23‐2.救援の到着です



『あ、あの、レオン班長。お手数ですが、あの、あちらを、見ては頂けませんか?』

「……どうした、シロ」

『あちらの、孔雀さんの上にいるのは、一体何だと思いますか? わたくしの目には、どう頑張っても、人間にしか見えないのですが……』



 ギアーと前足で孔雀さんの方を差せば、レオン班長は、不思議そうに振り返ります。



「…………あぁ?」



 毛のない眉を寄せて、一際鮮やかな羽色の孔雀さんと、その上に跨る人らしきものを、じーっと見つめました。



 かと思えば、何故かお顔を顰めます。お陰で強面に拍車が掛かり、まるでメンチを切るマフィアの如き迫力を醸しました。

 更には舌打ちまで零して、レオン班長は、カフス型通信機へ手を伸ばします。




『……なんですか。あなたのつまらない一発芸に付き合っている程暇ではないのですが』



 至極面倒臭そうなパトリシア副班長の声が、聞こえてきました。そもそも一発芸をやらせたのはご自分だというのに、とんだ濡れ衣をレオン班長に着せています。



 レオン班長は眉間の皺を深め、ライオンさんの尻尾を不満げに振りました。しかし、文句の一つも言わず、ただ深い溜め息を吐くと、一言、ぽつりと呟きます。




「……救援がきた」




 途端、通信機の奥から、何かをひっくり返したような激しい音が飛び出してきました。次いで、何かが落ちたり、ぶつかったりと、騒々しい音が続きます。



『え、あ、あの、パトリシア副班長? 大丈夫ですか? 何が起こったのですか? パトリシア副班長? おーい』



 思わず声を掛けてしまいましたが、パトリシア副班長からの返事はありません。

 代わりに、ガサッ、ガサガサッ、とまた違う物音が返ってきました。




『っ、そ、それは、本当ですか? 見間違いの可能性は、ありませんか?』



 数拍の間を置いてから、ようやくパトリシア副班長の声が流れてきます。普段の圧が強めな淡々とした口調が、俄かに乱れていました。



「間違いない。航空保安部の孔雀を、目視で確認した。背中には、隊員も乗ってる」

『SОSは出したのですかっ?』

「……まだだ」

『何をしているのですかっ! 早く出して下さいっ!』



 そう言うや、パトリシア副班長は通信を切りました。

 一拍置いて、全体放送が流れます。




『総員に連絡。現在こちらの島に、航空保安部の隊員と軍用孔雀が接近しているとの報告がありました。各自、直ちにSОSを出して下さい。全力で』




 全力のSОSとは、一体どのようにすればよろしいのでしょうか。




『手を抜いた方には、救出された後に重い罰を与えます。私が本気で考えた罰です。受けたくなければ、全身全霊を掛けて島まで呼び寄せて下さい。よろしくお願いします』




 そしてパトリシア副班長が本気で考えた罰とは、一体どのようなものなのでしょうか。

 全貌は全く分かりませんが、恐ろしいことは確かです。



 他の班員さん達も、わたくしと同じように思ったのでしょう。島の各所から、雄たけびや狼煙、爆発音など、航空保安部の方に気付いて貰えるよう、全力で頑張っている音が上がります。




『レオン班長。わたくし達も、何かやりますか?』



 レオン班長は、毛のない眉を寄せて、浜辺に佇んでいます。億劫そうにライオンさんの耳を振っては、わたくしの頭や背中を撫でました。非常に気が進まなそうです。しかし、ここで何もしないというのも、後々大変なことになりそうな予感がします。具体的には、パトリシア副班長考案の本気の罰が火を吹きます。



 一体どのような罰なのか、興味はありますが、体験したいかと聞かれたら間髪入れずに否定するでしょう。パトリシア副班長は、子シロクマにも容赦がありませんからね。泣きを見ること請け合いなので、一応はSOSを出す姿勢だけでも見せておいた方がよろしいかと思います。



