17‐2.初めての毛染めです



 クロクマやハイイログマ、アカグマなどなど、様々な色の熊となってみたら、面白いのではないでしょうか。

 いっそピンクグマなどどうでしょう? 実在しないからこそ、逆にありかもしれません。



 そのようなことを考えていたら、リッキーさんの髪の毛が、完全に黒へと様変わりしました。




「どうかな、シロちゃん? 塗り残してる所とかあるかなぁ?」



 わたくしに頭を差し出しながら、リッキーさんは上目でこちらを見やります。

 わたくしは背伸びをし、リッキーさんの髪を、様々な角度から確認しました。



『わたくしが見た限りでは、綺麗に塗れていますよ。大丈夫なのではないでしょうか』



 笑顔でお伝えすれば、リッキーさんは嬉しそうに笑い、頭に伸縮性のある透明なフィルムを巻いていきます。恐らく、染料が髪に染み込みやすいように、また、待っている間に周りを汚さないように、という意図からでしょう。




 片付けをするリッキーさんを横目に、わたくしは、染髪に使っていた道具を眺めます。

 お皿の中には、まだ少し黒い薬剤が残っていますね。なんだか勿体ないような気がしなくもありません。



『リッキーさん、リッキーさん。こちらの染髪料は、捨ててしまうのですか? もし捨てるのであれば、是非わたくしに使っては頂けないでしょうか。わたくしも、たまにはイメージチェンジをしてみたいです』



 ギアーギアーと訴えるわたくしに、リッキーさんは近付いてきます。こちらですこちら、と前足でお皿に残る薬剤と刷毛はけを指し示せば、リッキーさんは首を傾げました。



「皿と刷毛がどうかしたの? あ、もしかして、臭かったかな?」

『いえ、匂いは特に気になりませんよ。流石はリッキーさんが制作しただけありますね』

「ごめんねー。すぐに片付けるからねー」

『あ、違います違います。片付けるのではなく、わたくしに使って頂きたいのです。勿体ないではありませんか。ねぇ?』



 柵沿いをうろちょろしつつ、リッキーさんにおねだりをします。淑女として少々はしたないと思いつつも、しかし、たまにはわたくしも羽目を外してみたいのです。



『若い内は、色々な経験をしておいた方が良いという言葉もございます。わたくしの人生ならぬ熊生をより豊かなものにする為にも、どうかご協力の程をよろしくお願い致します』



