22‐1.キャンプファイヤーです



 日が落ちた浜辺に、真っ赤な火が灯ります。組まれた木の中で揺らぐ炎はとても大きく、わたくしどころか、小柄なリッキーさんをも飲み込んでしまいそうです。



 炎の周りでは、特別遊撃班の皆さんが、釣ったお魚や貝、甲殻類などを焼いています。香ばしい匂いを漂わせては、美味しそうに召し上がりました。陽気に歌ったり踊ったりもしています。



 中には、大はしゃぎで海に飛び込んでいく方々もいらっしゃいました。そうすると、浜辺からどっと笑い声が上がり、飛び込んだ方々も、笑いながら戻ってきてはグラスを掲げ、もう何度目になるか分からない乾杯をします。

 グラスをぶつけ合う音と、笑顔が、辺りに響きました。




『楽しそうですねぇ』



 そんな皆さんを、わたくしは、微笑ましく眺めさせて頂いております。




 リッキーさんの頭に乗り上げながら。




『リッキーさん、気持ち良いですか?』



 リッキーさんからのお返事はありません。ですが、恍惚とした表情から察するに、非常に満足されているようです。



 本日もリッキーさんは、お疲れなご様子でした。どうやら、日に日に激しさを増すパトリシア副班長からのせっつきと八つ当たりに、頭を悩ませているようです。疲労困憊とばかりにビーチチェアへうつ伏せる姿は、正に過労死寸前の会社員さんそのものでした。



 あまりのぐったりっぷりに、アルジャーノンさんも不憫に思ったのでしょう。お手製の湿布を、リッキーさんの体へ貼ってあげていました。それから、整体を施していきます。

 わたくしも、少しでもお力になれればと、いつもより心を込めてシロクマ式マッサージを行わせて頂きました。




 結果、骨のぼきぼき鳴る音と、盛大な喘ぎ声が、砂浜に轟き渡ります。



 どちらも凄い音量です。

 あまりのボリュームに、キャンプファイヤーを楽しまれていた班員さん達が、こちらを指差して笑っています。




『ふぅー』



 念入りに頭皮を解したわたくしは、一仕事終えた疲労感と充実感に、大きく息を吐き出しました。赤く染められた髪の上から降り、お顔を覗き込みます。

 リッキーさんは、大変満足そうな表情で、頬を赤らめていました。あふんあふんと吐き出される息が無駄に色っぽく、何とも言えぬ気持ちになってきます。



“ご苦労だったな、シロ。協力、感謝する”



 アルジャーノンさんは、そう書かれたスケッチブックを抱えつつ、わたくしを撫でました。先程までリッキーさんの骨を激しく鳴らせていたとは思えない程、極々優しい手付きです。



『アルジャーノンさんこそ、お疲れ様でした。医療だけでなく、整体まで出来るなんて凄いですね。わたくしもアルジャーノンさんを見習い、シロクマ式マッサージの質をもっと高められるよう、頑張りたいと思います』



 わたくしの宣言に、アルジャーノンさんは、楽しみにしているぞ、とばかりに目を細めました。わたくしもにっこりと微笑み返し、リッキーさんの頭の上から退きます。ビーチチェアからも


『よいしょ、よいしょ』


と降りて、レオン班長の元へ向かいました。




 レオン班長は、椅子代わりに置かれた流木へ腰を掛けています。ヤシの実に刺したストローを咥え、食後のココナッツジュースを楽しんでいたようです。



『レオン班長、ただいま戻りました』



 ギアーと見上げれば、レオン班長はわたくしを抱き上げてくれました。お膝へ下ろし、わたくしの頭や背中を優しく撫でて下さいます。その手付きがあまりに心地良くて、わたくしは思わずはふんと息を吐き、脱力しました。



 辺りを見回せば、班員の皆さんも食事を終えたらしく、音楽を奏でたり、お喋りに興じたりと、各々好きなように過ごされています。キャンプファイヤーの温かな火と揺らぎも相まって、のんびりというかまったりというか、どこか落ち着く空気が流れました。




「うぅー、あー、体が軽いよー。楽ー。ありがとうアルノーン」

“構わない。一番お前に負担を掛けているのだからな。これ位、どうってことない”



