23‐9.美しさの定義です



 ロビン様は、驚くわたくしをじっと見つめながら、固く閉ざしたくちばしを、静かに開きました。




『……“僕は、あなたのことが、好きです……ずっとずっと、好きでした”』




 掠れた声は、震えていました。恐らく、泥だらけの孔雀さんのセリフなのでしょう。

 真に迫ったと申しますか、臨場感溢れる演技に、わたくしは自ずと居住まいを正します。



『“僕は、容姿も能力も、秀でているわけではありません。性格だって優柔不断で、頼りなくて、大事な時に尻込みしてしまうような、情けない男です”』



 それでも、と眉間へ力を込め、ロビン様は大きく息を吸い込みました。



『“っ、それでも、あなたを想う気持ちは、誰にも負けませんっ。負けるつもりは、ありません……っ”』



 わたくしは、思わず息を飲みます。ロビン様から溢れる気迫に、言葉が出てきません。

 心なしか、美しい青と緑の羽が、泥だらけになっているようにも思えてきました。



『“僕はっ、あなたを一生愛しっ、慈しみっ、大切にすると誓いますっ。全身全霊で守り抜くと誓いますっ。だから、お願いですっ。どうかっ、どうか……っ、あなたの隣に立つ権利をっ、どうか僕にっ、下しゃいっ!”』



 裏返った甲高い声が、飛んできました。

 ロビン様は、はっと肩を竦めると、泣きそうにお顔を歪めます。くちばしもきつく結び、そのまま項垂れてしまいました。



 小刻みに震える冠羽に、わたくしの胸は締め付けられます。正に、一世一代のプロポーズでした。この方の本気が、ひしひしと伝わってきます。ですのに、大事な所で噛んでしまったのです。その心情は、察するに余りあります。



 気付けばわたくしは、ロビン様の演技に引き込まれていました。目の前にいるのは、確かにロビン様ですのに、わたくしにはもう、泥だらけの孔雀さんにしか見えません。

 それどころか、居もしないお相手の孔雀さんも見えますし、ライバルの男性達や、周りで見物している孔雀さん達の姿も見えています。更には、この場が砂浜ではなく、プロポーズにぴったりのロマンチックなお花畑に思えてきました。スミレの花が咲き乱れているのです。そんな光景が、わたくしの目には映っています。




『そ、それで、その泥だらけの孔雀さんは、一体どうなったのですか……?』



 思わず呟けば、ロビン様の纏う空気が変わりました。悲しげな雰囲気は消え、自信に満ち溢れた麗しさが戻ってきます。姿勢も元通りです。



 ロビン様は、お顔をゆっくり持ち上げると、縮こまらせていた体を解すように、一度身震いをしました。それから、微笑みます。



『無事、愛する女性に選ばれたよ』



 ぱぁっ、と自分の表情が華やいだのが、分かりました。



『そ、そうですかっ。それは良かったですっ』



 尻尾を振り回すわたくしに、ロビン様の笑みは深まります。




『これは、後から分かったことなんだけれどね。どうやら共に求愛した他の男達が、裏で互いを蹴落とし合っていたようなんだ。彼は参加せず、只管逃げ回っていたんだけれど、一瞬の隙を付かれて全身を泥だらけにされたらしい』

『まぁっ。なんて卑怯なのでしょうっ』

『あぁ、その通りだ。これは、決して許されることではない……でもね、シロ君』



 と、ロビン様は、穏やかに首を傾けます。



『実を言うと、求愛されていた女性は、全て知っていたんだ』

『え、全て、と言いますと……』

『男達が裏で醜い争いを行っていたことも、彼が何故泥だらけだったのかも、全てね』



 わたくしは、驚きの声と共に、目を見開きました。



『彼女は、全てを知った上で、何も知らないふりをしていたのさ。そうやって、男達の本質を見定めていたんだ』



 はぁー、そうだったのですか。なんと申しますか、モテる女性は違うのですね。わたくしには到底真似出来ません。



『彼女は、泥だらけの男を選んだ。それは、彼が蹴落とし合いに参加していなかったから、という理由だけではない。彼が困っている時、手を差し伸べてくれる相手がいた。つまり彼は、助けてやりたいと思われるような気質の持ち主だということだ。加えて、弟達にあれだけ慕われていることから、とても愛情深く、家族を大切にする男だと分かる。なにより彼は、泥だらけの言い訳も、他の男達の所業を言い付けることも、一度としてしなかった。ただただ愛を語った。そんな相手に求められては、心を動かされないわけがない。そうは思わないかい?』



