21‐2.報告及び確認です
『三つ目の用件はねぇ、まぁ、一言で言えば、ごめんなさーいってことだね。ほら、この前私、お兄ちゃんの二台目の通信機の存在、うっかりお父さんにバラしちゃったじゃん? お陰でシグナル番号教える羽目になってさぁ。お父さんが毎日お兄ちゃんに連絡入れてる姿見て、あー、なんか、申し訳ないなーって思ってねぇ』
本当にな、と言わんばかりに、レオン班長は眉間の皺を深めました。
『いや、でもさ。こっちにも言い分はあるんだよ? そもそも私、お兄ちゃんが二台目のシグナル番号をお父さんに教えてないどころか、存在すら黙ってたなんて知らなかったんですけどっ。知らないものを隠せだなんて、そんなの無理に決まってるでしょっ? そうでしょっ』
まぁ、確かに、知らないものをどうにかしろだなんて、いくら兄弟と言えど出来るわけがありません。その辺りは、口裏をしっかりと合わせておかなかったレオン班長の落ち度と言わざるを得ないでしょう。
『大体、お母さんも番号知ってる時点で、いつかはお父さんにバレるって予想付くじゃん。あのお母さんが、隠し事なんて出来ると思う? 今まで私達が、どれだけ恥ずかしいエピソードをお母さんに暴露されてきたか、忘れちゃった?』
「……ちっ」
ライオンさんの尻尾が、ソファーの座面を苛立たしげに叩きます。足を組み、わたくしの耳を空いた手でまた揉み始めました。
『ま、そういうわけで、お父さんにバレるのも時間の問題だったと諦めて下さいよ。その代わり、三台目のシグナル番号は死守するから。お母さんにも言わないよ。大丈夫。安心して』
安心出来ねぇよ、とばかりに、レオン班長は盛大に溜め息を吐き出します。
『で、四つ目の用件なんだけど。お父さん曰く、海上保安部の第三番隊が、今日だか明日だかに、特別遊撃班の救出に出発するらしいよ。それから、航空保安部にも応援を要請したみたい。その内お兄ちゃん達がいる島の周りに現れるかもしれないから、見つけたらちゃんとSOS出してね。無視しちゃ駄目だよ』
「……航空保安部?」
『そう。まぁ、もしかしたら一部変更してるかもしれないけど、でも情報の出どころはお父さんだから、そこまで大きな差はないと思うよ。なんで、大体二週間位したら、海上保安部か航空保安部の救援が、そっちに到着するんじゃないかなぁ?』
ふん、と鼻を鳴らし、レオン班長はわたくしを撫でました。
『次はー、えーと、五つ目か』
「……まだあんのかよ」
『あるよー? もう盛り沢山よー。なんせどっかの誰かさんが、ぜーんぜん通信に出ないからさぁ。代わりに私が取り次いであげてるわけですよ。優しい妹がいて良かったね。もっと感謝してくれていいんだよ?』
レオン班長は、返事の代わりに舌打ちをします。
『はい、じゃあそういうことで、五つ目いきまーす。五つ目はね、わりとどうでもいいっていうか、全く重要じゃないから、気軽に聞いてねー』
空気を変えるように明るくラナさんがそう言うと、レオン班長は、耳を無言で揺らしました。
『お母さんがさ、シロちゃんのお風呂について、物凄い心配してるんだよねぇ。もしお兄ちゃんに連絡することがあれば、海水浴後にシロちゃんをしっかり洗ってるのか、確認しといて欲しいって言われたんだ。前にも一回お兄ちゃんに言ったらしいけど、その後通信が繋がらなくなっちゃったから、気になってたんだって。なんで、そこんとこどうなのよ?』
「……ちゃんとやってる」
『あ、そう? ならいいんだけど。でも念の為、お母さんの実家に代々受け継がれてる洗髪の極意をもう一回伝えて欲しいって言われてるから、もう一回伝えるね』
洗髪の極意とは、先日マティルダお婆様が、レオン班長におっしゃっていたものですね。
元々は、ライオンさんの獣人の男性に対するものだったようです。立派なたてがみのお手入れのこつを謳っているそうですが、現在は性別関係なく、清潔さを保つ為に教えられているのだとか。
『一つ。例え散歩をしただけだとしても、油断なく洗うべし。
二つ。これでいいか、と思ってからが本番と心得よ。
三つ。子を愛でるが如き指使いを、最後まで忘れるべからず。
これらを守らぬ者は、毛の隙間から無限に砂が落ちてくるものと覚悟せよ。また、家庭内の不和を生みたくなければ、必ず教えを守るべし……だって』
