15‐1.そっくりさんです
最近、医務室に預けられますと、必ずと言って良い程、アルジャーノンさんにブラッシングをされます。
いえ、ブラッシング自体は、別に構わないのです。心地良いですし、わたくし自慢の白い毛が、更に艶々のふかふかとなりますので、寧ろ進んでやって頂きたいとさえ思っています。
ですが、どうしても気になることがございます。
何故アルジャーノンさんは、ブラシに付いたわたくしの抜け毛を、集めているのでしょうか。
しかも、何故集めた毛を綺麗に洗い、干し、乾燥させているのでしょうか。
医務室の片隅に積み上がっていくわたくしの毛入り袋に、疑問を覚えずにはいられません。
もしやアルジャーノンさんは、わたくしのお尻だけに留まらず、毛にも魅力を感じるようになったのでしょうか。わたくしがいない時にもふもふと触って、一人楽しまれているのでしょうか。
もしそうだとしたら、アルジャーノンさんとの付き合い方を、少々考え直さなければなりませんね。わたくしの抜け毛を愛でるなんて、まるで漁ったゴミを持って帰るストーカーのようではありませんか。流石のわたくしも、犯罪者予備軍な性癖までは許容出来ませんよ。
なんて、密かに
ある日、医務室を訪れましたら、積み上げられていたわたくしの毛入り袋が、忽然と姿を消していました。
代わりに現れたのは。
『……ぬいぐるみ、ですか?』
わたくしよりも一回り小さなシロクマのぬいぐるみが、目の前に座っています。本物そっくりです。
というか、わたくしにそっくりな見た目をしています。使われている布も、わたくしの白い毛皮そっくりです。よく見つけてきたと称賛したい位に似ています。
しかし……何故このような所に、シロクマのぬいぐるみが?
はて、と小首を傾げていると、アルジャーノンさんが、徐にぬいぐるみを持ち上げました。表面を撫で、胴体部分を軽く揉みます。それから、わたくしの毛を手で梳き、またぬいぐるみの表面を撫で、軽く揉み、またわたくしの毛を梳き、と繰り返します。
しばしわたくしとぬいぐるみの手触りを確認していたかと思えば、アルジャーノンさんは、ゆっくりと頷きました。どこか満足げに、ドラゴンさんの羽を開閉しています。お口の端も緩めて、完璧だ、と言わんばかりです。
……もしや、とは思いますが。
そちらのぬいぐるみ、中身がわたくしの抜け毛ではないでしょうね?
いえ、まさか、そのようなわけが、と思う反面、そうとしか思えない自分がいます。でなければ、これまで集められたわたくしの抜け毛は、一体どこへ行ったというのでしょうか? 寧ろ、ぬいぐるみの中身になったと説明された方が、余程納得がいきます。
それに、以前リッキーさんがおっしゃっていました。パトリシア副班長は、幼馴染のルーファスさんの抜け毛を使って、クッションなどの制作を依頼してくると。
つまり、あちらのぬいぐるみも、そういった経緯で作られたものなのではないでしょうか。
どちらにせよ。アルジャーノンさんとの付き合い方を、本格的に考え直さなければならないようです。
乙女の抜け毛を勝手に集めた挙句、何の断りもなしにぬいぐるみの中身として使用したのですもの。いくらわたくしがシロクマの子供とはいえ、流石に良い気分はしません。
わたくしは、アルジャーノンさんからさり気なく距離を取りながら、医務室の片隅に設置されたアスレチックで遊びます。
程良い所で休憩を取りつつ、アルジャーノンさんの動向に気を配りました。わたくしのお尻を追い掛けてくるようであれば、いよいよ身の危険を覚える所ですが、本日は少々違うようです。
わたくしではなく、シロクマのぬいぐるみを、スケッチしています。
更には、珍しく撮影機まで使っていました。被写体は、勿論ぬいぐるみです。机の上に置いたシロクマのぬいぐるみを、様々な角度から撮っていきます。
……何故でしょう。
わたくし本体を狙われるのは嫌ですが、わたくしから抜け落ちた毛入りのぬいぐるみを愛でられるというのも、それはそれで腑に落ちません。
確かに、そちらのぬいぐるみは、可愛らしいと思いますよ? 本物そっくりで、触り心地も良さそうです。クオリティの高さから察するに、恐らく製作者はリッキーさんでしょう。流石はシロクマを女として見ているだけあります。
しかし、ですね。あくまでそちらは、ぬいぐるみなのです。動くことも、声を発することもございません。抱き締めた所で温かくもなく、柔らかさも本物のシロクマとは雲泥の差なのです。
なのに、本物であるわたくしを放っておいて、わたくしの毛を使ったにすぎないぬいぐるみにばかりかまけるというのは、いかがなものでしょうか。
なんですか。そんなに偽物のシロクマが良いのですか。遠慮なくお尻を撫で回せるからですか。だからわたくしからぬいぐるみに乗り換えたのですか。
『……まぁ、別に、いいですけれどね。アルジャーノンさんなど、せいぜい偽物のお尻で満足していればよろしいのです。ふんだ』
わたくしは、ぷりぷりとお尻を揺らしながら、休憩用のソファーによじ登ります。時折視線を感じましたが、無視です、無視。真贋も分からぬ方のお相手をして差し上げる程、わたくしも優しくはないのです。
はぁー、早くお迎えがこないですかねぇ、と溜め息を吐きながらふて寝していると、不意に、医務室の外から、足音が聞こえてきました。
近付いてくる音に振り返れば、丁度部屋の扉が開きます。
現れた強面に、わたくしは素早く起き上がりました。飛び降りるようにして休憩用のソファーから下りると、駆け寄ってお出迎えします。
『お疲れ様です、レオン班長。お待ちしていましたよ』
尻尾を振って歓迎すれば、レオン班長はその場にしゃがみ、わたくしを撫でて下さいました。なんだか本日は、いつもより一層心地良い手付きです。わたくしは、思わずレオン班長の手を抱き締めてしまいました。
「くく、なんだよ、シロ。今日は随分と甘えただな」
『えぇ、そうなのです。わたくしは今、とてつもなく甘えたい気分なのです』
「そんなに待たせたか?」
『待ちましたよ。とっても待ちましたとも。さぁさぁ、早くお部屋に戻りましょう。長居は無用ですよ、レオン班長』
ギアーギアーと纏わり付いていると、レオン班長はわたくしを抱きかかえて下さいました。落ち着けとばかりに、背中をぽんぽんと叩きます。それだけで、あっという間に心が穏やかになりました。
わたくしは目を瞑り、レオン班長へぺったりとくっ付きます。そうして、レオン班長の体温を、全身で感じました。
「……あ? 何してんだ、アルジャーノン?」
レオン班長は、わたくしを抱えたまま、アルジャーノンさんに近寄ります。
アルジャーノンさんは、シロクマのぬいぐるみから、レオン班長へと視線を移しました。
“リッキーに頼んでいたぬいぐるみが、ようやく完成したんだ”
「あぁ。あのシロの毛をどうのこうのって奴か?」
“そうだ。名前は、コシロと言うらしい”
コシロさん、ですか……見た目だけでなく、名前までわたくしに似ているだなんて、なんだか一層気に入りませんね。
わたくしは、図らずともコシロさんを睨んでしまいました。淑女としてはしたないと思いつつ、どうしても気持ちを抑え切れません。
“思っていた以上の出来で、ほっとしている。これならば、きっとジャスミンも喜ぶだろう”
……え? ジャスミンさん、ですか? アルジャーノンさんの妹さんの?
一体、どういうことでしょう?
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