 つと、足音が近付いてきます。

 見れば、両腕を回すリッキーさんと、スケッチブックを携えたアルジャーノンさんがこちらへやってきました。レオン班長が座っている流木の両端に、腰を下ろします。



「なーんかこういうのいいよねー。学生時代に戻った感じっていうのかなぁ? ほら、修学旅行とかのレクリエーションでさ。キャンプファイヤー囲んで歌ったり踊ったりしなかった、アルノン?」

“歌ったり踊ったりはしなかったが、キャンプファイヤーを眺めながら、クラスメイトと語らったりはしたぞ”

「あー、あったあった。そこで恋バナとかしちゃってさー。誰と誰が両想いだとか、誰が誰を好きだとか、やったなー。うわー、懐かしいー」



 そうリッキーさんが言うと、周りの皆さんも、自分の所はこうだった、自分の学校はああだった、と思い出話を始めます。

 聞いている限り、やはり恋の話が多いようです。暗い中で、お友達とお顔を突き合わせながらひそひそとお話するのが、最高に楽しかったのだとか。



「そうだっ。ならさぁ、俺達も今から、恋バナしようぜ恋バナッ」



 リッキーさんが、唐突にそう提案しました。

 すると皆さん、歓声を上げるや、やろうやろうと笑顔を浮かべます。このノリの良さは、流石特別遊撃班と言った所でしょうか。



 リッキーさんは満足そうに頷くと、立ち上がって手を挙げます。




「じゃあ早速いきましょうかっ。さぁっ、この中で、我こそはという人、いたら挙手っ!」




 リッキーさんは、辺りを見回します。

 しかし、どなたも手を挙げません。

 もじもじと楽しそうに体を揺らしたり、お前いけよー、とばかりにお隣の方を肘で突いたり、含み笑いが止まらなかったりと、皆さん尻込みされています。



「おいおーい、何だよお前らー。勿体ぶらずに言えよー。ここにいるのは、全員シャイボーイ&ガールかー? 恥ずかしがってないで、戦闘の時みたいに特攻かませよー。ほらほらー」



 手を叩いて、リッキーさんが促します。

 それでも、皆さん様子を窺うばかりで、中々手を挙げません。

 戦闘時にはあれ程頼もしい方々ですが、可愛らしい所もあるようです。



「困ったなー。これ以上誰も動かないようなら、俺の方で勝手にご指名しちゃうよー? いいのー? こういうのは、自主的に言った方がいいんじゃなーい? 因みにこのまま誰も立候補しなかった場合、俺はまずアルノンを指名します」

“何故私なんだ”

「だって一番面白そうなんだもん。王族の恋愛事情なんて、中々聞ける話でもないしさー。トップバッターを務めて貰うには丁度いいかなーって」

“それを言うなら、まずは言い出しっぺであるリッキーからいくべきだろう。他人の身を削らせるのは、己の身を削ってからだと思うが”

「そう言われてもなー。俺、削るような身も話もないからなぁ」

“そんなことはないだろう。少なくとも、航空保安部所属のオリーヴとかいうレオンの同期は、お前に首ったけじゃないか”



 と、アルジャーノンさんが、スケッチブックを見せつつ口角を持ち上げると。




「は? 誰それ。首ったけとか意味分かんないんですけど」




 リッキーさんのお顔から、一瞬で表情が消え失せました。

 声も驚く程低くなり、アルジャーノンさんを睨んでいます。



 あまりの真顔っぷりに、わたくし、思わず耳と尻尾を立ち上げてしまいました。

 あのいつも笑顔なリッキーさんが、ここまで拒否反応を見せるだなんて。一体どなたなのでしょう、アルジャーノンさんがおっしゃる『リッキーさんに首ったけ』という方は。レオン班長の同期だそうですが。



『どうなのですか、レオン班長?』



 わたくしが見上げれば、レオン班長は無言で頭を撫でて下さいました。教えられないということでしょうか。それとも、今は静かにしていろ、ということなのでしょうか。どちらにせよ、お話は聞けなさそうです。少し残念ですね。




「――全く、しょうがないなぁー」




 不意に、リッキーさんが、これみよがしに溜め息を吐きました。



「お前らがこんなに奥手だとは思わなかったよ。仕方ないから、ここは一つ、奥の手を使わせて貰おうかなー」



 奥の手、ですか?



 はて、と小首を傾げるわたくし達に、リッキーさんはにんまりと笑ってみせます。




「じゃ、皆、目を瞑って顔を伏せろー」




 うぉっほん、と大仰に咳払いをして、リッキーさんは胸を張りました。



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