18‐1.ボーナス総取りトーナメントです



 本日のデッキは、いつにない高揚と興奮に包まれています。



 集まった特別遊撃班の班員さん達も、それぞれ好戦的な表情をされていました。いつ飛び掛かっても可笑しくない、という雰囲気で、口角を持ち上げたり、目付きを鋭くさせています。



 そんな殺気立った空気の中へ、割って入ってきたのは。




“――あー、あー、テステス、マイクテス。チェックワンツー。本日は晴天なりー。本日は晴天なりー”




 スピーカーから流れてきた、リッキーさんの声です。



 途端、周囲が俄かにざわめきます。



“――うんうん、大丈夫そうだねー。じゃ、そろそろいいかなー”



 水色に染め上げられた髪を靡かせて、リッキーさんはマイク片手に、辺りを見回しました。皆さんの気合十分なお顔を確認するや、にんまりと笑います。そうして、大きく息を吸い込みました。




“――レディースエーンドジェントルマーンッ! 大変長らくお待たせしましたぁっ! 今年もこの季節がやってきたぞーっ! 野郎共っ、準備はいいかぁーっ!”



 すると、地響きのような声が、其処彼処から上がります。

 心なしか、ここいら一帯の温度も上がったような気がしました。




“――それではこれよりっ! 特別遊撃班恒例っ! 上半期ボーナス総取りトーナメントのぉっ、開っ、催っ、だぁぁぁぁぁーっ!”




 リッキーさんが、拳を突き上げて叫びます。答えるように、班員の皆さんも、一斉に雄たけびをあげました。拳だけでなく、トーナメント用に用意された殺傷力の低い武器を掲げる方も、いらっしゃいます。




 そう。

 これから皆さんは、上半期のボーナスを掛けて、勝ち抜き戦を繰り広げるのです。



 総取り、と銘打っている通り、優勝者には、特別遊撃班の班員全員分のボーナスが贈られます。正確な金額は分かりませんが、結構な大金であろうということは、子供のわたくしにも簡単に想像出来ました。そちらを、総取りです。気合が入るのも当然というものでしょう。




“――さぁ、今年も始まりました、ボーナス総取りトーナメント。実況はわたくし、リッキーがお送りします。どうぞよろしくお願い致します”



 リッキーさんは、デッキの中央奥に用意された実況席へ座りながら、目の前に作られたリングを見上げます。

 まぁ、リングと申しましても、本格的なものではございません。六メートル四方の台を組み立て、周りを縄で囲んでいるだけなお手軽仕様となっています。それでも、戦う場が設けられているというだけで、気分が違いますね。わたくしも、なんだかわくわくしてきました。



 わたくしが聞いた所によると、ボーナス総取りトーナメントは元々、数名の班員さんがふざけて始めたものだったそうです。そちらが段々と参加人数を増やし、しまいには恒例行事になったのだとか。

 特設リングまで用意されている辺りに、特別遊撃班のノリの良さとフットワークの軽さを感じます。また、優勝者は総取りしたボーナスで班員に食事を奢るという暗黙のルールも、特別遊撃班らしいなと思いました。きちんと還元されるからこそ、皆さん余計に心置きなく楽しまれているのでしょうね。



 因みに、こちらのトーナメント。班員全員が参加しているわけではありません。

 リッキーさんとアルジャーノンさん、そしてパトリシア副班長の三名は、不参加なのです。



 リッキーさんは、非戦闘員の整備士さんなので、そもそも勝負になりません。

 アルジャーノンさんは逆に、強すぎるので参加していません。衝撃波を吐けば優勝間違いなしでは、他の参加者が面白くありませんからね。

 パトリシア副班長は、単に汚れたくないから不参加なようです。一応、お誘いはしたらしいですが、冷たく断られたのだとか。まぁ、そうでしょうねぇ。なんせ、重度の潔癖症ですものねぇ。




“――ではではっ! 早速始めましょうっ! 栄えある第一試合を飾ってくれるのは、こいつらだぁぁぁっ!”



 実況役のリッキーさんが、舌を巻きながら選手の名前を叫びます。呼ばれた方は、やる気満々に縄を潜って、リングに上がりました。各々びしっとポーズを決めてみせます。その度に、拍手や歓声が飛び交い、盛り上がりを見せました。



“――双方、見合って見合ってぇ……ファイッ!”