 わたくしは、迷いなく頷きました。当の孔雀さんを知らないわたくしでさえ、今の話を聞いて感動したのです。真っ向から対峙した相手の女性は、さぞ心震えたことでしょう。



『こうして、群れ一番と謳われた高嶺の花と、平凡な、けれど誰よりも心根の綺麗な男は結ばれた。今では航空保安部一の仲良し夫婦と呼ばれているのさ。見た目が釣り合わぬと馬鹿にする者もいるが、当の夫婦は全く気にしていない。ボクも、彼らが釣り合わないとは思わない。高嶺の花の美しさは勿論だが、彼も性格の良さが外面に滲み出ている。彼のようになりたいと、多くの孔雀が思っているよ』



 ふふ、と喉を鳴らすと、ロビン様は、空を仰ぎます。





『さて。では、ここでシロ君に質問だ。ボクは何故、このような話をしたんだと思う?』



 一度太陽を見やり、次いで、微笑みました。



『それはね、泥だらけだった彼の美しさを、知って欲しかったからなんだ』



 ロビン様のお顔が、わたくしへと向けられます。



『先程、シロ君は言っていたね。今の自分は、毛が汚れているからボクの目に触れたくない、恥ずかしいと。随分と気後れしていた。そうだね?』

『う、は、はい』

『ならば、泥だらけで求愛をした彼も、恥ずかしい存在だと思うかい?』

『……いいえ』



 恥ずかしいわけがありません。会ったことも話したこともありませんが、さぞ素敵な方なのだろうと分かります。



 ロビン様は、満足げに頷き、冠羽を揺らしました。



『ならば、もう答えは出たね』



 そうして目を細めると、徐に歩き出します。




『つまり、ボクの美的感覚は間違っていなかった、ということだ』




 一本の線の上を行くかのような、洗練された足取りで前へ進むと、ロビン様は軽く地面を蹴りました。流木の上に着地し、すっと姿勢正しく佇みます。



『無人島で遭難しながら、それでも君は一生懸命生き延びた。諦めなかったシロ君の気高き心は、土なんぞに汚されるものではない』



 海風が、青と緑の羽を、柔らかく靡かせました。



『また、初対面のボクに対して、孔雀式の礼を返してくれたね。自分が大変な思いをしている時に、他者に寄り添おうとする君の心根は、尊敬に値する』



 ロビン様の笑みが、輝かんばかりに深まります。



『勿論、うら若き乙女の恥じらいも、分からなくはない。いつでも綺麗でいたい気持ちも、理解出来る。だが、君は今知っただろう? 美しさというものは、決して見た目で決まるわけではないと』



 心を溶かしてしまうような声が、わたくしの体へ染み込んでいきました。



『ぼろを着ても心は錦、という言葉がある。どんなにぼろぼろな衣服を着ていても、心に錦を纏っていれば、その者の美しさは損なわれることなどない。真の美しさというのは、そういうものだとボクは思う』



 と、ロビン様は、肩を竦めます。



『まぁ、つまり何が言いたいのかというと』



 目元へ弧を描き、一つ羽ばたいてみせました。



『シロ君』



 じっとわたくしを見つめ、そうして、緩やかに瞬きます。





『君は、とても美しいよ』





 お尻の飾り羽を、ふわりと広げられました。





 途端、太陽光が、ロビン様の背後から差し込みます。




 長い飾り羽が、太陽の光を反射して煌めきました。そちらがレフ板のような役割を果たし、ロビン様を一層華やかに見せます。



 麗しい笑みも、甘い言葉も、何もかもが、わたくしへと注がれました。あまりの神々しさに、わたくしの心臓は、ズギャアァァァーンッと盛大に撃ち抜かれます。



『あぁ……っ!』



 腰も砕け、その場に座り込んでしまいました。すぐ傍の流木へ寄り掛かることで、かろうじて地面へ崩れ落ちるのを堪えます。

 もしこのまま倒れていたら、滑るように五体投地の体勢を取り、ロビン様に祈りを捧げていたことでしょう。それ程尊い光景でした。



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