22‐8.寝かし付けます
『あらぁっ。まぁまぁっ、そうなのですかぁっ。んもぅ、それならそうと早く言って下さいよ、レオン班長っ。レオン班長が幽霊を怖がっていると知っていたら、わたくしももっと励ましましたのにぃ』
わたくしは、ギアギアと語り掛けながら、起き上がりました。レオン班長のお胸から、お顔の横へと移動します。
『そうと分かれば、レオン班長。本日は、わたくしが寝かし付けて差し上げますよ。遠慮なんかいりません。いつもわたくしに腹筋布団と胸筋枕を貸して下さっているのです。たまにはお返しをさせて下さい』
わたくしは、レオン班長のお顔を抱き締め、自慢の白い毛で包み込みました。
『ほら、どうですか? 一流のもふもふが当たって、気持ち良いでしょう? 怯えた心も和らいでいきますよ。さぁ、わたくしに身を任せて下さい。大丈夫です。幽霊なんていませんからねー。ランプを持った上官が、部屋にやってくることなどありませんよー。心配しなくとも良いですからねー』
ぽんぽんと前足で叩いては、己の体をレオン班長に擦り付けます。これまで培ってきたあやしスキルを、今こそ見せ付ける時です。
『さぁさぁ、寝てしまいましょうねー、レオン班長。怖いことなど、なーんもありませんよー。目を瞑ってじっとしていれば、すぐに朝がきますからねー。わたくしを抱き締めてもよろしいですよー。温もりともふもふで、あっという間に夢の中へ行けますからねー』
赤ん坊に接するが如き優しさを声と仕草に乗せて、わたくしはレオン班長に微笑み掛けます。なんでしたら、子守歌も歌って差し上げましょうか? わたくし、お風呂の度に歌っておりますから、喉にはそれなりの自信がありますよ。いかがですか? という気持ちを込めて、レオン班長のお顔を覗き込みます。
レオン班長は、不思議そうに目を瞬かせていました。ライオンさんの耳も一つ振って、わたくしを見つめます。
かと思えば、つと、目元へ弧を描きました。
「……なんだ、シロ。甘えたいのか?」
そう言って、わたくしの頭を撫でます。まるで、仕方ないなぁと言わんばかりの態度です。実際は、怯えるレオン班長をわたくしが慰めて差し上げているのですけれどね。しかし、わたくしは空気を読んで、何も言いません。飼い主の矜持を傷付けることなく、レオン班長の手を受け止めます。
レオン班長は、わたくしと戯れることで、大分落ち着かれたようです。強張っていた表情も和らぎ、耳と尻尾もゆったりと揺れています。
この調子でいけば、レオン班長も無事眠りにつけることでしょう。そうして、明日も元気に過ごされるのです。その為にも、わたくし、まだまだ頑張りますよ。そんな決意を胸に、わたくしはあやす前足を、一層優しく動かしていきます。
すると突如、何かが弾けるような、大きな音が上がりました。
直後、部屋の明かりが、一気に消えます。
『ひ……っ』
前触れもなく辺りが真っ暗となり、わたくしは、思わずレオン班長のお顔にしがみ付きました。身を固くし、耳をぴんと立ち上げます。
わたくしの視界の端に移るライオンさんの耳も、ぴーんと起立していました。
わたくしとレオン班長は、無言で耳を澄ませます。見開いた目でも、辺りを窺いました。
停電以外の変化は、これと言って見当たりません。ですが、それならば何故いきなり明かりが消えてしまったのでしょう? レオン班長も驚いていることから、少なくとも、わたくし達が何かをしたわけではないと思うのですが。
しばし固まっていますと、徐に、レオン班長が動きました。お顔にへばり付いているわたくしを胸へ抱え直すや、音もなく上半身を起こします。それからそそくさとベッドの端に移動し、そのまま部屋の扉をじっと見つめました。
『レ、レオン班長。何故、扉を見ているのですか? ま、まさか、とは、思いますが……ランプ上官が、やってくるとでも……?』
そ、そそそ、そんなわけ、ございませんよね? ね、レオン班長? もう、嫌ですねぇ、とわたくしは、おほほと笑い声を上げます。
けれど、レオン班長からの反応は、ありません。
ただただ、部屋の扉から目を離しません。
ライオンさんの耳も、扉の方向へ傾けられています。
その耳の先端が、ゆーっくりと、下がっていきました。伏せるか伏せないかの瀬戸際で、ぴるぴる震えています。手は、頻りにわたくしの毛を撫で擦りました。
まるで、己の中で膨らむ恐怖を、宥めるかのように。
『……う、嘘、ですよね? え、嘘だと言って下さいレオン班長。飼い主がそのような態度を取っては、ペットは不安になるのですからね? わたくしを怖がらせるのは、や、止めて下さいよっ。もうっ、聞いていますかレオン班長っ? ねぇっ、ちょっとっ!』
しかし、レオン班長は何もおっしゃいません。代わりに、静かにしろ、とばかりにわたくしのお口を押さえました。更には、毛布で覆い隠してしまいます。もごもごと抗議するわたくしを毛布の上から抱き締め、己の胸筋に押し付けました。
普段のわたくしならば、ここまでされたら、仕方のない飼い主だと諦めていたでしょう。
ですが、今は違います。
安眠と、明日のコンディションを整える為にも、レオン班長が頑なに信じている幽霊を、何としても否定させてみせます。絶対にです。
わたくしは、ギアーギアーと懸命に訴え掛けました。毛布からも抜け出そうと、全身を使って抵抗します。
ですが、レオン班長も伊達に班長をやってはいません。わたくしが動く度に素早く押さえては、先回りして道を塞ぎます。一向に抜け出せません。
『くっ、手強いです……っ』
ふぬぬぬと歯を噛み締め、それでも諦めずに、レオン班長の手から逃れようともがきます。
と、不意に、どこからともなく、物音が聞こえてきました。
わたくしもレオン班長も、思わず動きを止めます。
そうして、耳を澄ませました。
廊下から、何かが擦れるような音が、してきます。
ズズ……ズズ……という聞き慣れない音は、少しずつ少しずつ、大きく、近くなってきました。
ふと、わたくしの頭に、無機質な声が蘇ります。
“――……ズ……ズズ……何かが擦れ合うような音だった”
“――こんな夜更けに、隊員達の寝静まる部屋の前で、一体何を?”
“――その時、兄の頭に、ふと先輩の話がよぎった”
“――ランプ上官、という言葉も、その時何故か思い出したらしい”
『…………まさか……』
思わず呟いてしまった言葉を、すぐさま自嘲でかき消します。
『な、なにがランプ上官ですか。そのようなもの、ただの子供騙しです。そうに決まっています』
けれど、わたくしの胸に引っ掛かる不快感は、拭えません。
不可解な音も、未だ聞こえてきます。
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