17‐3.パンダさん化プロジェクトです
「はんちょ? レオンはんちょ? おーい。おいおーい」
リッキーさんがつんつんと突いても、返事はありません。ただただライオンさんの尻尾が、ビンタをし返してくるだけです。
そういえば、ぬいぐるみ職人のステラさんが作られたウェディングドレスをわたくしが着た時も、このように動かなくなりましたっけ。ということは、しばらくすればまた動き出すので、放っておいても大丈夫だと、そういうことでしょう。
しかし、ここまでレオン班長の心を震わせるとは。やはりリッキーさんの感性と腕前は、素晴らしいです。
最初わたくしは、ただ全身を黒一色で染めるとしか考えておりませんでした。所がリッキーさんは、
「あ、閃いちゃったー」
と言って、パンダさんのカラーリングを提案したのです。どうやら、染髪料でわたくしの肌が荒れないか、心配だったようなのです。
というのも、色を染める為には、ある程度刺激の強い薬剤を使うらしく、どれ程気を付けても、肌に合わない場合があるのだとか。
そこでリッキーさんは、染める範囲が狭い且つ、薬剤も少量で済むパンダさん柄を思い付かれました。結果、肌も特に痒くなることもなく、こうしてレオン班長に抱き締められているというわけです。
リッキーさんは、本当に凄いです。わたくしが特に感心したのは、やはりその手先の器用さですね。
パンダさんになる為には、目の周りを黒く染めなければなりません。ですが一歩間違えれば、薬剤が目の中に入ってしまいます。そうしたらわたくしは痛い思いをしますし、下手したら失明の危険性もございます。
そんな不安が募る中、リッキーさんは、見事やり切って下さいました。薬剤をわたくしの目に入れることなく、しかし染め残しは一切ない。素晴らしいとしか言いようがありません。
「あー、どうしようアルノーン。はんちょったら、シロちゃん抱き締めたまま全然動かないんですけどー。立ったまま死んじゃったんですけどー」
“死んでいない。リッキーに答えている時間も惜しい程に、シロが可愛いだけだ”
「知ってますー。だから死んだことにしてやったんですー」
ぷくーっと頬を膨らませると、リッキーさんはレオン班長の腕を叩きました。
「ほら、はんちょ。はーんちょ。いいから一回手ぇ放しなよ。でないと、もーっと可愛いシロちゃんを見れないよー?」
もっと可愛い、という言葉に、ライオンさんの耳が反応しました。
のっそりとお顔を上げ、リッキーさんへ視線を向けます。
リッキーさんは、にーっこりと笑い、
「ほら、一回シロちゃん放して」
とレオン班長の腕を掌で連打しました。レオン班長は、渋々といったていでわたくしを床へと下ろします。
「はい、ありがとう。じゃあ、シロちゃん。今から練習の成果をはんちょに見せるよ。準備はいいかなー?」
『勿論ですとも。わたくしはいつでも大丈夫ですよ』
自信満々にギアーと返事をすれば、リッキーさんは大きく頷きます。そうして、わたくし用の遊具が置かれている医務室の隅へと向かいました。わたくしも後を付いていきます。更にその後ろから、レオン班長とアルジャーノンさんもやってきました。
「ではではシロちゃん。よろしくお願いします」
『お任せ下さい、リッキーさん。わたくし、見事やり遂げてみせますよ』
わたくしは粛々とした足取りで、わたくし専用のアスレチックエリアへと踏み込みます。数ある遊具の間を通り抜けながら、お目当ての元へ向かいました。
「っ、シロ、お前、まさか……っ」
わたくしの行く先に気付いたのでしょう。レオン班長の動揺した声が、背後から上がります。
ですが、わたくしは気にせず足を進めました。進めて進めて、徐に、止めます。
目の前にあるのは、タイヤのブランコです。
鎖に吊るされた黒い輪っかを見据え、わたくしは、一つ鼻息を吐き出します。
『よっこいしょー』
前足をタイヤに掛けて、まずは後ろ足で立ち上がります。そこから、えいやとジャンプです。飛び跳ねた勢いを使って後ろ足も持ち上げ、タイヤに引っ掛けると、全身を使ってよじ登っていきます。
ぷらんぷらんとタイヤが揺れ、少々上りづらいですが、ここで諦めてはいけません。少し前に行った予行練習では、きちんと頂上へ到達しましたからね。わたくしは出来る子です、と己を鼓舞しつつ、えんやこらやと四肢に力を入れていきます。
「いいよー、シロちゃん。すっごくパンダっぽいよー。その調子その調子ー」