 すると、リッキーさんは、徐にわたくしのお顔を覗き込みます。不思議そうに目を瞬かせながら、口を開きました。




「シロちゃん。もしかして……カラーリングに興味ある感じ?」




 ようやく伝わりましたっ。

 わたくしは、ギアーッ、と元気にお返事をします。




 リッキーさんは、今一度、今度は驚いたように目を瞬かせました。

 かと思えば、緩やかに口角を持ち上げます。



「そっかそっかー。シロちゃんも毛を染めてみたいかー。なら、ちょっとだけやっちゃおうか。丁度薬剤も少し残ってることだしねぇー」

『やりましょうやりましょう。わたくし、初の毛染めです』

「おー、めっちゃノリノリじゃーん。よしよし、じゃあちょっと待っててねー。今準備するからねー」



 そう言って、リッキーさんはビニールシートやら透明フィルムやら、様々な道具を柵の中へと運んでいきました。



 一体どうなるのでしょうか。わたくしは、リッキーさんの用意が終わる時を、わくわくどきどきと待つのでした。














 医務室へ移動したわたくしは、アルジャーノンさんとリッキーさんと共に、のんびりと寛いでいました。



 すると不意に、廊下から足音が聞こえてきます。



 普段、医務室へ近付いてくる方など皆無な状態なのに加え、少し前に


「シロちゃんは今、俺と一緒に医務室にいるからー」


 とリッキーさんが連絡をしたので、こちらへ向かってくる人物は、ただ一人です。




「お、はんちょがきたっぽいねー」



 リッキーさんは立ち上がると、アルジャーノンさんが座る椅子の影へ、わたくしを連れていきました。



「いーい、シロちゃん? 俺が呼ぶまで、アルノンの足元に隠れてるんだよ? はんちょが部屋に入ってきたからって、すぐに出てきちゃ駄目だからね?」

『お任せ下さい、リッキーさん。わたくしも、レオン班長を驚かせたいですからね。タイミングを間違わぬよう、合図があるまできちんと隠れていますとも』



 わたくしは、アルジャーノンさんの足と机の間に体を滑り込ませ、伏せの体勢となります。

 小さく丸くなるわたくしに、リッキーさんは満足げに頷きました。

 ほぼ同時に、扉の開く音がします。



 アルジャーノンさんの足越しにこっそり窺えば、レオン班長の姿が見えました。わたくしを探しているのか、辺りを見回しています。




「あ、いらっしゃいはんちょー。ごめんねー、途中で場所移したりして。でも、どうしても譲れない用事が医務室にあったからさー。シロちゃんごとこっちに移動したんだよねー」

「……シロは?」

「んふふー、気になっちゃう? はんちょ、シロちゃんの行方気になっちゃう? ねぇねぇ」



 リッキーさんは、黒く染めたばかりの髪を揺らしつつ、レオン班長の周りをくるくる回っています。時折つんつんと指で突いたりもしました。

 だからでしょうか。あっという間にレオン班長に捕獲され、顔面をむぎゅっと握り締められました。


「いだだだだだっ!」


 という悲鳴と、レオン班長の腕を叩く音が、入り乱れます。



「ちょ、はんちょっ、はんちょストップッ! ストップだよはんちょっ! 言う言うっ! 言うから放してってっ!」

「さっさとしろ」

「分かってるよぉ。ではではぁ……新生シロちゃんの、登場でぇぇぇーっすっ!」



 ババーンッ! とリッキーさんは、振り向きざまに両腕をこちらへ向けて伸ばしました。アルジャーノンさんも、タイミングは今だ、とばかりに、椅子を少し横へとずらしてくれます。



 わたくしは、視線だけでアルジャーノンさんにお礼を言い、静々と前へ進み出ました。



「な……っ!」



 ライオンさんの耳と尻尾が、ぴーんと立ち上がります。普段は鋭い眼光も、今は驚きに丸くなりました。わたくし達が求めているリアクションそのものです。うふふ。




「どうよどうよ、はんちょ。驚いた? 凄くない? 可愛くない?」



 ちょこまかと纏わり付くリッキーさんに、レオン班長は全く反応しません。ただただ、わたくしを見つめています。



 かと思えば、ゆーっくりとその場にしゃがみ込みました。そうして、ゆーっくりと、こちらへ腕を伸ばします。ゆーっくりとわたくしを抱き上げ、そのまま掲げるようにして、わたくしを見つめました。

 わたくしも、レオン班長を見つめ返します。



 ……瞬き一つしないレオン班長が、少々心配になってきました。

 そこまで驚いて頂けて、こちらとしては嬉しいのですが、反面、予想を遥かに超えた驚き方をされると、こうも反応に困るものなのですね。知りませんでした。




『レオン班長? レオン班長。おーい』



 前足を振ってみるも、レオン班長は微動だにしません。信じられないものを見るかのような眼差しで、わたくしを凝視するのみです。



 仕方ありません。レオン班長が聞いて下さっているかは分かりませんが、取り敢えずわたくしの目的を果たしてしまいましょう。



 わたくしは、


『こほん』


 と喉を整えると、未だ呆然とされるレオン班長に、微笑み掛けました。




『レオン班長。わたくしは本日より、シロクマ改め、パンダのシロとなりました。短い間ですが、どうぞよろしくお願い致します』




 そう自己紹介をしましたら、ライオンさんの耳が、徐にぴくりと揺れました。




 かと思えば、パンダさん柄に染めて頂いたわたくしの体を、ぎゅっと抱き締めます。




 そのまま、動かなくなりました。



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