21‐4.混沌です
『それよりも、お前達。いい加減飯を食いにこい。折角クライドが腕によりを掛けて作ってくれたんだぞ? 冷めてしまっては勿体ないじゃないか』
『マティルダッ、お前は先に食ってろっ。俺も用事が済んだら、すぐに向かうからよっ』
『私も、通信し終わったらすぐ食べに行くからねっ。だからお母さんっ。お父さんを連れて、先に戻っててっ』
『あぁっ!? 何言ってんだラナッ。てめぇ、俺を売るつもりかこらっ!』
『別にそういうわけじゃありまっせーんっ! ただーっ、お母さんがーっ、少しでもお父さんと二人っきりになりたいかなーと思ってーっ、娘なりに気を遣ってあげただけですーっ!』
『おや、そうなのか。ありがとうラナ。ならばお言葉に甘えて、しばし夫婦だけの時間でも過ごすとしよう。なぁ、クライド』
と、マティルダお婆様が言うや、クライド隊長の悲鳴めいた叫び声が、通信機から飛び出してきました。
『ちょっ、マティルダてめぇっ! 放しやがれっ!』
『きゃーっ、お母さん恰好いいーっ! 力持ちーっ! そのままお父さんを連れてっちゃってーっ!』
『任せろ。さぁ、行くぞクライド。ラナがくるまで、私が手ずから夕飯を食べさせてやろう。特別に膝にも乗せてやるぞ? 最近は忙しくて、そういった時間も取れてなかったからな。嬉しいだろう?』
『何が嬉しいだろうだこの野郎っ! くっそっ、放せっ! 放せっつってんだろうがぁーっ!』
『ばいばーい、お父さーん。私のことは気にせず、お母さんと存分にいちゃいちゃしてねー』
ラナさんは、すこぶる楽しそうに声を弾ませています。
対するクライド隊長は、憎々しげに怒鳴りました。歯ぎしりまで聞こえてきます。恐らく、毛のない眉を寄せて、これでもかと眉間へ皺を刻んでいることでしょう。
『っ、そ、そうだマティルダッ! お前、レオンと話したいって言ってただろうっ! 今ラナは、レオンと通信してるんだっ! いい機会だから、ちょっと喋ってけっ! なっ!』
途端、通信機越しに、焦った雰囲気が漂ってきました。
『ちょっ、な、何言い出すのさお父さんっ!』
『ほぅ、レオンと通信しているのか。それは知らなかったな』
『ち、違うよお母さんっ! 私はお兄ちゃんとなんか、ぜーんぜん話してないんだからねっ!』
『ラナ、少し通信機を貸してくれ。丁度レオンと話がしたいと思っていた所なんだ』
『いやっ、だから、私はお兄ちゃんと通信なんて、あーっ! 止めてお母さんっ! 返してぇぇぇーっ!』
『もしもし、レオンか? マティルダだ。久しぶりだな。元気か?』
流石はマティルダお婆様。このような状況でも、普通にお話をし始めるだなんて。わたくし、脱帽してしまいます。
『おいっ、マティルダっ! 一回こっちに通信機寄越せっ! 俺にもレオンと話をさせろっ!』
『ちゃんと食べているか? 体調に変わりはないか?』
『駄目だよお母さんっ! お父さんに貸しちゃ絶対駄目だからねっ! っていうかそれ、私の通信機なんだから返してよぉっ! 私が後でお兄ちゃんに怒られるじゃぁんっ!』
『シロの様子はどうだ? 子供はちょっとしたことですぐに風邪を引いたりするからな。ちゃんと見ていないと駄目だぞ』
『おいレオンッ! てめぇ、いい加減俺からの通信に出やがれっ! いつまでもマティルダやラナを経由すんなっ! 伝達に時間が掛かって、それこそ面倒だろうがっ!』
『そうそう。私が前に教えた洗髪の極意は、きちんと守っているだろうな? あれをやるのとやらないのとでは、雲泥の差が出るからな』
『お母さぁぁぁーんっ! 通信機返してぇぇぇーっ! それと私を離してぇぇぇーっ! お父さんと纏めて小脇に抱えるなんて酷いじゃぁぁぁーんっ! 今すぐ止めてよぉぉぉーっ! ニンニク臭くてしょうがないよぉぉぉーっ!』
『嘘だと思うかもしれないが、砂は、本当に毛の間から無限に出てくるんだぞ』
『だぁぁっ! ラナッ、てめぇもいい加減にしろっ! 人のことを臭い臭いってっ! 誰のせいで臭くなってると思ってんだこらっ!』
『特に海水浴の後は、一番油断ならないんだ』
『だって臭いもんは臭いんだから仕方ないじゃんっ! 鼻どころか目にまでダメージ食らわせてくる臭いって一体なんなのさっ! どんだけニンニク使ったんだって話だよっ!』
『もう洗っても洗っても、体からじゃりじゃりした感覚が取れなくてな』
『だからっ、お前がこれでもかとニンニク入れろっつったから、俺はこれでもかと入れてやったんだろうがっ! 自分でリクエストした癖に、文句垂れてんじゃねぇっ!』
『私の父など、最終的には全身を母に掃除機で吸われていて』
騒々しさと混沌とした空気が、絶えず通信機から垂れ流れています。もう向こうがどうなっているのか、全く分かりません。声も入り混じりすぎて、皆さんが何を言っているのか、はっきりとは聞き取れませんでした。取り敢えず、大変なことになっているのだろうなぁ、ということを察せる程度です。
この状況を、レオン班長はどうされるおつもりなのでしょう。
わたくしは、そっとレオン班長を窺います。
レオン班長は、これでもかと眉間に皺を寄せていました。盛大な溜め息を吐き、ライオンさんの耳から、通信機を離します。
そして、何の躊躇もなく、通信を切りました。
次いで、ソファー脇のテーブルの上へ、通信機をぽいっと投げ捨てます。
「はぁ……」
レオン班長は、わたくしを抱え直しました。ソファーへ仰向けに寝転がり、お胸の上へわたくしを下ろします。
『お疲れ様です、レオン班長』
わたくしは、前足で逞しい胸筋を叩き、レオン班長を労わりました。
するとレオン班長は、ライオンさんの尻尾を振ります。そうしてわたくしの耳を、また無言で揉み始めるのでした。
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