 カーンッ! とゴングが鳴れば、リング上のお二人は、雄たけびを上げて武器を振り上げます。トーナメント用の殺傷力が低い武器と言えど、迫力は満点です。



 激しい攻防に、辺りからは声援が次々と沸き上がります。リッキーさんの実況も、熱が入っていきました。試合の流れを説明するだけでなく、時に選手の情報を伝え、時に観客と共に声を上げ、試合を盛り上げていきました。




 そして、試合開始から、五分程が経った頃。



 カンカンカンカーンッ! と激しくゴングが鳴り響きます。




 勝者の名前を、リッキーさんは高らかに呼びました。健闘を称える拍手が、其処彼処から上がります。

 勝者は、拳を掲げて観客に答え、対する敗者は、リングに這い蹲るような体勢で悔しがっています。




“――さぁーてさてぇっ! 試合も無事終わったことなのでぇ、ここからはっ、皆さんお待ちかねのぉっ、罰ゲームタァァァーイムッ!”



 リッキーさんがそう言うや、リングの上へ四人の班員さんがやってきました。にやにやしながら敗者の四肢を掴み、リングから引きずり下ろします。



 敗者は抵抗を試みますが、四人掛かりで押さえられてはなすすべもありません。罰ゲームですので、助けてくれる仲間もいません。絶望にお顔を引き攣らせつつ、実況席の横で待機していたアルジャーノンさんの元まで連れていかれます。



 アルジャーノンさんは、押さえ付けられている敗者の姿を、しばし眺めました。それから一つ頷くと、徐に歩み寄ります。

 アルジャーノンさんが近付く度、敗者の顔は青くなっていきました。首を横に振り、少しでも離れようと後ろへ身を引きます。けれど、逃げられるわけがありません。目の前に佇むアルジャーノンさんを、仰ぎ見るばかりです。



 アルジャーノンさんは、敗者の顎を掴み、お顔を固定しました。そのまま、反対の手を近付けます。

 迫る指に、敗者の口からは、悲壮な呻き声が零れました。目にも涙が浮かび、唇を戦慄かせます。



 荒くなる敗者の呼吸。呼応するように揺れるドラゴンさんの羽。

 アルジャーノンさんは、うっすらと口角を持ち上げました。まるで見せつけるかのように、至極ゆっくりと、反対の手に持っていたものを、傾けます。




 そうして、敗者のお顔に出来た擦り傷へ、これでもかとたっぷり消毒液をぶっかけました。




 沁みる痛みに、敗者の口からは断末魔の如き悲鳴が吐き出されます。

 拷問でも受けているかのようなリアクションに、見物していた皆さんから爆笑が上がりました。




“――はぁーいっ! 罰ゲームタイム、しゅーりょーうっ! いいリアクションをありがとうーっ! お疲れ様でしたぁーっ!”



 笑い交じりに、拍手が沸きます。敗者を押さえ付けていた方々も、労わるように肩や腕を叩いてから離れていきました。

 けれど、当の敗者は、ぴくりとも動きません。痛みに蹲っているだけです。なんなら、啜り泣く声も小さく聞こえてきます。

 それ程痛かったのでしょうか。いえ、きっと嫌だったのでしょうね。なんせ特別遊撃班の皆さんは、滅多に医務室へ足を運びませんもの。あんなにやんちゃな方々なのに、お医者さんが怖いのです。まるで注射を嫌がる子供のようですね。



 と、内心微笑ましく思っていたら、不意に、アルジャーノンさんと目が合いました。出番だぞ、とばかりに、軽く頷かれます。

 そちらを受け、わたくしは腰を上げました。素早く、けれど穏やかに、敗者へ歩み寄っていきます。



 わたくしに気づいた敗者は、縋るように手を伸ばしてきました。シロ、と名前を呟きつつ、優しく持ち上げます。

 そして、ナース服タイプのハーネスを身に着けるわたくしを、しかと抱き締めました。




 本日のわたくしは、アルジャーノンさんの助手兼慰め要員です。




『はいはい、痛かったですねー。もう大丈夫ですからねー。もう痛くありませんよー。頑張りましたねー。偉いですよー、よしよし』



 わたくしは、前足でぽんぽんと敗者の体を叩きます。時に微笑み掛け、時に額をうりうりと擦り付け、あやしました。



『はいはい、泣き止みましょうねー。あんまり泣いたら、目が腫れちゃいますよー。明日の朝、瞼が開かなくなっちゃいますよー』



 前足で目元を拭って差し上げれば、敗者は、お礼代わりにわたくしの頭を撫で返してくれました。装着しているナース帽が外れぬよう、繊細且つ丁寧な手付きです。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る