15‐3.整備士と医官の悪だくみ



   ◆   ◆   ◆



“――と、いうわけで、ぬいぐるみに嫉妬するシロは可愛かったが、嫉妬される側のレオンは、すこぶる気持ち悪かった”



 夕食には少し遅い時間帯。

 アルジャーノンは、特別遊撃班の専用船内にある食堂で、リッキーと向かい合って座っていた。時折コーヒーを啜りながら、スケッチブックに描いた絵を、まるで紙芝居のようにリッキーへ見せていく。



“しかも、必死で気を惹こうとするシロを前に、尻尾をこれでもかと振っているんだぞ? にやけそうになる顔も堪えて、無駄に厳めしい表情を作ったりするんだ。シロが顔面にしがみ付いてきた時など、己の愛され具合に笑いが止まらず、本当に気持ち悪かった”



 と、アルジャーノンがページを捲ると、本当に気持ち悪かった瞬間のレオンの絵が現れる。



 途端、リッキーは摘まんでいたサンドイッチを口から離し、


「うーわー」


 と生温い眼差しを、スケッチブックへと向けた。




「はんちょったら、浮かれてるねぇ」

“全くだ。まぁ、気持ちは分からなくもないがな”

「まぁねー。そりゃあ俺だって、シロちゃんが『コシロちゃんを見ないでっ! 私だけを可愛がってっ!』って感じで纏わり付いてきたら、嬉しさのあまりにやにやしちゃうかもしれないけどさぁ」

“だが、もう少し己の顔の造りを考えてからやって貰いたい”

「本当だよねぇ。見せられるこっちの気持ちにもなれよ、って話だよぉ。何が悲しくて、眉なしマフィアのデレデレ顔を見なきゃなんないんだっつーの」



 その通り、とばかりに、アルジャーノンは深く頷く。



“けれど、それはそれとして、ぬいぐるみ自体はとても良い出来だと思う。見た目も手触りもかなりシロに近い。あれならば、ジャスミンもきっと喜ぶだろう”

「あ、本当ー? 良かったー、材料にこだわった甲斐があったよー。ま、一番は詰め物が良かったからだと思うけどねぇ」

“毛を提供してくれたシロには、本当に感謝している”

「あれ、いいよねぇ。俺も頑張ってシロちゃんの毛を集めようかなぁ。そうしたら、極上の枕が作れそうだし」

“だが、枕にするには、相当な量が必要になるんじゃないか? ぬいぐるみ分でも、集めるのにそれなりの時間が掛かったぞ”

「でも、お昼寝用って割り切れば、案外いけるかなーって。もしくは、ポイント使いにするとかさ」



 成程、と、アルジャーノンは、軽く首を上下に揺らした。



“そういえば、レオンもシロの毛で作ったクッションが欲しいなどと言っていたぞ”

「えー、はんちょもぉ? 別にいらないじゃーん。シロちゃん本体がずーっと傍にいるんだからさぁ」

“私もそう指摘したんだが、それとこれとは話が別らしい”

「どうせあれでしょー? またシロちゃんに嫉妬されたいだけでしょー?」

“その可能性は、非常に高い”



 リッキーは、やってらんねぇなぁ、と言わんばかりに溜め息を吐くと、徐に頬杖を付いた。



「はんちょったら、最近ちょっと調子に乗ってるんじゃなーい? この前だって、シロちゃんが出撃していったはんちょを心配したり、戦うはんちょの映像を見て一緒に暴れたりしてたよーって教えてあげたら、ちょっと得意げにしてたしさー」

“その後も、度々腹の立つ顔で、私達を見ていたぞ”

「むかつくよねぇー。自分がシロちゃんに愛されてるからって、自慢してるのかなー? してるんだろうなー、あれ。はぁー、ほーんとむかつく。意地悪しすぎて、シロちゃんに愛想付かされればいいのになー」

“同感だな。せめて痛い目は見て欲しい”

「ねー」



 リッキーは、幼く見える顔を顰めながら、サンドイッチを頬張った。




 かと思えば、目を大きく見開く。




「あ、ねぇアルノン。俺、今いいこと思い付いちゃった」

“一体どうしたんだ?”

「これこれ」



 と、ピンク色のつなぎのポケットから、掌サイズの瓶を取り出す。



「ジャジャーン。こちらにありますのはー、例え海水に打たれまくっても消えないインクでーす。お肌に優しい材料を配合して作ったんでー、人間は勿論ー、動物の皮膚に触れてもー、まーったく問題ない代物でーす」



 リッキーは、にんまりと唇を歪めた。




「これでさぁ、寝てるはんちょにぃ、ちょーっといたずらしちゃうっていうのはぁ、どうかなぁアルノーン?」




 アルジャーノンも、ドラゴンの尻尾を揺らして、意味ありげに口角を持ち上げる。




“とてもいい案だと思うぞ、リッキー”




 リッキーは、


「だよねぇー」


 と、それはそれは楽しげに喉を揺らした。それから、サンドイッチを口の中へ放り込む。




「じゃあ、いつ頃決行するー?」

“やるなら早い方がいいだろう。浮かれてくれている方が、こちらとしてもやりやすいからな”

「そうだねぇ。はんちょって、特別遊撃班の班長やってるだけあって、結構気配に敏感だもんねぇ」

“だが、今ならば油断してくれているに違いない”

「なら、いっそ今夜にしちゃう?」

“全く問題ない”



 二人は顔を見合わせると、目元と唇へ一層きつい弧を描いた。

 そうして、今夜起こるであろうレオンの悲劇と、明日の朝に見れるであろうレオンの反応に、含み笑いを零したのだった。



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