19‐5.班員さん捕獲作戦です



「はいはーい。任せてよー」



 リッキーさんはにんまりと笑うや、レーダー片手に、壁へ取り付けられたコントロールパネルを弄り始めました。



「えーっとぉ、まずは、操縦室の近くにいるこいつにするかなぁー」



 ふんふんと鼻歌交じりにレーダー画面を眺めつつ、コントロールパネルのボタンを、リズミカルに押していきます。



 そして。



「よーし、こいこい。そのままそのまま……はいきたぁっ」



 一際強く、ターンッ、とボタンを叩きました。



「よっしっ」



 拳を握り、リッキーさんは天井を見上げます。またコントロールパネルを、ピッピと押しました。




 すると、天井の一部が開き、上から班員さんが一人、落ちてきます。




 その方は床に不時着すると、目を白黒させて辺りを見回しました。ですが、状況を把握するや、すぐさま飛び起きます。出口へ向けて、駆け出しました。



 しかし。



「逃がしませんよ」



 釣り竿を振るうパトリシア副班長の方が、一足早かったようです。



 班員さんはすぐさま捕まり、床に引き倒されます。すかさずアルジャーノンさんが捕獲し、椅子へ拘束しました。



「全く……私達から逃げ切れるとでも思っていたのですか? 思い上がりも甚だしいですね」



 ふんと鼻を鳴らし、捕獲された班員さんを、ガスマスク越しに睨みます。班員さんはすぐさま命乞いをしますが、パトリシア副班長は聞く耳を持ちません。アルジャーノンさんへ、顎をしゃくってみせるのみです。



 アルジャーノンさんは頷くと、極太も極太な針付き注射器へ、ワクチンを注入していきます。

 じわじわと上がっていく目盛りに比例して、班員さんの様子も切迫していきました。恐怖と悲痛さしかない声と表情で、それでも活路を切り開こうと懸命にもがきます。



 けれど、健闘空しく、また新たな犠牲者が生まれるだけでした。



 助けを求めるようにお母様を呼ぶ声が、部屋いっぱいに響き、やがて消えていきます。



 静まり返る医務室に、緊張と絶望の空気が、広がりました。




「リッキー整備士。次をお願いします」

「はいはーい」



 リッキーさんは、またしてもレーダーを確認しながら、コントロールパネルを軽やかにタップしていきます。時折声を上げ、真っ赤な髪を乱し、喜びの笑みを浮かべ、かと思えば、天井や壁、はたまた床から、捕獲されたであろう班員さんが現れました。



 どうやらリッキーさんは、逃走中の班員さん達の位置をレーダーで確認しつつ、コントロールパネルを使って、船内に仕掛けたあれこれを作動させているようです。

 本来は、避難通路として作ったのですが、例によってリッキーさんの独特な感性により、何故か迷路仕様となっているそうです。お陰で沢山出入り口があり、且つ遠隔操作で扉を開閉でき、更には出入り口の場所をリッキーさんしか把握していないという、とんでもないこととなっている為、今回の班員さん捕獲作戦で大いに活躍してくれているようです。



 捕まった班員さん達は、総じて一番太く痛い針でワクチンを打たれています。絶叫が上がる度、自慢の白い毛が逆立って大変です。

 ですが、わたくしには大切なお仕事がございます。恐怖を押し込めながら足を進めては、倒れ伏す班員さんの傷付いた心に、そっと寄り添うのです。レオン班長にも認められた一流のもふもふと、先日のボーナス総取りトーナメントでつちかった慰めスキルを、いかんなく発揮させて頂いています。




 そうして、一人、また一人と脱落する中、逃走者は、遂に残り一人となりました。



 しかし、最後の一人は、未だ医務室へと現れません。




「……まだですか、リッキー整備士」

「くっ、うぅっ、ちょ、待ってパティちゃんっ。今っ、すっごいいいとこ――あぁぁぁーっ!」



 レーダーへ向かって叫ぶと、リッキーさんは肩を落として項垂れました。



「あー、くっそぉー。後もうちょいだったのになぁー。うぅー、悔しいぃー」



 頬を膨らませ、幼く見えるお顔を不機嫌に歪めます。


「あー、もーぅ」


 と深い溜め息を吐いて、パトリシア副班長を振り返りました。



「ごめーんパティちゃーん。また取り逃がしましたぁー」

「……そうですか。中々手強いようですね」

「本当だよぉー。しかも動き方から察するに、避難通路の出入り口の場所は、ある程度把握されてるっぽいんだよねぇ。これじゃあいくら不意を突こうとしても、避けられちゃうよぉー」



