15‐2.訴えます
“私とシロが本部を離れて、会えなくなったからな。ジャスミンが、少々不貞腐れているらしいんだ。だから、このシロにそっくりなぬいぐるみをプレゼントすれば、少しは機嫌も直るだろう”
初めて聞くお話に、わたくし、耳がぴんと立ってしまいました。
次いで、胸に渦巻いていた不快な気持ちも、一気に吹き飛びます。
『あらあら、そうだったのですか。そちらのぬいぐるみは、ジャスミンさんの為に用意したものだったのですね』
わたくし、少々勘違いしていたみたいです。てっきりストーカーの所業かと引いておりましたが、そうですか。ジャスミンさんが関係しているのならば、仕方ありませんね。なんせジャスミンさんは、わたくしをとても気に入っていましたもの。お昼寝の時など、わたくしのお尻にお顔を埋める程でした。
そんなジャスミンさんを喜ばせる為に、ジャスミンさんが好きなわたくしの毛を集め、わたくしそっくりなコシロさんを制作したと。成程成程。
とすると、コシロさんをスケッチしたり、撮影したりしていたのも、プレゼントすることと何か関係があったのでしょうか? もしや、記録でも取っていたのですか? それとも、他の方との兼ね合いを見ようとしていたのですか? そうですよね。似たようなものを贈っては、お互い気まずいですものね。
『それなのにわたくしったら、早とちりしてしまって。申し訳ありません、アルジャーノンさん。失礼な態度を取ってしまいました』
ギアーと謝れば、アルジャーノンさんは、気にするな、とばかりにドラゴンさんの目を優しく細められました。
ありがとうございます、アルジャーノンさん。そして、申し訳ありませんでした。犯罪者予備軍だと勘違いして、誠に申し訳ありません。
「……本当、よく出来てんな」
レオン班長は、わたくしを抱えながら、机の上に座るコシロさんを眺めます。お顔を近付けたり、わたくしとコシロさんを見比べたりしました。
“見た目だけでなく、触り心地もシロによく似ているぞ”
レオン班長は、軽く鼻を鳴らすと、徐にコシロさんを触ります。頭を撫でたかと思えば、わたくしの頭を撫で、またコシロさんの体を撫で、わたくしの背中を撫で、と交互に触っては、比較しているようです。
……心なしか、コシロさんを撫でる時間の方が、長い気がするのですが……。
もやっとしたものが、わたくしの胸によぎります。思わず、コシロさんを触るレオン班長の腕を、前足で掴んでしまいました。
ん? とばかりに、レオン班長はこちらを振り返ります。
『レオン班長』
わたくしは、にっこりと微笑み掛けました。
『そろそろお部屋へ戻りませんか? あまりこちらに長居をしては、アルジャーノンさんも困ってしまうでしょうからね。さぁさぁ、早く行きましょう』
レオン班長の腕を揺らしながら、ギアーと促します。
レオン班長は、しばしわたくしを眺めました。それからライオンさんの耳を一つ揺らし、かと思えば、お顔をコシロさんの方へ戻してしまいます。
わたくしの抜け毛が詰まった体を、また撫で始めました。
『……聞こえなかったのですか、レオン班長。わたくしは、早くお部屋へ帰りましょうと言ったのですよ? 医務室には、もう用事などないでしょう?』
レオン班長の腕を、ほんの少しだけ強く引っ張ります。しかし、レオン班長の手は止まりません。
『わたくしを迎えにくる為に、こちらまでいらっしゃったのですよね? ならば、既に目的は達成されましたよ。わたくし、しっかりお迎えされました。抱っこまでされています。これ以上やることなどありませんよね? そうですよね? ね?』
逞しい二の腕を、前足で軽く叩きます。ギアーと訴える声も、少しだけ大きくしました。
それでもレオン班長は、コシロさんを構い続けます。わたくしを放って。
図らずとも、わたくしのお口は、むむむっと曲がっていきます。
『レオン班長。レオン班長ったら。ねぇ、ちょっとっ。何故コシロさんばかり可愛がるのですかっ。何故わたくしを蔑ろにするのですっ。わたくし、良い子でお留守番していたのですよっ? アルジャーノンさんにご迷惑をお掛けしないで、レオン班長のお帰りをこちらで待っていたのですっ。その辺りを評価して下さっても良いのではありませんかっ?』
レオン班長の腕から肩に掛けてを、ペチペチと叩きます。けれど、全く反応が返ってきません。ただただ、楽しそうにコシロさんを触るばかりです。
むむむ……っ。
『なんですかなんですかっ。浮気ですかレオン班長っ。わたくしというペットがありながら、別のシロクマにかまけるのですかっ。わたくしの方が素晴らしいもふもふですよっ! ほらっ、触ってみて下さいっ! 全然違うでしょうっ?』
レオン班長の顎へ、うりうりと額を擦り付けます。ついでに首へしがみ付き、これでもかとわたくし自慢の毛並みを堪能させてやりました。
なのに、レオン班長は、一向にわたくしを見ません。
視線は、コシロさんにのみ向かいます。
『もうっ、何故分かって下さらないのですかレオン班長っ! コシロさんもコシロさんですっ! あなたはジャスミンさんのお家の子になるのでしょうっ? ならばそちらのご家族を大事にして下さいっ! わたくしの領分まで犯すなど、許しませんよっ!』
元はわたくしの抜け毛だったとは言え、今はもう別個体のシロクマです。わたくしの妹分と言っても良いでしょう。
妹ならば妹らしく、姉であるわたくしを立てるべきではないのですか? そういった礼儀をきちんとわきまえていなければ、立派な淑女にはなれませんよ。それどころか、女社会で生きていけませんからね。
女を敵に回したら怖いですよ? 下手したら村八分ですよ、村八分。そのような仕打ちを受けたくなければ、即刻己の振る舞いを悔い改めなさい。姉からの有難い助言ですからね。いいですねっ。
『それよりも、レオン班長っ! いい加減わたくしを見て下さいっ! ほらっ、あなたの可愛いペットですよっ? 手触り抜群ですよっ? これ程貞淑で賢いシロクマなど、滅多にいないのですからねっ? 唯一無二の存在なのですから、もっと大切に――って、言っている傍からコシロさんを抱っこしないで下さいよっ! 既にわたくしを抱えているでしょうっ! もうもうっ、これ以上コシロさんに構ってはいけませんっ! わたくしだけを見て下さいっ! ねぇっ、レオン班長っ! レオン班長ったらぁぁぁぁぁーっ!』
ギアァァァァァーッ! というわたくしの叫び声が、辺りに響き渡ります。明らかに異常事態だと分かる声色です。
それでもレオン班長は、わたくしを無視し続けます。
あまりの仕打ちに、わたくし、怒りと悲しみで一杯です。
『こうなったら、最終手段です……っ!』
わたくしは、一生懸命レオン班長の体をよじ登り、顔面に抱き着いてやりました。強制的に視界を塞ぎ、コシロさんへ傾いていた意識を、わたくしへと引き寄せます。
お腹の下でレオン班長が何か言っていますが、聞こえないふりです。コシロさんを手放すまで、わたくしは絶対に退きませんからねっ。ふんだっ。
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