つまり。
少しでもお外へ出た日は、全身を必ずしっかりと洗いなさい。
しっかりと洗ったな、と思っても、大抵は足りないので、更に洗いなさい。
その際は強く擦らず、子供を可愛がる時のような手付きで優しく洗いなさい。
この三つを守らなければ、例えお風呂に入ったとしても、毛の間から魔法のように砂が出てきますよ。
お家の中を砂だらけにしたら、十中八九奥さんに怒られます。場合によっては、お子さんからも冷たい目で見られます。
肩身の狭い思いをしたくなければ、
と、いう意味です。
こちらを聞いた時、わたくしは、成程と頷いてしまいました。
と申しますのも、以前レオン班長のご実家にお邪魔していた際、何度かマティルダお婆様とお風呂に入る機会があったのですが、お婆様はいつも優しい且つ非常に丁寧な手付きで、わたくしの体を洗って下さっていたのです。マティルダお婆様の性格を考えると、豪快にジャブジャブバサァッと洗濯されるものだとばかり思っていたので、とても意外だったのをよく覚えています。あちらは、洗髪の極意によるものだったのでしょう。そう考えれば、マティルダお婆様の繊細な洗い方も、納得というものですね。
『まぁ、お兄ちゃんだって、伊達に海上保安部やってないし、海での暮らしはお手の物だろうから、大丈夫だって私は思ってるよ? 思ってるし、そう言ってるけど、それでもお母さんは気掛かりみたいでさぁ。特に海に入った後は、本気で体を洗わないといけないって、口を酸っぱくして語るのよ。なんか、本当に毛の隙間から無限に砂が落ちてくるんだって。それで小さい頃、お祖母ちゃんにめちゃめちゃキレられたみたい。もう心から反省するレベルだったってさ。だからシロちゃんにも、同じ轍は踏ませたくないらしいよ?』
あの細かいことを気にしないマティルダお婆様が、心から反省しただなんて。お婆様のお母様は、一体どれだけ激怒されたのでしょうか。また、大らかな気質を持つ獣人さんを、心から反省させる程に激怒させただなんて、マティルダお婆様はどれだけお家の中を砂まみれにしたのでしょう? こちらに関しては、相当な量だったのだろうと、何となく想像出来ます。
「……大丈夫だって言っとけ」
『そうですよ、ラナさん。レオン班長は、毎回しっかりとわたくしの毛を濯いで下さいますもの。今の所、砂が毛の間から零れてくることもございません。洗髪の極意はきちんと守っておりますよと、マティルダお婆様にお伝え下さい』
ギアーと通信機に語り掛ければ、レオン班長は口角を片方持ち上げ、わたくしの頭を撫でて下さいました。顎の下もうりうりと擽られ、思わず目を瞑ってしまいます。
レオン班長の手を堪能していると、不意に、通信機の向こう側で、物音がしました。
『――おい、ラナ。飯だぞ。早くこい』
『ちょっ、お父さんっ、勝手に入ってこないでよっ』
どうやら、クライド隊長が現れたようです。
『あ? 何言ってんだお前。勝手も何も、ここ、俺の部屋じゃねぇか』
『でも全然使ってないじゃんっ。私の方が使用頻度高いんだから、最早私の部屋みたいなもんじゃんっ』
『いや、お前の部屋は他にあるだろ。つーか、いきなりどうした? 今まで俺が部屋にきても、何も言わなかったじゃねぇか』
『そ、それは、その、い、色々あるんだよ女の子にはっ。私が着替え中だったらどうするつもりなのさっ。もうっ、デリカシーがないんだからっ』
『風呂上がりにいつも下着で歩き回ってる奴が何言ってやがる。俺がいくら止めろっつっても聞かねぇ癖によ』
『それとこれとは話が別なのっ。いいからほらっ、早く出てってよ。お父さん、今超絶ニンニク臭いんだからっ』
『はぁ? 誰のせいでニンニク臭くなってると思ってんだ。お前が食べたいって言ったから作ってやったんだぞ、こっちはよぉ』
『それは本当にありがとうだけどっ。でもそれはそれとして、めっちゃ臭いんだよねっ。はいっ、離れて離れてっ』
ラナさんはどうにか追い払おうとされていますが、上手くいきません。
寧ろ、不審に思われているようです。
『……おい、ラナ。それはなんだ』
つと、クライド隊長の声へ、怪訝さが増しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます