14‐2.心配です



 レオン班長の背中を見送ると、リッキーさんは空いたビーチチェアへ座ります。わたくしを膝に乗せたまま、カフス型通信機を指で弄りました。



『はい、こちらパトリシアです』

「あ、もしもーし。こちらリッキーでーす。今、はんちょが準備に入りましたー。多分、七十秒もしたら出発すると思いまーす」

『了解です。報告、ありがとうございます』



 パトリシア副班長は手短に答えるや、すぐさま通信を切りました。



「いやー、しかし、本当に珍しいねぇ。はんちょが率先して出撃するだなんて。久しぶりの海だから、ちょっとテンション上がってるのかな? もしくは、クライドたいちょのお説教がなくなって、開放感からはっちゃけちゃった的な?」

“両方ではないか? なんなら、両親と離れられる喜びのあまり、というのもあり得ると思うぞ”

「あー、ありあり。はんちょって、未だに反抗期ですーって感じだもんねぇ」

“お前も人のことを言えた義理ではないだろう”

「俺は違うよー。俺のは反抗期じゃなくて、ただ感性が合わないだけですぅー」

“それで勘当されていては世話がないと思うがな”

「いいんだよー。あんな可愛くない髭生やした頑固じじいなんか、こっちから願い下げだってーのぉ」



 べぇー、と舌を出し、リッキーさんはビーチチェアに凭れます。アルジャーノンさんは溜め息を吐き、スケッチブックへまた鉛筆を走らせました。




 しばらく三人で寛いでいますと、つと、バイクのエンジン音が聞こえてきます。低く唸るような音色に、わたくし達はデッキの端を振り返しました。



 ほぼ同時に、黒い大型バイクが、飛び出していきます。



 運転席には、ゴーグルを装着したレオン班長が乗っていました。



 海へ落ちていったかと思えば、凄まじいジェット噴射を奏でながら、海面を走っていきます。ライオンさんの耳と尻尾を靡かせて、不審船へと向かっていきました。




「おー、行った行った。案外準備早かったなー」



 リッキーさんは、すぐさま耳に付けた通信機を弄ります。



「あ、もしもーし、リッキーでーす。今レオンはんちょが出陣しましたー。あの勢いだと、三十秒もあれば向こうに到着すると思いまーす」

『了解です。もし他に異変や気付いたことがあれば、随時報告をお願いします』

「はいはーい、了解でーす」



 パトリシア副班長との通信を終えると、リッキーさんは双眼鏡を取り出し、観戦モードに入りました。

 アルジャーノンさんは、変わらずわたくしのお尻をスケッチするおつもりのようです。班員の皆さんが交戦中だというのに、全くもって気にされていません。



 反対にわたくしは、水飛沫を上げて遠ざかるレオン班長から、目を離せずにいました。



 レオン班長ならば大丈夫だと思う反面、どうにも不安が拭えません。なんせわたくしの知るレオン班長は、わたくしを愛でて下さるか、執務室でお仕事をしているか、クライド隊長に叱られているかのいずれかなのですもの。そのような姿ばかり見ているからか、きちんと戦えるのか、返り討ちに合わないか、心配で堪りません。



「あれ、どうしたのシロちゃん? なんか落ち着きないねぇ。もしかして、はんちょが傍にいなくて、不安になっちゃった?」

“もしくは、レオンのことが心配なのではないか? シロは、レオンが戦う所を見たことがないだろう”

「あー、あり得るー。はんちょったら、シロちゃんを飼い始めてから、ずーっと戦闘サボってたもんねぇ。犯罪者の相手をする暇があるなら、シロちゃんを撫でてるーみたいなこと言ってさぁ」

“まぁ、元々戦闘員は足りているからな。レオンがいなくとも、何の問題もない”

「それに万が一の時は、アルノンが衝撃波吐けばいいもんね。だから、大丈夫だよシロちゃん。はんちょはすぐに帰ってくるからねー」



 お二人は、わたくしを安心させようと、至極明るく話し掛けて下さいます。その心遣いは大変ありがたいのですが、やはり心配なものは心配です。しかも、わたくしが特別遊撃班でお世話になってからは戦闘に参加していない、とのことですので、それなりにブランクもありましょう。勘が鈍っていないでしょうか。怪我をしないと良いのですが。



「うーん、駄目だねぇ。シロちゃん、全然落ち着いてくれないねー。本当に大丈夫なんだけどなぁ」

“理解しろと言った所で、そう上手くはいかないだろう”

「だねぇ。シロちゃん、まだ子供だもんねぇ。パパが不審船に突っ込んでいったら、そりゃあ不安にもなるかー」



 んー、とリッキーさんは、しばし首を傾げます。

 かと思えば、唐突に手を叩きました。



「あ、いいこと思い付いちゃった」



 そう言うと、リッキーさんはわたくしをアルジャーノンさんに託し、どこかへ行ってしまいました。しかし、一分もしない内に戻ってきます。

 腕には、なんだかよく分からない四角い機材と、スピーカーとアンテナのようなもの、そして、リモコンを抱えていました。



「これを、こうしてーっと」



 四角い機材へ、手際良くアンテナとスピーカーを繋げると、リッキーさんは機材を近くの壁へと向けます。わたくしとアルジャーノンさんが見守る中、リモコンを弄りました。



「えー、レオンはんちょの識別番号を入力してぇー……ほいっと」



 リモコンのボタンを、四角い機材へ向けて、ぽちっと押します。




 途端、ブワン、と音を立てて、機材が起動しました。




 機材から光が放たれたかと思えば、壁に何かが映し出されます。

 スピーカーからも、音が流れ出てきました。




『――おらぁぁぁっ! 掛かってこいやぁぁぁーっ!』

『――食らえぇぇぇっ! ぶっ飛ばすぞこらぁぁぁーっ!』

『――そっち行ったよっ! 逃がすんじゃないよあんた達っ!』




 何やら争っているような雰囲気がします。壁に映し出されたものも、徐々に鮮明になってきました。




『……まぁ』



 わたくし、思わず目を真ん丸くしてしまいました。



 壁にはなんと、生き生きと暴れている特別遊撃班の班員さんの姿が映っているではありませんか。



 しかも、ドッカーン、と爆発音が奏でられると同時に、デッキから見える不審船からも、ドッカーンと火花が上がります。




 もしや、こちらの映像は、所謂生中継という奴ではないでしょうか?



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