14‐3.応援します



「お、案外綺麗に映ってるじゃん。でも、結構ブレるなー。まぁ、通信機にレンズ仕込んだから、しょうがないっちゃーしょうがないか」

“リッキー。これは一体、どういうことだ?”



 アルジャーノンさんは、ドラゴンさんの尻尾を一つ揺らして、リッキーさんを振り返ります。



「これはねぇ、カフス型通信機に仕込んだレンズを通して、遠くの映像を見れる、っていう機械なんだ。まだ試作段階なんだけど、思ったよりも上手くいったみたい」



 リッキーさんは、満足気に音量やアンテナの位置を調節していきます。そうすると、音や映像の鮮明さが増し、一層生々しくなりました。

 舞い上がる埃、飛び散る血、痛々しい打音、悲鳴、怒号などなど、戦場の空気感や緊迫感が、恐ろしい程伝わってきます。あまりの臨場感に、わたくし自慢の白毛が、ぶわわっと逆立ちました。



『リ、リッキーさん。リッキーさんの技術が凄いということは、よく分かりました。えぇ、とても素晴らしい腕前です。まさか、このようなものまで作ってしまうとは思いませんでした。しかし、ですね。こちらの映像は、わたくしにはまだ早いと申しますか、少々刺激が強すぎるかと思うのです。ほら、わたくし、荒事とは無縁の淑女ですから。こういったバイオレンスなものは、得意ではないを通り越して、最早苦手なので――ひぃっ!』



 突如映像に飛び込んできた、凄まじい形相で雄たけびを上げる男性。

 武器を振り上げながらこちらへ駆け込んでくる姿に、わたくし、思わず飛び跳ねてしまいました。わたくしを抱えるリッキーさんの手に、しがみ付きます。



「あー、大丈夫大丈夫。今見てる映像は、ぜーんぶ向こうの船で起こってることだからね。シロちゃんに襲い掛かったり、怒鳴ってきたりしないからね。怖くないよ。平気平気」



 それよりも、と、リッキーさんは、わたくしをぽんぽんと叩きます。



「ほらほら、見てごらんシロちゃん。これは、はんちょの通信機で撮ってる映像なんだ。つまり、はんちょが今見てる景色ってことね。ほら、たまにはんちょの顔とか体の一部とかが、少しだけ映るでしょ?」



 リッキーさんに促され、わたくしは、恐る恐る映像を見やります。

 い、言われてみれば、確かに見覚えのある横顔や、髪、手などが、ちらちらと見切れています。成程。こちらの映像は、正真正銘、レオン班長が今正に見ている景色なのでしょう。



 こんなに恐ろしいものを間近で見るだなんて、レオン班長は大丈夫でしょうか? わたくしと同じく、恐怖で震えてはいないでしょうか?



 そんなわたくしの心配を余所に、レオン班長は突撃してきた相手へ、無言で拳を叩き込みました。続けて、無言のキックを繰り出します。他の班員さんに負けず劣らずな暴れっぷりです。一瞬でも、レオン班長が怯えているのでは、と思ってしまった自分が恥ずかしいレベルでした。




「見て見て、シロちゃん。レオンはんちょ、頑張ってるねー。シロちゃんの為に、悪い人を一杯やっつけてるんだよー。凄いねー」

『え、えぇ。本当に、凄いですね。想像以上です』



 しかもレオン班長は、武器を一切使っていません。両手にはグローブを嵌めておりますが、そちらは攻撃の為というよりは、手の保護の為に使用しているようです。拳と蹴りだけで、相手をばったばったと蹴散らしていきます。



「シロちゃんも、はんちょを応援してあげな。はい、フレーフレーレオンパパー♪ 頑張れ頑張れレオンパパー♪」

『え、あ、フ、フレー、レオン班長ー。頑張れー、レオン班長ー』



 リッキーさんにつられて、取り敢えずギアーと応援しておきます。

 すると、わたくし達の想いが届いたのか、一段と強烈なパンチが相手に決まりました。続けて迫る相手も、次々と吹き飛ばします。まるで、物語を見ているかのような鮮やかさと爽快感です。



 あまりの強さに、わたくしの口から自ずと歓声が飛び出しました。先程までの恐怖心は段々と薄まり、代わりに興奮や高揚感がわたくしの体を満たしていきます。

 応援にも熱が入り、ついつい前足に力が籠ってしまいました。




『いけっ、レオン班長っ! そこですっ! パンチですパンチッ!』

「おぉ? なんか、シロちゃんが凄い興奮してるんですけど。どうしたどうしたー?」

『あぁっ、レオン班長危ないっ! ひゃあっ!』

“今、レオンの動きに合わせて、相手の攻撃を避けたな”

『ぐぬぬぬ、何をするのですかっ! 二人掛かりだなんて卑怯ですよっ! えいえいっ、このこのっ!』

「あ、今度は前足を振り回し始めた。あれかな? はんちょを守ろうとしてるのかな? それとも、はんちょが戦ってる姿を見て、野生の本能が刺激されたとか?」

『食らいなさいっ! シロクマキーックッ!』

 ”どちらもあり得るな。だが、レオンを守ろうとしている、ということにしておいた方が、レオンは喜びそうだ”

『えいやぁぁぁぁぁーっ!』

「そうだねぇ。後ではんちょに教えてあげよーっと。ついでに写真も撮っとこーっと」

“なら私は、大暴れするシロでも描いておくか”



 視界の端で、リッキーさんが何やら小型撮影機を構えています。アルジャーノンさんも、ローアングルでスケッチを始めましたが、生憎構っている暇などございません。今、物凄く良い所なのです。華麗にかわしては相手を沈めていくレオン班長から、わたくし、目が離せません。




『ぃやったぁぁぁぁーっ! 今の見ていましたかリッキーさんっ? レオン班長が、ガッとやってバシッとした後、ドカンと吹き飛ばしましたよっ! しかも、続けてドドドドンと連打を繰り出してからの、グルンガツンですっ! 凄いですねアルジャーノンさんっ! レオン班長の勝ちですよっ! やりましたねっ!』



 万歳と前足を挙げて、戦いの凄まじさと、いかにレオン班長が格好良かったかを、一生懸命語ります。



 リッキーさんは、


「うんうん、凄かったよーシロちゃん。俺達ちゃんと見てたよー」


 と、小型撮影機のシャッターを何度も切りました。アルジャーノンさんも、何度となく頷きながら、スケッチブックへ鉛筆を走らせます。

 お二人の視線がレオン班長に向いていないのは些か疑問ですが、しかし、勝利の高揚感の前では些末なことです。



 わたくしは、己の内側から湧き上がる興奮をそのままに、第二ラウンドに突入したレオン班長へ、熱い声援をまた送り始めるのでした。



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