リッキーさんの応援と、撮影機のシャッターを切る音が、入り混じります。ついでに、鉛筆の走る音もよく聞こえました。レオン班長が来る前にも沢山写真を撮り、スケッチもされていたのですが、まだまだ鳴り止みそうにありません。
『ふんぬぬぬ……ぬぅんっ』
気合と共に前へのめれば、ようやくタイヤの上へとよじ登れました。腹ばいの状態で、タイヤのゴム部分にしがみ付きます。四肢でしかと抱き締めながら、振り返りました。
『どうですか、レオン班長。見ていてくれましたか?』
レオン班長は、何もおっしゃいません。
ただただ、わたくしを凝視しております。
「やったねーシロちゃん。頑張ったねぇ。おめでとうー」
レオン班長の代わりに、リッキーさんが褒めて下さいました。小型撮影機のレンズをわたくしのお顔へ向け、連続でシャッターを切りまくっています。
そのお隣では、スケッチブック片手に床へと座り込むアルジャーノンさんが、よくやった、と言わんばかりに頷いてくれました。
「どうよはんちょー。シロちゃんパンダ化プロジェクトは、最高でしょー?」
リッキーさんは背伸びをし、レオン班長の肩へ気安く腕を回します。
「でもねぇ、プロジェクトは、これだけじゃないんだなー」
一体どういうことだ、とばかりに、レオン班長はリッキーさんへ視線を向けます。
リッキーさんは、自信満々に口角を持ち上げると、こちらを振り返りました。
「さぁ、シロちゃん。パンダ化プロジェクト、第二段階に入るのだーっ」
『イエッサーですよ、リッキーさん』
わたくしは、うつ伏せていた体を、ゆっくりと起き上がらせます。不安定なタイヤの上ですが、上手くバランスを取りながら、少しずつ体勢を変えていきました。
「いいよーシロちゃん。焦らなくていいからねー。確実にいこう、確実に」
リッキーさんのアドバイスを耳にしつつ、わたくしはタイヤと繋がる鎖に寄り掛かり、体を回転させていきます。外側を向くようにゴム部分へ座ると、一度休憩を挟みました。
息を整えながら、ちらと辺りを窺います。
リッキーさんは、相変わらず小型撮影機を構えていました。アルジャーノンさんは、どんどん姿勢を低くし、わたくしをローアングルでスケッチし続けます。
レオン班長も、無言でわたくしを凝視するのみです。毛のない眉をきつく寄せ、厳めしい表情をされていますが、ライオンさんの耳と尻尾は、うきうきと揺れています。パンダさん化プロジェクトの第二段階が待ち遠しいようです。うふふ。
『ふぅ。お待たせしました、レオン班長。それでは、早速お見せします』
ギアーと宣言すると、わたくしは、徐に鎖から体を離します。
重心も後ろへ傾け、ゆっくりと仰向けに倒れていきました。
そうして、タイヤの穴に、お尻をINです。
「ひゃあぁぁぁーっ! シロちゃん最高っ! とっても可愛いよぉっ! お尻と尻尾がタイヤの穴から出てて、最高にセクシーだよぉーっ!」
体を折り曲げ、タイヤの下から覗き込むようにして撮影機を構えるリッキーさん。アルジャーノンさんも、床に寝転がりながら、鉛筆を存分に振っています。
レオン班長は、タイヤに座ってぷらんぷらん揺れるわたくしを凝視したまま、しばし固まっていました。しかし数拍もすれば、今度は四方八方から余すことなく眺めては、満足げに耳と尻尾を振ります。
喜んで頂けたようで、良かったです。わたくしも、パンダさん柄に染めて頂いた甲斐がありました。
しかし、一つ疑問なのですが。
パンダさん柄となった子シロクマを取り囲む成人男性三人の姿は、傍から見たら一体どういう風に映っているのでしょうか。中々どぎつい絵面な気がしてなりません。
ですが、まぁ、どなたかに見られているわけでもございませんしね。わたくし自身、特に嫌というわけでもありませんし、よろしいのではないでしょうか。若干、リッキーさんのセクシー発言には不安が残るものの、有事の際はレオン班長が守って下さるでしょうから、おおむね問題ないでしょう。
『よろしくお願いしますよ、レオン班長。もしもの時は、頼りにしていますからね』
わたくしはレオン班長を見上げながら、尻尾をぷりっと揺らします。
レオン班長は、了承した、とばかりにライオンさんの耳を一つ振り、白黒に染められたわたくしの頭を、優しく撫でて下さったのでした。
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