23‐4.ご対面です
「なんて可愛いのかしら……っ。犬? それとも熊? どっち、レオンさん?」
「……シロクマだ」
「まぁ、シロクマッ。珍しいわねぇ。見た限り、まだ子供なのね。白い毛がふわふわして、お目目も真ん丸で、あぁ、本当に可愛らしいわ……所で、レオンさん? この子とは、一体どこで出会ったの? もしかしてこの島? 野生の子を拾ったの? だとしたら、色々とお話をさせて貰わないといけないけど」
「違う。遭難する前から飼ってた奴だ。軍用カバのリーダーが拾ってきた動物達と同じ扱いで、海上保安部にもちゃんと登録されてる」
「あら、そう。なら良かった。危うくあなたと戦う覚悟を決める所だったわ」
朗らかに笑うオリーヴさんに、レオン班長は苦々しいお顔をされます。眉間の皺も、依然深いままです。
「そのシロクマちゃん、お名前は何と言うの?」
「……シロ」
「シロちゃんと言うのね。男の子? それとも女の子?」
「女」
「そう、シロちゃんは女の子なの」
うっとりと溜め息を零すと、オリーヴさんは、アロハシャツからお顔を覗かせるわたくしに、微笑み掛けてくれました。
「はじめまして、シロちゃん。私はオリーヴです。航空保安部に所属している隊員で、ここにいるレオンさんの同期よ。よろしくね」
『ご丁寧にありがとうございます。わたくしは、シロクマのシロと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します』
「まぁまぁ、挨拶をしてくれるの? ありがとう、シロちゃん。優しい子なのねぇ」
うふふと喉を鳴らし、オリーヴさんはわたくしの眉間の辺りを、指で軽く擽ります。心地良い力加減と穏やかな手付きに、わたくし、思わず目を細めてしまいました。
「はぁ、本当に見れば見る程可愛いわぁ。ねぇ、シロちゃん。もし良かったら、レオンさんの服の中から出てきてくれないかしら? 可愛らしいお顔だけじゃなく、全身も見てみたいの。ね、お願い」
そう言ってオリーヴさんは、両手をこちらへ差し出します。
さて、どうしましょう。わたくしは、アロハシャツに入ったまま、考えます。
と、申しますのも。そもそもわたくしは、自分の意思でこちらに潜っているわけではありません。
レオン班長の希望に沿えた結果です。
レオン班長が、何の理由もなくこのような行動をするとは思えません。加えて、少し前の発言から察するに、どうもレオン班長は、オリーヴさんとわたくしを会わせたくなかったようなのです。どういった理由か定かではありませんが、そう易々と出ていくのも憚られます。うーん、困りました。
『どうしたらよろしいでしょうか、レオン班長』
わたくしは、レオン班長を仰ぎ見ます。
レオン班長は、眉間へ皺をきつく寄せつつ、唇を曲げていました。非常に不満げなお顔です。ですが何も言わない辺り、どうしても止めたいわけでもないようです。
『ふむ……ならば、いっそ相対してみましょうか』
分からぬならば、あえて飛び込んでみるのもまた一興です。仮に何かあったとしても、傍にはレオン班長がいらっしゃいます。特別遊撃班の班員さん達だっているのです。怖いことなどありません。
それにオリーヴさんは、見た限りわたくしに好意的です。先程撫でて下さった手付きも、至極優しいものでした。酷い扱いは受けないでしょう。
そう判断したわたくしは、アロハシャツの中から這い出ました。オリーヴさんの腕へ、よっこいしょと移ります。
オリーヴさんは、わたくしの予想通り、とても丁寧に抱っこして下さいました。表情筋を緩ませながら、わたくしの毛を梳いていきます。
「はぁー、やっぱり可愛いわねぇシロちゃん。ころんとしていて本当可愛い。白い毛ももふもふで、とっても可愛いわ」
