18‐4.エキシビションマッチです



“――ここからの実況は、リッキーに代わって、アルジャーノンがお送りする”



 アルジャーノンさんは、自動で音声を読み上げる機械を片手に、わたくし達の傍に佇みました。素早く指を動かしては、画面へ文字を入力していきます。



“――リッキー対シロという、正にエキシビションマッチにふさわしい対戦カードだが、ルールはどうするつもりだリッキー? お前とシロが普通に戦っても、勝敗は明らかだ。それでは試合にならない”

「大丈ー夫。そこはね、ちゃーんと考えてるから」



 と、リッキーさんは、マイクを構えます。



“――えー、今回のエキシビションマッチは、特別ルールで行いたいと思いまーす。まずリングは、この机の上のみに設定させて貰います。使える武器は、体格差を考慮して、俺は右腕一本。シロちゃんは、何をやってもオッケーです。制限時間は三分。その間に、シロちゃんは持てる全ての力を使って、俺の右腕を倒して下さい。時間内に手の甲が机に付いたら、シロちゃんの勝ち。付かなかったら俺の勝ちです。分かりましたかー?”



 ふむ、成程。つまりは、腕相撲ですね。

 ルールも別段難しくありませんし、こちらならばわたくしにも勝機があります。なにより、武力を用いての戦いではなかった点が、非常にほっとしました。




“――では、早速試合を始めようと思う。両者、準備はいいだろうか?”



 アルジャーノンさんが、リッキーさんとわたくしを見比べます。

 リッキーさんは、


「いつでもこーいっ」


 と右の袖を捲りました。肘を付け、気合十分なお顔でわたくしを見つめます。わたくしも、ギアーと元気良くお返事をしました。



 アルジャーノンさんは一つ頷くと、徐に木槌を握ります。




“――双方、見合って見合って……ファイト”




 カーンッ! とゴングが打ち鳴らされました。四方八方から声援が上がり、わたくしの中のやる気も、むくむくと沸き立っていきます。



『行きますよリッキーさんっ』



 ふんっ、と鼻から荒く息を吐き出すと、わたくしは猛然と駆けていきました。リッキーさんの右手へ、連続パンチをお見舞いします。



『えいえいっ、このこのっ』

「あぁっ。シロちゃんのぷにぷにな肉球が、俺の右手にぺちぺち当たってるぅっ。ありがとうございますっ」

『えいやっ、えいやっ』

「はぁんっ。今度は頭突きを頂きましたっ。ふわふわの毛とふかふかな耳がぐりぐり押し付けられてご褒美ですっ。ありがとうございますっ」

『ふんぬぬぬぬぬっ』

「あぁんっ。右腕抱き締められちゃったっ。シロちゃんの温もりに包まれて、ただただ幸せですっ。ありがとうございますっ」




 マティルダお婆様直伝の締め付け攻撃も食らわせてみましたが、リッキーさんの右腕は一向に傾きません。それどころか、ちょっと嬉しそうに笑っています。子シロクマの攻撃なんぞ屁でもない、と言わんばかりです。図らずとも、むむっと眉間に力が籠ってしまいます。




“――おっと、シロの攻撃が止まった。ここから一体どうするつもりなんだ。そろそろ勝負を仕掛けないと、制限時間に間に合わないぞ”



 アルジャーノンさんの言葉に、わたくしも一生懸命考えます。純粋な力で太刀打ち出来ない以上、頭を使うしかありません。

 しかし、リッキーさんの手の甲と机を触れ合わせるには、一体どうしたら良いのでしょう? 力尽くでは駄目。パンチも頭突きも締め付けも効きません。リッキーさんが机の上へ手を置くよう、誘導すればよろしいのでしょうか? けれどそのようなこと、果たしてどうやれば良いのやら……。



 そんな不安に耳を伏せるわたくしの脳裏に、ふと、アイディアがよぎります。



『そ、そうです……っ』



 何も、わたくしが誘導しなくとも良いではありませんか。




 力尽くが無理ならば、リッキーさん自らが手の甲を机へ置くよう、仕向ければ良いのです。




『そうと決まればっ』



 わたくしは、素早くリッキーさんの右腕に駆け寄ります。そうして、肘を立てて構えられた右手へ――ではなく、その奥にある二の腕へと、向かいました。




 まっピンクなつなぎ越しに、リッキーさんの二の腕を、思いっきり前足で踏み締めます。




「あぁっ。そ、そこっ。気持ちいいっ」

『えいえいっ。どうですかリッキーさんっ。二の腕をマッサージされる気分はっ。このこのっ』

「こ、こんなに激しいの、俺、初めて、あぁんっ」

『二の腕だけではありませんよっ。よいしょっ、よいしょっ』

「はぁんっ。シ、シロちゃんが、二の腕を伝って俺の肩に……っ。首から顔の右半分に掛けてが、もふもふに包まれてるぅ……っ」



『食らいなさいっ。変則ヘッドマッサージですっ』



「シロちゃん駄目っ。そんな、皆が見てる前で大胆なっ、あ、うあぁっ、はぁぁぁぁーんっ!」



 妙にいかがわしい声しか聞こえませんが、気にしている余裕はありません。わたくしは、リッキーさんのお顔の右側にしがみ付き、水色の髪ごと頭皮を、これでもかと足でこねくり回してやりました。




 すると、唐突に、カンカンカンカーンッ! とゴングが鳴り響きます。




 わたくしは攻めの手を止め、リッキーさんを見下ろします。

 リッキーさんは、いつの間にか机に突っ伏していました。ぐったりと脱力したまま、無駄に色っぽいお顔で呼吸を荒げています。



 右腕も、ぐったりと伸ばされた状態で、痙攣しています。



 その手の甲は下を向き、机としっかり密着していました。




 アルジャーノンさんは一つ頷くと、木槌を握った手を、持ち上げます。



“――勝者、シロ”



 木槌が差すのは、リッキーさんのお顔に伸し掛かるわたくしです。




『やりましたぁーっ! わたくしの勝ちですぅーっ!』



 ギアァァァーッ! と勝鬨を上げるわたくしへ、沢山の拍手が送られます。称えるような声も上がりました。何故か笑い声も混ざっていましたが、大方リッキーさんの上級者な反応が面白かったのでしょう。




“――改めて、おめでとうシロ。凄まじい戦いだったな。シロの猛攻に、リッキーも最後は太刀打ち出来なかったようだ”



 マイクを向けられたので、わたくしは高揚感と共に、口を開きます。



『ありがとうございます、アルジャーノンさん。わたくし、頑張りました』

“――勝因はなんだったと思う?”

『そうですね。やはり、日頃から行っていたシロクマ式マッサージでしょうか。あちらがなければ、恐らくわたくしはタイムアップで負けていたと思います』



 ギアーギアーとマイクへ語るわたくしに、アルジャーノンさんは優しく頷いてくれました。それから今度は、未だ机に突っ伏しているリッキーさんへ、マイクを差し出します。



“――リッキー。おい、リッキー。起きろ。負けた感想をくれ”

「う……さ、最高ぉ……」

“――そうか。良かったな”



 冷たい反応に、辺りからどっと笑いが沸き起こります。




“――所で、この後もまだエキシビションマッチをやるのか? それとも、トーナメント戦に戻るのか?”



 つんつんとアルジャーノンさんに突かれ、リッキーさんは緩慢に体を起き上がらせました。乱れた水色髪を手櫛で直し、大きく息を吐き出します。



「あー、いや。もうちょいエキシビションマッチをやるんで、アルノン、マイク貸してー」



 渡されたマイクを受け取ると、リッキーさんはのろのろ手を挙げました。



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