22‐11.真夜中の訪問者




     ◆   ◆   ◆




「しっつれーしまーす」



 リッキーは声を潜めつつ、レオンの自室の扉を開けた。

 持っていたランプを掲げて中を覗けば、真っ暗な室内で、ベッド端に座るレオンの姿を見つける。



「あ、はんちょ起きてるんじゃん。だったら返事してよぉ。いくらノックしても反応がないから、てっきり寝てるのかと思ったじゃーん」



 お陰で部屋に入るかどうか、いい時間悩んだんですけどー、とリッキーは唇を尖らせる。だが、元を正せば自分のせいでもあるので、怒っているというわけでもない。




 というのも、今回の停電は、リッキーが原因だった。




 正確には、片付け忘れた工具が強風に吹き飛ばされた結果、運悪くソーラーパネル装置にぶつかり、蓄電及び供給を司るシステム部分が、動かなくなってしまったのだ。修理自体は難しくないが、いかんせん今は夜。作業をするには向かない時間帯だし、未だ風も強い。直した所で、また同じトラブルが起こらない保障はない。



 そこでリッキーは、詫びの気持ちを込めて、状況説明のついでに班員達へ明かりを届けてやろうと考えた。人数分のランプを荷台に乗せ、取り敢えず一番近いレオンの部屋へ向かうべく、自分用のランプに火を灯した。



 この時、荷台へ乗せているランプにもうっかり火を点けてしまい、リッキーは


「あー」


 と顔を顰めた。

 火が付いた大量のランプを荷台で運ぶなど、危ない且つやりづらい。かと言って、全ての火を消すのもまた面倒臭い。なので仕方なく、ランプが倒れないよう、ズズ……ズズ……と慎重に荷台を引きずって廊下を歩いた。いつもの二倍は時間を掛けて、レオンの部屋を目指す。




 ようやく部屋の前に到着すると、リッキーは扉をノックした。レオンが寝ている可能性も考え、声は掛けず、控えめに。

 すると、シロの鳴き声が小さく聞こえてきた。ということは、レオンも恐らく起きているのだろう。そう判断したリッキーは、二度、三度とノックを繰り返す。

 しかし、一向にレオンからの返事はない。



 もしかして、寝ているのか? または、起きているけれど、面倒臭くて反応していないだけなのだろうか。判断し兼ねる状況に、リッキーは眉を寄せた。念の為、再度扉を叩いてみるも、やはり応答はない。



 さて、どうするか。リッキーは、扉に片手をつき、一つ唸る。

 ランプがいらないのであれば、それで構わない。だが、いらないならいらないで、せめて一言言って欲しい。そういう所気が利かないんだよなぁ、と内心呟きつつ、溜め息を吐いた。

 それでも、万が一困っているならば、どうにかしてやらないといけないだろう。リッキーは、扉を指で軽く引っかきながら、考えを巡らせた。




「……んー?」




 不意に、シロの鳴き声が、リッキーの耳を掠める。



 心なしか、焦っているような、怯えているような声色だった。それも、何度となく上げている。

 もしや、レオンの身に何かあったのか? だからレオンからの反応がないのだろうか? 頭を過ぎった考えに、リッキーは、すぐさま扉のノブを掴んだ。手首を捻り、そっと開く。



