22‐4.名探偵です



 そうして、リッキーさんの話を皮切りに、他の班員さん達も、己の体験談や人から聞いた怪談などを語っていきます。時に背筋がぞくりとするものもあれば、あっと驚くようなものや、笑いが零れてしまうものなど、多種多様なお話が聞けて、中々楽しかったです。



 個人的に一番印象に残ったのは、レオン班長のお話でしょうか。




「……この前、夢の中に、ハダカデバネズミみたいに禿げたシロが出てきた」




 なんて恐ろしい夢なのでしょう。

 わたくしが、ハダカデバネズミさんのような姿となるだなんて。



 いえ、決してハダカデバネズミさんが駄目だというわけではありません。ですが、わたくしの自慢にして最大のチャームポイントである白い毛がなくなってしまうということは、わたくしの存在意義を失うも同然なのです。なんせ、この一流のもふもふで、レオン班長の心を射止めたのですから。

 無毛で肌が剥き出しとなってしまっては、わたくしは一体どうすれば良いのでしょう。最早シロクマではなくなってしまいます。今度から、ハダカデバコグマとでも名乗らなければならないのでしょうか。そんなの嫌です。




『レ、レオン班長。禿げたわたくしは、その後どうなったのですか? 最終的には、きちんと元に戻ったのですよね? 毛は生えてきたのですよね? ね?』



 ギアギアと夢の続きを頻りに促しましたが、レオン班長の口からは何も出てきません。ただただ、宥めるようにわたくしを撫でるのみです。

 お願いですから、最後は元通りになったと言って下さい。でなければわたくし、気になって気になって、本日の夜は眠れないかもしれません。



 しかし、わたくしの不安を余所に、怪談は続きます。

 皆さん、一通り発表し終えたのでしょうか。挙手する方も段々と減り、場の空気ものんびりとしてきました。




「他に怖い話があるって人、挙手ー。いなーい? 誰もー?」



 リッキーさんが、片手を挙げたまま、辺りを見回します。どなたかが発言する気配は、特にありません。



「んー、じゃあ、俺の方から指名しちゃおうかなー。皆、気付いてるか分からないけど、実はこの中に、まだ何も喋ってない奴がいるのですっ!」



 まるで、真犯人はこの中にいる、と見栄を切る名探偵が如く、リッキーさんは朗々と声を張り上げました。

 ノリの良い特別遊撃班の班員さん達は、すかさず驚きの声を上げてみせます。次いで、一体誰なのだと、犯人捜しを始めました。



 リッキーさんは、一同を落ち着かせるように両手を揺らします。それから一つ咳払いをし、姿勢を正しました。



「それでは、発表しましょう。この楽しいキャンプファイヤーで、怪談をまだ一つも喋ってない奴はぁ……」



 リッキーさんは、大仰に右腕を掲げました。人差し指を一本立て、辺りを睨め付けるように見渡します。そうして、勢い良く振り返りました。



「お前だぁぁぁーっ!」



 ビシィッ! と音が聞こえてきそうな程強く、人差し指を突き付けます。




 その先にいらっしゃったのは、アルジャーノンさんです。




 アルジャーノンさんは、はっと息を飲むと、あからさまに目を泳がせました。かと思えば、文字を綴ったスケッチブックを、リッキーさんへと見せます。



“い、一体、何の話だか、私には、さっぱり心当たりがないな。いい加減なことを言うは、や、止めたまえっ”



 いつもとは違い、文字がか細く、震えています。犯人の心情を如実に表しているかのようです。



 リッキーさんも、妙に渋い表情を作りました。アルジャーノンさんの前までやってくると、右へ左へ歩き始めます。



「いいえ、アルジャーノンさん。私は、いい加減なことを言ってるわけじゃあありません。あなたは、そこに座ってから今まで、確かに何も喋ってなかった。私は、自分の推理に確信を持ってます」

“そ、そこまで言うのならば、証拠はあるんだろうな? 私が何も喋っていないという、確固たる証拠がっ”

「勿論、ありますとも。私の目の前にね」



 リッキーさんは、生えてもいないヒゲを撫でる仕草をすると、口角を持ち上げました。



「アルジャーノンさん。あなたは、首に消音器を付けてますね? ということは、当然声は出せない筈です。なのに、何故喋れるんですか? いえ、違いますね。喋ってないと指摘された際、何故消音器のことを挙げなかったんでしょう?」



 ドキッ、とばかりに、アルジャーノンさんは肩を跳ねさせます。



“そ、それは、その、あ、あれだ。私は、普段スケッチブックを使って会話をするので、声を出すことを、喋るという行為だと、認識していないんだっ”

「ほほーう、成程。ならばあなたは、この場でスケッチブックを使って、怪談をしたと、そう言い張るおつもりですか?」

“そ、そうだっ。その通りだともっ”

「では、証拠として、そちらのスケッチブックを見せて下さい」

“ス、スケッチブックを、だと?”

「えぇ、そうです。怪談を喋ったとおっしゃるのならば、当然そちらのスケッチブックには、その時に書かれた怪談が、そっくりそのまま残ってる筈ですよね? 是非とも私に確認させて下さい。さぁ、早く」

“ぐ、うぅ……っ”



 苦々しげに顔を歪めるアルジャーノンさん。スケッチブックの文字からも、焦りをまじまじと感じます。



 と、不意に、アルジャーノンさんの肩から、力が抜けました。



“……そうさ、探偵さん。あなたの言う通りだ”

「では、やはり」

“あぁ……私は……私は……っ”



 かっと目を見開くと、まるで叫ぶかのように天を仰ぎます。




“一つも怪談を話していないんだよぉぉぉーっ!”




 ババーンッ! と効果音が聞こえてきそうな程に劇画チックな文字が、スケッチブックを彩ります。ご丁寧に、文字を強調する影や線がいっぱいです。




 アルジャーノンさん。

 あなた、思いの外ノリノリですね。




「……はいっ。じゃあそういうことで、次はアルノンお願いしまーす」



 あっさりと探偵ごっこを辞めたリッキーさんは、いつものようにアルジャーノンさんへ話を振ります。アルジャーノンさんも、溢れさせていた真犯人感を一気に失くし、極々普通にスケッチブックへ鉛筆を走らせました。



 ”だが、私も大した話は持っていないぞ? 皆を喜ばせられるとも思えないが”

「いいよいいよー。他の奴らだって大した話なんかしてなかったんだからさー。雰囲気がそれっぽければオッケーだって」



 おいおーい、大した話じゃないってなんだよー、と抗議の声が上がります。しかしリッキーさんは、平然としたお顔であしらい、アルジャーノンさんを促しました。



 アルジャーノンさんは、仕方ない、とばかりに息を吐くと、徐に懐から、名刺サイズの機械を取り出します。毎度お馴染み、入力した文字を読み上げてくれる機械ですね。

 アルジャーノンさんは、慣れた様子で機械へ指を滑らせていきます。




“――これは、海上保安部で元帥を務めている二番目の兄が、若かりし頃に体験した話だ”




 無機質な声が、淡々と流れ出てきました。



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