 リッキーさんは唸り声を上げ、唇を尖らせます。




「全くさぁ。何もこんな時に本気出さなくたっていいのにねぇ。ほーんと、困ったパパだねぇー、シロちゃん?」



 と、わたくしの頭を撫で、もう一つ溜め息を吐きました。




 そうなのです。

 現在唯一逃げおおせているのは、レオン班長なのです。




 どうやら、己の持てる全てを駆使して抵抗しているようです。お陰でリッキーさんは不貞腐れてしまい、アルジャーノンさんも呆れたようにドラゴンさんの尻尾を揺らしています。パトリシア副班長など、防護服の奥から発する圧を、どんどん強くしていました。あまりの強さに、いっそ覇気と呼んでも良いかもしれません。それ程までに苛立っているご様子です。



 わたくしとしては、出来るだけ早くパトリシア副班長の圧から解放されたい所ですが、しかし、注射が嫌だというレオン班長の気持ちも、またよく分かります。わたくしだって、注射は逃げ出したい程嫌いですもの。いくら必要なことと頭で分かっていようと、嫌なものは嫌なのです。

 なので、どちらの味方をすることも、今のわたくしには出来ません。ただただ皆さんの心を癒すのみです。




「……仕方ありません」



 ふと、パトリシア副班長が、それはそれは重苦しい溜め息を吐きました。声も、一層低く、圧が強まります。



 これから何か大変なことが起こる。そんな予感がしてなりません。




『――レオン班長に告げます』



 パトリシア副班長は、マイク片手に全体放送を掛けました。



『――あなた以外の班員は、全員ワクチン接種を済ませました。無駄な抵抗は止めて、速やかに投降して下さい。こちらも暇ではないのです。あなた一人にこれ以上の時間を取られたくありません。後、一分だけ待ちます。一分経っても医務室へ現れないようならば、こちらも強硬手段を取らざるを得ません。それによって何が起ころうとも、全ては大人げなく拒否し続けた己の責任だと、真摯に受け止めて下さい』



 淡々とした口調が、余計に恐怖心を煽ります。医務室の隅で泣いていたワクチン接種済みの班員さん達も、身を寄せ合い小さくなっていました。誰も口を開かず、身じろぎもせず、じっとパトリシア副班長を窺っています。



『――因みに、このまま逃げ切れると思わないで下さい。こちらは、あなたの居場所を常に把握していますので。また、現在船の外と繋がる扉及び窓は、全て施錠されています。壊すことも不可能です。外に出るには、特別遊撃班に所属する全員がワクチンを接種する必要があります。あなた一人のせいで、班全体に迷惑が掛かるのです。これからも班長を名乗るつもりならば、どうすれば良いか、分かりますね。賢明な判断を、よろしくお願いします』



 ほぼ脅しに近い説得をすると、パトリシア副班長は黙りました。時計を眺めながら、その場に佇みます。



 医務室に、時を刻む音が、ささやかに響きます。チクタクチクタク、と秒針が進む度、わたくし達の間には何とも言えぬ緊張感が漂いました。ついつい、医務室の扉を何度も確認してしまいます。

 けれど、扉が開く様子も、足音が近付いてくる気配も、一向にありません。




 そうこうしている内に、分針が、一つ隣へ動きました。




「……リッキー整備士」

「はいはい、何でしょう?」

「レオン班長の現在位置は、どこですか?」

「食堂の前辺りかなぁ。因みに、医務室へ向かう素振りは、特になかったでーす」



 途端、パトリシア副班長の全身から、凄まじい覇気が溢れ出しました。



 わたくしが思わず


『ひぃっ』


 とおののいてしまったのも、致し方ないことでしょう。




「そうですか……こちらへくる素振りは、ありませんでしたか……」



 誰に聞かせるわけでもなく呟くと、パトリシア副班長は、静かにマイクを構えました。




『――レオン班長に告げます。一分が経ちましたので、これより強硬手段を取らせて貰います。先程も言いましたが、これから何が起ころうと、全てはあなたの責任です。よって尻拭いも自分でどうにかして下さい』



 低く重々しい声が紡がれたかと思えば、パトリシア副班長は、淡々と続けます。




『――では手始めに、シロクマのワクチン接種を、行いたいと思います』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る