23‐3.誤魔化します



「まずは、怪我の有無や体調の良し悪しなどを教えて頂きたいんだけど……見た限り、元気そうね。問題も特にないんでしょう、レオンさん?」

「……あぁ」

「そう。それは良かったわ」



 そう言うと、女性は何かを弄るような物音を立てます。



「……こちらオリーヴ。遭難中の特別遊撃班を発見しました。……いえ、負傷者はいません。……はい。はい。分かりました。では、そのように。はい、よろしくお願いします」



 どうやら、通信機で応援を呼んで下さっているようです。



 一頻りお話し終えると、女性――オリーヴさん、でしょうか? その方が、わたくし達へ指示を出します。



「今、応援を呼びました。一時間もすれば、航空保安部の機体が到着します。皆さんには、そちらに乗って脱出して貰う予定です。また、特別遊撃班の専用船は、一緒にくる海上保安部の船が、本部まで牽引します。なので、荷物は今の内に纏めておいて下さい。準備が出来た方は、この浜辺に集合及び待機でお願いします」



 各々返事をすると、特別遊撃班の皆さんは動き出します。気配から察するに、船の中へ戻る方や、その場で待っている方、砂浜をお散歩する方などがいる模様です。



 レオン班長も、必要な荷物を纏めに行かなくてよろしいのでしょうか。もしや、手ぶらで航空保安部の機体へ乗るおつもりですか? レオン班長が良いならば構いませんが、わたくしとしては、せめてお財布やプライベート用通信機など、最低限の持ち物はあった方がよろしいかと思いますよ。

 そんな気持ちを込めて、アロハシャツの中からレオン班長を見上げます。



 レオン班長は、未だに毛のない眉を顰めて、前を向いていました。恐らく、オリーヴさんを見ているのだと思いますが、どことなく、いつもより眉間の皺が深いような気がします。

 一体どうしたというのでしょう?




「お久しぶり、レオンさん」



 オリーヴさんらしき声と足音が近付いてきました。



「相変わらずやんちゃをしているみたいね。しかも今回は遭難だなんて。知らせを聞いた時は、あなたらしいって思わず笑っちゃったわ」

「……煩ぇよ」

「そういう不愛想な所も、全然変わっていないのね。安心したわ。もし落ち込んでいたら、同期のよしみで慰めてあげようって思っていたんだけど、ふふ、杞憂だったみたい」



 おや、とわたくしは目を瞬かせました。

 どうやらこちらのオリーヴさんは、レオン班長と同期なようです。いつぞやに海上保安部で遭遇したルーファスさんに続いて、二人目ですね。まさか、このような場所でお会いするとは思いませんでした。




「そういえば、こちらの副班長さんはどうしたの? あの完全防備な姿が見えないようだけど」

「……パトリシアは、自分の部屋で待機してる」

「あら、どこか怪我でもしたの?」

「ただの潔癖症だ」

「あぁ、成程。外に出たくないのね。副班長さんらしいわ。でも、んー、困ったわね。この後についての相談やらなんやらをしたいから、一度お話したいんだけど、難しいかしら?」



 レオン班長は、返事代わりにライオンさんの耳を揺らしました。そうして、徐にカフス型通信機を触ります。



『はい、こちらパトリシアです。脱出の目途は立ちましたか?』

「……オリーヴが、お前と話したいそうだ」

『……そうですか。分かりました。では、後ほどこちらから連絡を入れておきます。それで、脱出の目途は』

「今から一時間程で、航空保安部の機体がくるそうだ。俺達はそれに乗って脱出する。故障した船は、共にやってくる海上保安部の船が、本部まで引っ張っていってくれるらしい」

『了解しました。では、航空保安部の機体が到着したら、また連絡をお願いします』



 プツン、と切れた通信に、レオン班長は小さく息を吐きます。



「副班長さんは、なんて?」

「……後でお前に連絡する、だとよ」

「分かったわ。じゃあ詳しい話は、その時にするわね。ありがとう、レオンさん」



 所で、とオリーヴさんは、不思議そうに問い掛けました。




「そのお腹、一体どうしたの? 随分と真ん丸だけど」




 と、アロハシャツ越しに、つんとわたくしを突かれます。びっくりして思わず体を揺らしますが、すかさずレオン班長が守るようにわたくしを抱き締め、一歩後ろへ下がりました。



