23‐8.昔の話です



『さて、シロ君』

『は、はひぃっ』

『ふふ、そんなに緊張しないで。ボクが虐めているみたいじゃないか』



 そ、そう言われましても、ロビン様のお胸を覆う柔らかな羽に包まれながら足ドンをされるというこのシチュエーション、緊張せずにはいられません。

 加えて、至近距離から見上げた時のロビン様の姿に、わたくし、上手く言葉が出てきません。色気と格好良さが半端ないのです。



『どうしてボクが、こんな強硬手段に出たのか、分かるかい?』

『わ、分かりましぇん』

『そう。そうじゃないかとは思っていたけれど、やっぱりそうなんだね。全く、困った子だ』



 ロビン様は、苦笑めいた吐息を吐くと、くちばしの先で、コツン、とわたくしの額を突きました。



 デコツンです。

 紛うことなき、デコツンをされてしまいました。



 あまりの自然な流れと洗練された所作に、わたくしの心臓へ、狙撃されたかのような衝撃がズキューンと駆け抜けます。思わず呻き声を零しました。頭も、どこかぼんやりとしてきます。油断したら、今にも足がかくんと崩れてしまいそうです。




『ねぇ、シロ君』



 ロビン様は、わたくしを見つめたまま、微笑みます。



『君は、美しいとは、一体どういうことなのだと思う?』

『う、美しい、ですか?』

『そう、美しい。その言葉が示すものとは、一体なんなのか』



 宝石の如き澄んだ瞳に射抜かれ、皮膚の下がじんわりと熱くなってきました。これ以上は頭が爆発してしまいそうで、わたくしは咄嗟に目を泳がせます。



『う、美しいとは、それは、まず、ロビン様のように、羽の色が鮮やかであったり、艶やかであったり、大きさや形が揃っているなどの、見た目を示すことだと思います。他にも、立ち居振る舞いが洗練されていることも、美しいと言えるのではないでしょうか。後は、匂い、声、話し方なども、美しさを象るものなのではないかと、わたくしは、思うのですが……』



 いかがでしょうか、という気持ちを込めて、ロビン様を上目で窺います。

 ロビン様は、


『成程ね』


 と目を細めると、徐に、頭の冠羽を小さく揺らしました。



『シロ君が言うことも、間違ってはいない。事実、鳥類の男は、女性の気を引く為に色鮮やかな羽や目立つ体型をしていることが多いからね。けれど、ボクが考えるに、美しいというものの根源は、目に見えないのではないかな』



 目に見えない、ですか?

 それは一体、どういうことなのでしょう。




『昔、とある孔雀の女性に、複数の男が同時に求愛をする、ということがあった。女性は、それはそれは魅力的でね。所謂高嶺の花と言われる存在だったんだ。当然集まった男達のレベルも高い。誰を選んでも素晴らしいと言わざるを得なかった。所が、そんな華やかな面々の中に、ひとりだけ、妙に泥だらけな男がいたんだ』

『え? 求愛の場にですか?』

『そう。羽も乱れていて、とても愛を請いにきたとは思えない姿だった。可笑しいだろう? 孔雀の男は、求愛の際、自分の飾り羽を女性の前で大きく広げてみせるんだ。そうして、自分がどれだけ羽の手入れを行っているかや、飾り羽の扱いの上手さを披露するのさ。何故だか分かるかい?』



 わたくしは、小さく頭を振りました。



『言ってはなんだが、あの飾り羽、見栄えは良いけれど、日常生活においては、正直邪魔だろう? 長すぎるから引き摺ってしまって、汚れやすくもある。それを丁寧に手入れ出来るということは、それだけ甲斐性があると考えられる。羽の扱い方が上手ならば、共に歩いていてもぶつけられたりはしないだろうし、視野が広くて頼りになるという印象も受ける。つまり、飾り羽の様子から、その男の内面も読み取れるというわけだ』



 な、成程。言われてみれば、確かにそうかもしれません。内面は見た目に出る、という話もございますしね。



『勿論、ただ見せるだけではない。孔雀の男はね、女性が自分を見てくれている間だけ、愛を語る権利を得られるんだ。だから、どれだけ相手の女性を好きなのか、もし愛を受け入れてくれるのならば、自分はどうするのか、などを懸命に語る。この時の印象も加味した上で、女性は愛を受け入れるのか否かを決めるのさ』



