18‐3.欠乏症対策です



“リッキー”



 しばらくすると、アルジャーノンさんがスケッチブックを差し出してきました。



“そろそろ二回戦を始めてもいいんじゃないか? でなければ、レオンが我慢出来ずにこちらへくるかもしれないぞ”

「んー、そうだねぇ。はんちょ、凄い顔してるしねぇ」



 リッキーさんは、レオン班長を一瞥すると、抱き締めていたわたくしを解放しました。最後に頭を一撫でしてから、マイクを持ち直します。




“――はいはーい。紳士淑女の皆々様ぁー。休憩はもう十分取ったかなぁ? 大丈夫そうなら、第二回戦を始めようかと思うんだけど、いいですかぁー?”



 リッキーさんは、耳へ手を当て、皆さんに問い掛けます。

 返ってきた答えは、歓声と拍手。どうやらあちらも、待ち詫びているようです。



 リッキーさんは口角を持ち上げ、深く息を吸い込みました。



“――それではぁっ! 早速始めましょうかぁっ! 上半期ボーナス総取りトーナメントッ、第二回戦っ、開始だぁぁぁぁぁーっ!”



 うおぉぉぉーっ! と拳を突き上げ、盛り上がる皆さん。名前を呼ばれた選手がリングへ上り、熱い戦いをまた繰り広げます。

 わたくしの印象ですが、やはり一回戦を突破しただけあり、皆さん勢いが違います。一進一退の攻防に、わたくしも思わず力が籠ってしまいました。



 ですが、レオン班長に関しては、その限りではございません。



 というのも、レオン班長の試合は、他の追随を許さぬ程の速さで終わってしまったのです。



 リッキーさんの


“――ファイッ!”


 という合図とほぼ同時に、叩き伏せられた対戦者。応援する気満々で前足を振り上げましたのに、頑張れと発する暇もありませんでした。

 わたくしだけでなく、他の班員さん達も、中途半端な位置で腕を止めたまま、ぽかんとされています。




“――……あー、えーっとぉ……しょ、勝者ー、レオンー。わー、パチパチー”



 一拍遅れて、拍手が上がりました。若干の戸惑いは、すぐさまレオン班長への賞賛でかき消されます。



「はんちょったら、苛立ってるねー。ちょっと煽りすぎちゃったかなぁ?」

“というよりも、シロ欠乏症を引き起こしているのだろう”

「あー、事前に摂取したシロちゃんが切れちゃったんだ。じゃあその内禁断症状出るかもねー」

“暴れる前にどうにか対策を取りたい所だが、どうするリッキー?”

「んー、そうだなぁ。ちょっと考えてみるから、アルノンは取り敢えず罰ゲームやっといて」



 アルジャーノンさんは一つ頷くと、スケッチブックを実況席へ置き、引きずられてくる敗者の元に向かいました。これまで同様、消毒液をぶっ掛けようとします。

 しかし、レオン班長が一瞬で倒したお陰で、傷らしい傷が見当たりません。これでは罰ゲームになりませんね。



 ならば、とでも思ったのでしょう。

 アルジャーノンさんは、敗者の背後へ周ると、徐に肩へ手を置きました。



 そして、思いっきり揉み始めます。指のめり込み具合がえぐいです。




 上がる悲鳴と爆笑の中、レオン班長だけはご機嫌斜めなお顔をされています。ライオンさんの尻尾をぶいんぶいん振っては、早く終わらせろ、と言わんばかりの空気を放ちました。毛のない眉を寄せ、今にも舌打ちせんばかりです。



 なんだか勿体ないですねぇ、折角のレクリエーションですのに。そう思いつつ、わたくしがレオン班長を眺めていますと。




“――はぁーいっ。罰ゲームタイム、終了でーすっ。ついでに第二回戦も終わりましたーっ。選手の皆さん、お疲れ様ぁーっ”



 罰ゲームが終わったようです。解放された敗者は、笑いと拍手に見送られながら、よたよたとわたくしの方へ近付いてきます。

 わたくしは、自分のお仕事をするべく、にっこりと笑顔で敗者をお出迎えしました。




 ですが、敗者に抱き締められる前に、わたくしの体は、別の方に持ち上げられます。




『リッキーさん?』



 わたくしを抱えるリッキーさんに、はて、と小首を傾げました。



 リッキーさんは、わたくしに笑い掛けると、マイクを構えます。




“――突然ですがぁっ! 準決勝を始める前にぃっ、ここでぇっ、エキシビションマッチをお送りしたいと思いまぁーすっ!”