「……何でもねぇ」

「何でもないわけないでしょう。どう考えても可笑しいわ」



 やはり、傍から見ると、わたくしが潜り込んでいる辺りは、不自然な膨み方をしているようです。まぁ、子供のシロクマが一匹入っているのですものね。違和感がない方が可笑しいです。



 それでもレオン班長は、


「何でもねぇっつってんだろう」


 とやり過ごそうとされます。



「なら、なんでそんなにお腹がぽっこりしているのか、説明してちょうだい。納得のいく答えを貰えたら、私もこれ以上は聞かないわ」



 さぁ、とばかりにオリーヴさんは、レオン班長の言葉を待っています。



「……太った」

「嘘ね。そんな妙な太り方、普通はしないわ」

「普通じゃなく太った」

「レオンさん。誤魔化すにしても、もう少し上手に嘘を吐いてちょうだい」

「本当だ」

「あのね、もし本当にお腹だけがそんな風に太ったのだとしたら、その原因はほぼ間違いなく病気よ。もしくは寄生虫ね。とっても危険だから、今すぐお医者様に診て貰いましょう。検査の為に注射をするかもしれないけど、いいわよね? あなたの身の安全が掛かっているのだから」

「……太ったのは、嘘だ」

「でしょうね。なら、本当はどうしたというの?」



 レオン班長は、眉間へ物凄い皺を寄せながら、黙り込みました。お口をひん曲げ、顔面全体で、言いたくない、と主張します。

 けれど、オリーヴさんも引きません。レオン班長に何度も問い掛けては、答えるよう促します。




「――もう。なんで教えてくれないの? そんなに言いたくないの? それとも、何か言いづらいことなの?」



 あまりに動かぬ事態に、オリーヴさんの業を煮やしたような溜め息が聞こえました。

 かと思えば、おっとりとした声が、唐突に低くなります。




「まさかとは思うけど……他人に言えないこと、ではないわよね?」



 例えば、ドラモンズ国の法律に引っ掛かるような。

 犯罪行為に当たるような。

 軍人としてやってはいけないような。



「そんな何かが隠されている……なんてことは、ないわよね、レオンさん?」




 空気も、俄かに険しさを増しました。

 それに伴い、レオン班長のお顔の厳つさも、きつくなっていきます。



 い、いけません。わたくしが原因で、レオン班長があらぬ疑いを掛けられています。まぁ正しくは、レオン班長がわたくしをアロハシャツの中へ隠し、且つ黙っていることが原因なのですが、今は置いておきましょう。

 兎に角、このままでは大変なことが起こるかもしれません。下手すれば、戦いが勃発しそうな雰囲気が漂っていますもの。すぐに疑いを晴らさなければ。



 わたくしは、急いでレオン班長の体をよじ登ります。シャツ越しに、レオン班長の手がわたくしを押さえようとしますが、気にせず突き進みました。



「え、ちょ、レオンさん? あなたのお腹、凄い勢いで蠢いているわよ。本当に何を入れているの? まさか、この島に住んでいた動物かなにかじゃないでしょうね? 駄目よ、レオンさん。気持ちは分かるけど、連れて帰れないからね。元の場所に返していらっしゃい」

『い、いえ、違いますよオリーヴさん。わたくし、こちらの島には住んでおりません。レオン班長のペットです』



 なので、置いていかないで下さい、という気持ちを込めて、アロハシャツの首元から、お顔をひょっこりと出しました。オリーヴさんがいる方向を、見やります。




「まぁ……っ」



 すると、目の前の女性は、長いまつ毛で縁取られた瞳を、大きく見開きました。

 わたくしも、目を丸くします。




 オリーヴさんらしき女性は、とても穏やかそうなお顔立ちをされていました。目尻が少し垂れていて、頬はふっくらとしています。食べるのが大好きな良家のお嬢さん、といった印象です。

 背が低めだからか、孔雀さんのマークが入った軍服が、若干大きく見えると申しますか、成長を見越してワンサイズ上の制服を買った男子学生が如き着こなしとなっていました。



 なによりわたくしの目を引いたのは、その髪型です。




『縦ロールです……』




 くるんくるんと巻いた髪を、赤いリボンでハーフアップにしています。

 わたくし、シロクマですので、髪型に造詣は深くないのですが、それでも、時間と手間を掛けているということはよく分かりました。中々お目に掛かれないヘアースタイルに、ついつい見入ってしまいます。



 オリーヴさんも、わたくしをまじまじと見つめました。



 その瞳は、非常に輝いています。



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