 そういうわけで、わたくしはレオン班長に抱えられながら、大きく息を吸い込みました。



『航空保安部さぁーんっ! あなた方がお探しの特別遊撃班は、こちらですよぉーっ! お迎えありがとうございまぁーすっ! 班員一同、心待ちにしていましたよぉーっ!』



 ギアァァァァァーッ! とわたくしの声が、浜辺に響き渡ります。



 すると、その呼び掛けに反応するかのように、孔雀さんがこちらを向きました。クワァー、クワァー、と鳴き声も聞こえます。

 長い飾り羽を靡かせつつ旋回すると、無人島目掛けて力強く翼をはためかせました。




『どうやら気付いてくれたみたいですよ。良かったですね、レオン班長』



 しかし、レオン班長はあまり嬉しそうではありませんでした。毛のない眉へ力を籠めたまま、カフス型通信機へ指を伸ばします。



『はい、こちらパトリシア。SOSは届きましたか?』

「……あぁ。今、こっちに向かってる」

『了解です。報告ありがとうございます』



 プツン、と通信が切れ、すぐさま全体放送が流れました。



『総員に連絡。救援が無事こちらへ向かっているようです。到着次第、すぐさま島を脱出する予定ですので、各自速やかに荷物を纏めて下さい。一秒でも遅れたら置いていきます。分かりましたね』



 では、よろしくお願いします、と締め括り、全体放送は終わります。

 ほぼ同時に、島に散らばっていた班員さん達が、続々と戻ってきました。手には、遊ぶ際に使っていたビーチボールや釣り竿、島で拾ったであろう貝殻、花、葉っぱ、果実などが携えられています。浜辺に設置していたパラソルやビーチチェアも、解体し始めました。



 その様子に、あぁ、この無人島生活も終わりを迎えるのだな、と実感します。遭難した時はどうしようかと思いましが、なんだかんだで楽しかったですからね。少々寂しいような、残念なような思いが胸を過ぎります。



 そうやって感慨深く皆さんを眺めていますと。




『あら?』




 不意に、わたくしの視界が塞がれました。



 いえ。

 正確には、肌色が広がる狭い空間に、放り込まれます。



 一体どうしたというのでしょう? わけが分からず、わたくしは声を上げながらあたふたともがきました。




「……落ち着け、シロ」



 徐に、ぽんぽんと背中を叩かれます。次いで宥めるように撫でられる感触に、おや、と目を瞬かせました。



『レオン班長?』



 振り返ってみると、トロピカルな柄の布越しに、レオン班長らしき声と手の温もりを感じます。なんなら、肌色部分からも、馴染みのある匂いが伝わってきました。見覚えのある胸筋も、視界に入ります。



 こちらはもしや、レオン班長が着ているアロハシャツの中、でしょうか?

 わたくしは、強制的にアロハシャツの中へ入れられたと、そういうわけですか?




『……何故、アロハシャツの中へ?』



 これまでも何度かお邪魔していますが、基本はわたくしの意思で潜り込んでいました。レオン班長の手によって、ということはなかったのですが。




「……いいか、シロ」



 レオン班長は、わたくしをアロハシャツ越しに抱えます。



「俺がいいと言うまで、静かにしてるんだぞ。分かったな」



 どこか厳しい口調で、レオン班長は言いました。雰囲気も、心なしか固いです。何故でしょう? これから一体、何が起こるというのでしょうか。



 レオン班長のただならぬ様子に、わたくしの体も緊張してきました。よく分からない状況ですが、取り敢えず飼い主の言う通りにしておきましょう。




 そうして身を小さくしつつ、アロハシャツの中で待つこと、数分。




 どこからともなく、翼のはばたく音が聞こえてきました。



 クワァー、クワァー、という鳴き声も、近付いてきます。恐らく、航空保安部の隊員さんを乗せた孔雀さんが、到着したのでしょう。



 砂浜へ着地したであろう音が小さく上がり、次いで、同じ方向から声が聞こえてきます。




「ご機嫌よう、特別遊撃班の皆さん。航空保安部第三番隊です。皆さんの救援に参上しました」




 女性の声です。おっとりとした口調で、わたくし達へと語り掛けました。



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