 リッキーさんの宣言に、わたくしだけでなく、特別遊撃班の班員さん達も、目を丸くしました。



“――エキシビションマッチとはぁっ、簡単に言えば特別試合っ! トーナメントとは関係ないけどっ、とっても白熱した素晴らしい対決をっ、皆さんにお見せ致しますっ! はいっ、拍手ぅーっ!”



 リッキーさんに煽られ、取り敢えず、といった様子で、拍手が上がります。

 リッキーさんは満足げに頷いてみせると、アルジャーノンさんを振り返りました。



「アルノーン。ちょっと悪いんだけどさぁ、その机、リングの上まで持ってきてくれなーい?」



 と、リッキーさんは、実況をする際に使っていた机を、顎で指します。

 アルジャーノンさんは、言われた通りに机をリングの上へ運んでいきました。リッキーさんも、わたくしを抱えたまま、リングに上がります。



 周りの皆さんは、一体これから何が始まるのだろうと、わくわくした眼差しでリッキーさんに注目しました。わたくしも、机を使ったエキシビションマッチとはいかなるものかと、興味津々です。




「はい、準備オッケー。アルノンありがとうー。ついでにもうちょっとそこにいてー」



 リッキーさんは、リングのど真ん中に置かれた机を一瞥すると、抱えていたわたくしを、アルジャーノンさんへ手渡しました。それから、マイクを構えます。



“――レディースエーンドジェントルメーンッ! 大変長らくお待たせしましたぁっ! ではこれより、エキシビションマッチを始めたいと思いまぁーすっ!”



 沸き起こる拍手に、リッキーさんは手を挙げて答えました。



“――一体誰が戦うのか、気になりますよねぇー? それでは発表しましょうっ! 今回のエキシビションマッチに出場して貰う、一人目はぁー……?”



 勿体ぶるように周りを見渡すと、徐に、口角を持ち上げます。



“――特別遊撃班唯一の非戦闘員にしてっ、なくてはならない縁の下の力持ちっ! 改造改良お任せあれっ! 軍内最強の整備士とも呼び声高いっ、俺ことぉ、リィィィッキィィィーッ!”



 盛大に舌を巻きながら、リッキーさんは親指で自分を差しました。

 なんと、実況役の参戦です。いくらエキシビションマッチとは言え、大丈夫なのでしょうか?




“――そしてそしてぇっ! 俺と対戦する出場者はぁー……こいつだぁっ!”



 リッキーさんは、勢い良く片腕を伸ばし、掌を開きました。



 心なしか、リッキーさんの指が、こちらを向いているように思えます。




“――ある時は完全無欠の超絶アイドルッ! またある時は母性溢れる白衣の天使っ! 今日も白い毛並みが最高にいかしてるぜっ!”




 ついでに、リッキーさんの視線も、わたくしを捉えているような……?





“――我ら特別遊撃班のマスコットッ! その名はぁっ、シィィィロォォォーッ!”





『……え?』



 あ、あら? わたくしの、聞き間違いでしょうか? 今、なんだか、わたくしの名前が、巻き舌で呼ばれたような気がするのですが……。



 そんな驚くわたくしを、アルジャーノンさんは、高々と掲げました。



 途端、大きな歓声と拍手が沸き起こります。わたくしの名前を呼び、声援を送る方も、多々見受けられました。




『…………い、いやいやいや。無理ですよリッキーさん。わたくし、戦うなんて出来ませんからね?』



 確かにわたくしは、マティルダお婆様から、簡単な体術の手解きは受けておりますよ? ですがそちらは、本当に簡単な、言ってしまえば、基礎にも届かないレベルのものでしかないのです。いくらリッキーさんが非戦闘員だとしても、シロクマの子供が敵うわけないではありませんか。



 しかし、わたくしの必死の訴えは、届かなかったようです。

 机の上へ下ろされ、リッキーさんと強制的に対峙させられます。



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