 そうして


「しっつれーしまーす」


 と部屋に入ったわけだが。いざ見てみれば、レオンは毛布を体に巻き付けて座っているだけだし、シロの鳴き声もいつの間にかなくなっていた。

 取り越し苦労だったか。リッキーは、呆れ半分、安堵半分に息を吐き出す。




 すると、レオンの腹の辺りが、唐突に蠢いた。



 かと思えば、毛布の隙間から、白い物体が転がり出てくる。



 一体何だ? と手に持ったランプで照らしてみれば。




「え、シロちゃん?」




 シロが、ベッドの上に横たわっていた。



 最初は、寝ているのかと思った。




 けれどよく見れば、白目を剥いてぐったりとしているではないか。




「うっそっ!?」



 リッキーは目を見開くや、慌てて耳に付けたカフス型通信機を触る。

 コール音がしばらく続き、ふと、途切れた。次いで、カツカツ、と物を爪で叩くような音が、通信機越しに聞こえてくる。



「あっ、アルノンッ? リッキーですっ。あのさ、今すぐはんちょの部屋にこれるっ? シロちゃんがね、また白目を剥いて倒れちゃったんだっ」



 途端、通信機の奥から上がる物音が大きくなった。どうやら、診察に必要な器具を纏めているらしい。



「ねぇアルノン。なんかやっておいた方がいいこととかある? 呼吸とか心臓の動きとか、確認した方がいい?」



 カツカツ、とやや早いテンポで叩かれる音が、耳元で上がった。

 リッキーは、すぐさまシロの体へ手を当て、自発呼吸をしているか、心臓は問題なく動いているか、調べる。



「もしもし、アルノン? 俺が見た限りでは、呼吸も心臓も普通に動いてるし、止まる気配もないかな。でも念の為、アルノンが到着するまでは注意して見てるね。通信も、このまま繋いでおいた方がいいかな?」



 もう一度、カツカツ、と叩かれた。ほぼ同時に、通信機から扉の開く音が聞こえる。自室を出たようだ。ならばもう一分もしない内に、アルジャーノンはレオンの部屋までやってくるだろう。



 ほっと息を吐き、リッキーはシロを見やる。相変わらず白目を剥いたままぐったりとしていた。

 一応、気道確保をしておこうか。そう考えたリッキーは、シロの体を横向きにして、舌を引っ張り出した。すると、先程よりも大きくシロの胸が上下し始める。心臓も変わらず脈打っているし、ひとまずは大丈夫だろう。




 しかし、一体何故シロは気絶しているのか。リッキーは眉を顰めて、小さく唸った。



 アルジャーノン曰く、考えられる原因としては、ストレスや睡眠不足、ホルモンバランスの崩れ、病気、身体的な障害などがあるとのことだ。

 だが、毎日元気に遊び回っているのだから、ストレスが溜まっているわけではないだろうし、昼寝もしているから睡眠不足も考えられない。ホルモンバランスの崩れだって、思春期の子供や妊婦でもなければ早々起こらない、とアルジャーノンが言っていた。シロはミルクも卒業しない子供で、ホルモンバランスが崩れる程急激な成長もしていない。よって除外していいだろう。



 となると、後は何かしらの病気、もしくは身体的な障害である可能性が残るが、これに関しては、専門の病院などできちんと調べてみなければ分からないので、現段階では判断出来ない。一応、過去にアルジャーノンが診察した限りでは、それらしい兆候はなかったので、可能性としては低いらしいが。それでも、全くのゼロというわけでもない。



 なんともないといいんだけど、とリッキーは、祈る気持ちでシロを見つめた。




「……ん? あれ?」




 ふと頭を過ぎった疑問に、リッキーは宙を見やる。




 そういえば、さっきから妙にはんちょが静かだな。

 内心呟き、小首を傾げた。




 これは、明らかに可笑しい。なんせ、シロが突然気を失ったのだ。それも、本日二回目だというのに、何故こうも大人しいのか。数時間前にキャンプファイヤーをしていた時など、アルジャーノンに退場を命じられる程取り乱していたというのに。



 リッキーは、ベッドの隅に座るレオンを、振り返った。



「ねぇ、はんちょ。なんか随分落ち着いてるけど、どうし……」




 瞬間、目を見開いて固まる。




 レオンは、毛布を体に巻き付けたまま、俯いていた。




 全身を、ぐったりと脱力させながら。




 しかも、シロと同じく、白目も剥いている。






「………………うっそぉっ!?」






 えっ、なんでっ!? とリッキーが叫んだのと、駆け付けたアルジャーノンが部屋の扉を開けたのは、ほぼ同時だった。



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