『ありがとうございます、オリーヴさん。ですがわたくし、本来ならばもっと手触りの良い毛並みなのですよ。今は茶色いですが、シャンプーで丁寧に洗えば、真っ白な一流のもふもふとなります。是非そちらも知って頂きたいです』
「この絶妙な重みも可愛いし、心地いい温かさも可愛い。腕にすっぽり入る小ささまで可愛くて困っちゃうわ。何かしら。シロちゃんは、可愛い成分で出来ているのかしら」
先程から絶賛の嵐です。正しくは、可愛いの嵐ですね。
オリーヴさんは、動物がお好きなのでしょうか? それとも、可愛いが口癖なのでしょうか? よく分かりませんが、兎に角可愛い可愛いと褒めては撫でられました。正直、悪い気はしません。自ずと尻尾も揺れてしまいます。
「はぁぁー、ぴこぴこ揺れる尻尾も可愛い。私の腕に当たって幸せ。可愛い」
深く息を吐いて、オリーヴさんはわたくしの尻尾を指で突きます。申し訳ありません。図らずともアタックをかましてしまって。ですが、わざとではありませんので、どうか許して頂けるとありがたいです。
そんな気持ちを込めてギアーと見上げれば、オリーヴさんは、ふっくらとした頬をほんのり紅潮させました。縦ロールになった髪も靡かせ、わたくしの前足を優しく掴みます。
「この太く短いあんよも、とっても可愛いわぁ。肉球もぷにぷにで、ずーっと触っていられる程に可愛い。あぁ、可愛い。本当に可愛い。頬ずりしたら、きっと気持ちいいんでしょうねぇ。ちょっとやってもいいかしら、シロちゃん? ちょっとだけ。ね、お願い」
わたくしの肉球を揉みつつ、オリーヴさんが窺いの眼差しを送ってきます。
それ位ならばよろしいですよ、という気持ちを込めて、ふっくらとした頬へそっと肉球を当てました。
途端、オリーヴさんの表情が、崩れます。
「あぁ……気持ちいい……っ」
目を瞑ったかと思えば、わたくしの前足を掴み、ご自分のお顔へと押し付け始めました。時折匂いを嗅ぎ、絶妙に艶めかしい声を零します。
若干居心地が悪いと申しますか、居た堪れない気持ちが、わたくしの胸に込み上げました。思わずレオン班長を振り返れば、レオン班長も、毛のない眉を寄せて、眉間に皺を刻んでいます。
ですが、いつもと少々様子が違いました。
マフィアの如き強面なのに変わりはないのですが、どこか形容し難い苦々しさを帯びています。
「はぁぁぁー、天国はここにあったのねぇ……一生このまま過ごせるわぁ……一生このまま過ごしましょう……」
『えっと……オ、オリーヴさん? このまま一生を過ごされるのは、ちょっと困ります。わたくしにも、予定というものがございますので』
それに、所属する部署が違いますから、ずっと一緒にいるわけにもいきません。
わたくしは、あくまでレオン班長のペットです。つまり、海上保安部の所属です。航空保安部のオリーヴさんとは、一生を過ごすどころか、共に過ごす時間も左程取れないかと。
しかし、オリーヴさんはわたくしの意見も気にせず、官能的な吐息を零しては、肉球を堪能しております。さり気なく前足を引こうとするも、しっかりと押さえられてしまい、びくともしません。一体どうしたら良いのでしょう。
「はぁぁぁぁー、幸せぇ。とってもいい肉球だわぁ。可愛くも柔らかく、すべすべな良い匂いで……もっと強く感じたい、この可愛さ。もっと全身で味わいたい、この可愛さ」
ぶつぶつ独り言を零すと、オリーヴさんは、徐にわたくしへ視線を流しました。
「ねぇ、シロちゃん」
『な、何でしょうか、オリーヴさん』
「ちょっとお願いがあるんだけど」
オリーヴさんは、緩やかに目を細めました。及び腰なわたくしを見つめながら、頬の赤みを強めると。
「この可愛いあんよで、私の顔面を踏んでくれないかしら?」
そんなとち狂ったことを言い出しました。
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