21‐1.久しぶりにお話しします



 夜。

 特別遊撃班専用船内にあるレオン班長のお部屋で寛いでいますと、不意に、甲高い電子音が聞こえてきました。通信機の着信音です。



 けれど、普段レオン班長が使っているカフス型通信機のものとは、若干音が違います。



 鳴っている場所も、違いました。

 レオン班長の耳からではなく、ソファーの横に置かれたテーブルの上から、上がっています。



 レオン班長は、ライオンさんの耳を一つ揺らすと、毛のない眉を寄せました。お膝に乗せているわたくしから手を離し、テーブルへ腕を伸ばします。そうして、プライベート用の通信機を掴みました。

 掌に納まる大きさの本体からは、未だにピコピコと着信を知らせる音が、鳴り響いています。



 そんなプライベート用の通信機を、レオン班長は、睨むように見つめました。




『レオン班長。出ないのですか?』



 そう声を掛ければ、レオン班長はわたくしへ視線を移します。

 かと思えば、通信機を置き、わたくしをまた撫で始めました。




 しばらくすると、着信音は途絶えます。数拍置いて、今度はプルルル、プルルル、と別の電子音が聞こえてきました。先程鳴っていたプライベート用通信機のお隣にある、もう一台の通信機からです。



 しかし、レオン班長は、二台目の通信機にも出ません。恐らく、先日こちらのシグナル番号を、クライド隊長に知られてしまったからでしょう。

 以降、軍用、私用、私用その二と、合計三台の通信機へ、クライド隊長からの連絡が掛かってくるようになりました。一日に、少なくとも二十回は、ピーピーピコピコプルルルと音を奏でています。

 お陰でレオン班長は、着信を知らせる音が聞こえてきただけで、不機嫌なお顔になります。鳴っているのが、他の方の通信機だったとしてもです。もう条件反射のようなものなのでしょうね。



 そういうわけで、レオン班長は些か乱暴にライオンさんの尻尾を振ると、聞こえないふりをしながら、わたくしの耳を揉みます。手付きはいつも通りの優しさに溢れていますが、お顔だけ見れば、今にもカチコミを決めそうなマフィアそのものです。毛のない眉が、これでもかと寄っています。




 プルルル音が途切れ、別の通信機がピーピーと鳴り、止まり、ピコピコと鳴り、止まり、またプルルルに戻り、というのを二周程した所で、ふと静かになりました。どうやら諦めたようです。



 レオン班長はほっと息を吐き、ライオンさんの尻尾をくねらせました。わたくしの耳を揉んでいた手も放し、頭を撫でて下さいます。

 穏やかさを増した手付きに、わたくしも力を抜きました。レオン班長のお膝へ、くったりとうつ伏せます。



 そうして、のんびりと過ごしていましたら。




『あら?』




 またしても、甲高い電子音が聞こえてきました。ですが今度の音は、わたくし、聞き覚えがありません。

 これまでよりも低く、響くような音程です。文字にするとしたら、ムーン、ムーン、と言った具合でしょうか。



 わたくしは、レオン班長を窺います。

 レオン班長は、ライオンさんの耳を、音の方向へ傾けました。視線も向けると、しばし眺めます。眉間へ皺を刻み、お口もやや曲げました。あまり気が進まなそうな雰囲気です。それでも、緩慢に腕を伸ばします。



 そして、ソファー脇に置かれたテーブルの上から、『三台目』の通信機を掴み取りました。



 通話ボタンを押し、ライオンさんの耳へと当てます。




『あ、もしもーし。ラナでーす。やっほー』




 通信相手は、ラナさんでした。陽気な声が、わたくしの元まで届きます。




『あれ? お兄ちゃん、聞こえてる? 聞こえてない? あれ? 全然返事ないんですけど。もしもーし? もしもーし? おーい、お兄ちゃーん。おーい』



 レオン班長は、耳から少し通信機を離しました。ライオンさんの尻尾を揺らしつつ、騒がしい通信機を眺めます。



『あれー? 可笑しいなぁ。ちゃんと繋がってる筈なんだけどなぁ。おーい、お兄ちゃーん。おーい、眉なしマフィアー。万年反抗期ー。ただそこにいるだけで子供に泣かれるタイプー』

「……煩ぇよ」

『あ、いたいた。もー、聞こえてるなら返事してよー。焦ったじゃーん』



 あれだけ悪口を言っていたにも関わらず、ラナさんはあっけらかんと笑っています。

 レオン班長は、毛のない眉を寄せ、溜め息を吐きました。



「……用件は」

『あのねー、一つは、お兄ちゃん元気かなーって思ったんで、近状報告も兼ねた確認の連絡でーす。で、二つ目は、お母さんが、シロちゃんは元気かー、体調崩してないかー、って凄い気にしてたから、そっちの確認もしようと思ってさ』



 あら、わたくしの心配もして下さっていたのですか。ありがたいことですね。



 わたくしは、腹ばいとなっていた体を起こし、レオン班長のお膝の上に座りました。そのまま見上げていれば、レオン班長は、わたくしへと通信機を差し出して下さいます。



『ラナさーん。シロですー。こんばんはー』

『あ、この鳴き声は、シロちゃんかな? おーい、シロちゃーん、久しぶりー。元気ー?』

『はーい、元気ですよー。こちらの島で、毎日楽しく過ごしていまーす』

『あはは、元気そうだねぇ。良かった良かった』



 わたくしの声に、陽気な笑い声が返ってきます。ラナさんもお元気そうで、何よりです。



『あ、そうそう。あのねー、シロちゃーん。特別遊撃班が遭難したって聞いてね、うちのお母さんだけじゃなく、ジャスミン様も、シロちゃんのことを心配してたよー』

『あら、ジャスミンさんもですか? まぁまぁ、それは申し訳ありません。ご心配をお掛けしまして』

『本当はね? ジャスミン様に教えるつもりなかったんだ。でも、ちょーっと油断した瞬間に、ぺろっと喋っちゃってさぁ。いやー、大変だったなぁ。ジャスミン様は動揺するし、その拍子に衝撃破出すし、お陰で護衛は吹っ飛ばされるわ、宥めるのに苦労するわ。挙句の果てには、先輩方からめっちゃ怒られるわで、散々だったよぉ』



 げんなりとした声色から、本当に苦労されたのでしょう。まぁ、もとを正せば、口を滑らせたラナさんに原因があるのですが。レオン班長も、さり気なく鼻で笑っておりますし。



『ジャスミンさんには、是非ともわたくしは元気だったとお伝え下さい。それから、アルジャーノンさんもお元気だと、お伝え頂けますか? わたくしだけでなく、お兄様の様子も気にされているかもしれませんので』



 なんせジャスミンさんは、海上保安部の本部まで会いにきてしまう程、アルジャーノンさんのことが大好きなのです。わたくしが遭難したと聞けば、自ずとアルジャーノンさんも一緒だと予想出来るでしょう。不安に思われているかもしれませんので、是非とも無事を知らせてあげて下さい。




「……で?」

『ん? で、って何、お兄ちゃん?』

「用件は、これで終わりか」

『そんなわけないじゃん。まだまだあるよー?』



 レオン班長は溜め息を吐くと、わたくしを抱えました。胸に凭れさせながら、ゆっくりと背中を撫でていきます。



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