18‐5.第二回戦です



“――あー、あー。はーい、どうだったかなー? エキシビションマッチは、楽しんで貰えたかなー?”



 と、耳に手を当ててみせれば、答えるような声と拍手が返ってきます。

 リッキーさんは、よしよし、とばかりに頷き、口角を持ち上げました。



“――ではではぁっ。これよりエキシビションマッチ、第二回戦を始めたいと思いまーすっ。戦ってくれるのは、勿論この子、先程見事俺に勝利したシロちゃんですっ。そんなシロちゃんの対戦相手ですがっ。……実はですねぇ、まだ決まってないんですよねぇ。なので、我こそはーっ、という方。いらっしましたら、挙手をお願いしまーすっ”



 途端、リングを囲んでいた特別遊撃班の皆さんは、一斉に手を挙げました。声も上げて主張します。



“――おー、立候補者がいっぱいですねぇー。うーん、こんなに沢山いると、誰にするか悩んじゃうなー。どうしよっかなー”



 リッキーさんは大げさに首を傾げると、不意にぽんと手を叩きました。




“――あ、そうだー。ここは一つ、シロちゃんに決めて貰おーうっと”




『え、わたくしですか?』



 突然の指名に驚き、思わず目を瞬かせます。



 ほぼ同時に、アルジャーノンさんがわたくしを、ひょいっと持ち上げました。



 ”――さぁーてシロちゃん。この中の誰と、戦いたいかなぁー?”



 リッキーさんの声を受け、リング外にいる皆さんは、一層手を伸ばします。我こそは、とばかりのアピールに、わたくし、呆然としてしまいました。



 どうしましょう、どなたを選べばよろしいのでしょうか。若干困惑しつつ、辺りを見回していると、ふと、気付きました。



 リッキーさんとアルジャーノンさんの、不自然な動きに。




“――さぁさぁ、一体誰を選ぶんだシロちゃんはー?”



 そう言ってリッキーさんは、リングの外を手で指し示します。

 ですが、その手が伸ばされる方向は、どこか限定されていると申しますか、似たような場所を示していると申しますか、こう、わたくしに特定の誰かを選ばせようとしている風に見受けられます。



“――シロ、好きな相手を指名していいんだぞ。遠慮するな”



 アルジャーノンさんは、抱いたわたくしへ立候補者のお顔を見せるように、その場でゆっくりと回ってくれます。

 しかし、ある特定の方向をわたくしに見せる時だけは、回転の速度が殊更遅くなります。

 まるで、そちらの方にいるどなたかをわたくしに気付かせるべく、誘導しているかのようです。




 そんなお二人が気にする場所には、レオン班長の姿が。



 右手を軽く挙げたまま、突き刺さりそうな程に鋭い目付きで、じぃぃぃーっとわたくしを見つめています。




 ……成程。

 リッキーさんとアルジャーノンさんの意図が、何となく分かりました。




『つまり……レオン班長のご機嫌取りをせよと、そういうことですね?』




 だからこそ、妙にレオン班長がいる辺りをアピールして、わたくしに選ばせようと、そう考えていらっしゃるのでしょう。




“――お? 今、シロちゃんが声を上げましたねー。一体誰を選んだのかなー?”



 リッキーさんは、アルジャーノンさんのお隣へやってくると、わたくしが見ている方向を覗き込みます。



“――んー、誰かなー。シロちゃんの視線の先にいるのはぁー……”



 眉に手を添え、きょろきょろと周囲を見渡す仕草をします。それから、ぴたりと止まり、にっこり微笑みました。



“――ほほーぅ、成程成程ぉー。そうきますかぁー”



 リッキーさんは何度も頷くと、リングの周りを見渡します。



“――皆さぁーんっ。対戦相手が決まりましたぁーっ。これから発表しますけどぉ、例え自分が選ばれなくとも文句は言わないで下さいねぇーっ。シロちゃんが選んだんですからねぇーっ”



 そうしてリッキーさんは、喉を一つ鳴らすや、マイクを構え直しました。



“――ではではぁっ、エキシビションマッチ第二回戦の対戦者を発表しまぁーすっ! 選ばれたのはぁ……こいつだぁっ!”



 勢い良く腕を突き上げます。



“――人間と獣人、二つの血を持つハイブリットッ! 特別遊撃班の顔と言っても過言ではない男が、満を持して登場だっ!”



 掲げた腕を、とある方向へ、伸ばしました。



“――準決勝まで勝ち進んだ強さは伊達じゃないっ! 我らがボスにしてシロちゃんのパパッ! レェェェオォォォーンッ!”



 巻き舌で名前を呼ばれた瞬間、ライオンさんの耳がぴくりと反応しました。



 拍手と歓声に促されて、レオン班長がリングへ近付いてきます。軽くジャンプし、リングを囲っている縄を、易々と越えました。真ん中に置かれた机まで、ゆっくりと歩いてきます。

 その表情に、これといった変化はありません。いつも通りの厳ついお顔です。ですが、ライオンさんの尻尾は、これでもかと嬉しそうに振られていました。斜めだったご機嫌が、一気に元へ戻ったようです。




 わたくしは、アルジャーノンさんの腕から机の上へと戻されました。レオン班長と対峙します。



『よろしくお願いします、レオン班長。例え飼い主と言えど、わたくし、負けませんよ』



 ギアーと強気に宣言をすれば、レオン班長は、薄っすらと口角を持ち上げました。毛のない眉へも力が籠り、強面に拍車が掛かります。まるで、やれるものならやってみろ、とでも言っているかのようです。



“――おぉーっ、始まる前から激しい睨み合いが行われていますっ。シロちゃんもはんちょも、気合十分なようですね、アルジャーノンさん”

“――そうだな。シロにとっては飼い主への下剋上、レオンにとっては飼い主の威厳を保つ戦いでもある。どちらとしても、負けるわけにはいかないのだろう”

“――プライドを掛けた一戦ということですね。一体どうなるんでしょうか? 片や準決勝進出者、片やシロクマの子供。客観的に見てもシロちゃんに勝ち目はありませんが、しかしっ、今回はエキシビションマッチですっ。ルールを上手く利用すれば、十分渡り合えるかと思いますが、いかがでしょうか、アルジャーノンさん”

“――現時点では、私も勝敗の行方は分からない。先程のシロの戦いっぷりを見る限り、レオンに勝つ可能性はあると思う。反面、レオンも馬鹿ではない。シロの行動パターンは分かっているだろうから、出し抜くのは相当難しいと考えられる”

“――とすると、今回の勝敗を左右するポイントは、いかに相手の予想を超えるか、という所でしょうか?”

“――それが一つの要因となってくることは、間違いないと思われる”

“――成程。余計に楽しみな一戦となりそうですね。一体勝利の女神は、どちらに微笑むのでしょうか? それでは、エキシビションマッチ、第二回戦を始めたいと思いますっ”



 リッキーさんの声に、わたくしはゆっくりと腰を持ち上げました。前足に重心を乗せ、いつでも走り出せる体勢を取ります。

 レオン班長も、軍服の袖を捲ると、右の肘を机へつきました。掌を一度開閉させ、わたくしを迎え撃つように見据えます。



 わたくし達の間を、緊張がほとばしりました。数拍の静寂が、流れていきます。




“――双方、見合って見合ってぇ……ファァァァイッ!”




 カーンッ! とゴングが鳴るや、わたくしは机を蹴りました。猛然と駆けていき、レオン班長の右腕へ、体当たり紛いにしがみ付きます。



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