込みます。






『えぇぇぇっ!?』



 パシーンッ、という甲高い音と、わたくしの驚きの声は、ほぼ同時に上がりました。レオン班長達特別遊撃班の皆さんも、回転の勢いが乗ったロビン様の一撃に、びっくりされています。



 しかし、羽ビンタを食らった当のオリーヴさんは。




「あぁん……っ!」




 嬌声を上げて、崩れ落ちていました。

 砂浜に座り込む姿は、なんだかとっても嬉しそうです。




『駄目だろう、オリーヴ? 周りに迷惑を掛けては』



 ロビン様は、爽やかに着地をすると、汚れ一つなく磨き上げられたくちばしで、つんつんとオリーヴさんを突き始めました。



『君が悪い子ではないとボクも分かっているけれどね。それでも、何事にも限度というものがある。君もいい大人なのだから、それなりに加減を覚えていかないと。そうだろう?』

「あっ、ロ、ロビン痛いっ。痛いわっ、あぁっ」

『痛いかい? でもね、ボクの心はもっと痛いのさ。なんせ君という子は、ボクがいくら言った所でちっとも学習してくれないのだから。ようやく成長してきたなと喜んでいたのだけれど、ボクの勘違いだったようだね。全く、困った子だ』

「だ、駄目ロビンッ。そこは、はぁんっ」



 オリーヴさんは、砂の上をのた打ち回りつつ、甘い声を上げました。リッキーさんとレオン班長が一歩ずつ離れていくのも気にせず、ただただロビン様から与えられる刺激に、悶えています。



 そんなオリーヴさんを、ロビン様は優しく、されど責める口調で、突き倒しました。微笑みさえ浮かべながらくちばしで攻撃する姿は、非常に耽美と申しますか、こう、見てはいけないような、独特の雰囲気を纏っています。図らずとも、ドキドキして参りました。




『――それとも、オリーヴ』



 ロビン様は、前後させていたくちばしを、徐に止めました。すっと姿勢を正し、びくびく震えるオリーヴさんを眺めます。



『君は、あえてボクを困らせているのかな? こうやって構って欲しいから』



 すい、と細くしなやかなおみ足を持ち上げると、今度は爪の先で、オリーヴさんの体をなぞりました。



『もしそうだとしたら、ボクはまんまと君の策略に嵌ってしまったわけだ』



 腰、背中、肩、とロビン様の爪は滑っていきます。段々と上がっていくおみ足と共に、オリーヴさんの息も荒くなりました。反対にわたくしは、高鳴っていく鼓動を誤魔化すように、息を潜めます。



『航空保安部第三番隊のエースたるボクを欺くだなんて……全く、君という奴は』



 ふ、と喉を鳴らすと、ロビン様は、オリーヴさんの顎を、足の先でくいっと掬いました。強制的にお顔を上げさせられたオリーヴさんを見下ろし、つと、目を細めます。





『いけない子だ』





 そうして、お尻の飾り羽を、ふわりと広げました。





 先程とは違い、羽が影を作り、ロビン様の神々しさはなりを潜めます。代わりに、危険な色気とでも申しましょうか。例えて言うなら、闇夜の王や冥界の王などの、ほの暗い、けれど甘美で、ついつい引き寄せられてしまいそうな、何とも言えぬ魅力を溢れさせています。




 そのような方が、顎クイです。

 乙女の憧れ、顎クイを繰り出したのです。




 しかも、加虐的な笑み付きで。




 そんなものを至近距離で食らってしまったオリーヴさんは。






「はあぁぁぁぁーんっ!」






 当然、正気を保っていられる筈がございません。

 艶めかしい声と共に、砂浜へと倒れ込みます。







『はあぁぁぁぁーんっ!』






 わたくしも、倒れ込みました。

 腰どころか全身が砕け散っております。





 なんですか、あの溢れんばかりのSっ気は。つい数分前までは至極紳士的でしたのに、そのような一面も持っていらしただなんて。一体どちらへ隠していたのですか。子供には刺激が強すぎます。

 もうわたくし、立ち上がるどころか、体を起こすことさえままなりません。ただただ、流木の脇で蹲るばかりです。




『さぁ、行くよオリーヴ。そろそろ航空保安部の機体が到着する頃だ』

「あ、ま、待って、ロビン。置いていかないで……っ」



 さっさっと規則正しい足音と、よたよたと覚束ない足音が、遠ざかっていきます。恐らく、ロビン様とオリーヴさんがこの場から離れたのでしょう。ですが、お顔を持ち上げる気力もないわたくしに、確かめる術はありません。耳に入ってくる情報から、想像するだけです。




「……シロ? おい、シロ、どうした。おいっ」



 レオン班長の声と、駆け寄ってくる音が聞こえました。次いで、わたくしの体を揺さぶられます。とても焦っている様子から、レオン班長にはわたくしが力なくうつ伏せているように見えるのでしょう。白目を剥いて気絶したという前科がある分、心配も掛けてしまっているのかもしれません。



 ですが、大丈夫ですよレオン班長。わたくし、すこぶる元気ですので。ただ、今はちょっと動くことが出来ないだけなのです。




 何故なら、五体投地をしつつロビン様へ祈りを捧げるのに、とても忙しいからです。




「っ、アルジャーノンッ! シロがまた倒れたっ!」



 ひょいっと抱えられ、レオン班長に凄い勢いで運ばれていきます。



 それでもわたくしは、祈りの姿勢を崩しません。



 優雅に歩くロビン様の後ろ姿を、只管拝むばかりです。



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