 はぁー、そうだったのですか。全然知りませんでした。てっきり羽の大きさや色の美しさを見ているのだとばかり思っていましたが、もっと深い意味があったのですね。



『だからこそ、男達はこぞって自分の羽を繕い、最高の状態にしてから求愛に挑む。それが普通なんだ。なのに、その男は泥だらけで現れた。本来ならば、まずあり得ないことだ』



 わたくしは、思わず頷きます。



『周りはざわめくし、女性も目を丸くした。困惑が広がる中、それでも男達の求愛は始まったんだ。ひとりずつ前へ出ては、飾り羽を広げ、女性へ愛を囁いた。最後に女性の前へ進み出たのが、泥だらけの男だ。彼は、他の者が求愛している最中に、出来る限り身支度を整えた。だが、それでも汚れは落ち切っていないし、羽は未だ乱れている。己の姿に、男自身も思う所があったんだろう。身を小さくして、黙り込んでしまった。同時に、男を馬鹿にする囁きや嘲笑が聞こえてきた。身の程知らず、と言わんばかりの音に、男は一層俯く』



 それは、そうでしょうね。一世一代の舞台に、万全の体勢で出られないとなると、自分自身を恥ずかしく思うでしょうし、相手の方にも悪いことをしてしまったと後悔するのではないでしょうか。わたくしがもし泥だらけの孔雀さんと同じ立場だったら、辛くて逃げ出していたかもしれません。



『一体どうなることやらと、周りは大層ひやひやしたらしい。可哀そうだから、もう下がるように言ってあげよう。いや、せめて一言愛を告白させてあげた方がいいんじゃないか。様々な意見から、誰も動けなかった。泥だらけの男も、彼の前に立つ女性も』



 ロビン様の語り口は非常に柔らかく、気付けばわたくしは、お話に引き込まれていました。泥だらけだった男性の行く末に、ついつい唾を飲み込んでしまいます。




『そんな中、唯一動いた者が、ふたりいた。一体誰だと思う?』

『そう、ですね……他の求愛者であったり、場を取り仕切っていた年長者の方、でしょうか?』



 ロビン様は、穏やかに首を横へ振りました。



『正解は、子供の孔雀だ。どうやら、泥だらけの男の弟らしい』



 あぁ、とわたくしは、軽く相槌を打ちます。



『彼らは場へ割り込むと、女性に向き合った。かと思えば、いきなり飾り羽を広げてみせたんだ』

『えっ。広げた、というと、きゅ、求愛したということですか?』

『本来ならば、そうなるね。けれど、彼らが口にしたのは、全く別の内容だった』



 ロビン様は、楽しげに喉を鳴らします。



『“僕達の羽は、毎日兄さんが繕ってくれています”“綺麗でしょ? お兄ちゃんは、羽を繕うのがとっても上手なんだ”。そう自慢げに言って、自分の飾り羽を揺らしてみせた。それから彼らは、いかに自分の兄が素晴らしい男かを、拙い言葉で語ったんだ』



 曰く、泥だらけの孔雀さんは、とても優しく、面倒見が良く、一緒に笑ってくれるお兄さんだそうです。けれど、駄目なことはきちんと叱り、弟さん達のことをいつも守り、悲しい時は泣き止むまで寄り添ってくれる、自慢の兄なのだ。弟さん達は、一生懸命女性へ伝えます。



『更に弟君達は、こうも言った。“兄さんは、今日の為に何度も何度も求愛の言葉を練習していました。だから、どうか聞いてあげて下さい”、とね。そうして、怖気付く兄を、女性の前へ押し出した。泥だらけの男は、自分に集まる視線に、また身を小さくした。だが、幼い弟にここまでして貰ったんだ。遂に覚悟を決めたんだろう。ゆっくりと顔を上げ、飾り羽を大きく広げた。泥だらけの羽を見せながら、男は彼女に、こう言ったのさ』



 い、一体、何と言ったのでしょうか? わたくしは、その先を請うように、ロビン様をじっと見つめました。

 するとロビン様は、勿体ぶるように、ゆったりと目を細めます。



 かと思えば、さっと二歩程後ろへ下がり、頭を下げました。体も縮こまらせて、羽を震わせます。

 そして、徐に顔を上げました。




 瞬間、ロビン様の纏う空気が、変わります。




 先程まで自信に満ち溢れていたのに、今は不安げな面持ちをしていました。

 まるで、別の誰かが憑依でもしたかのようです。



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