14‐1.本部を出発です



 本日、特別遊撃班の船は、海上保安部の本部より出航しました。

 また数か月程、海の上を進みながら、不審船などがないか巡回をしていきます。



 久しぶりの海上に、特別遊撃班の班員さん達は、明らかに浮足立っていました。わたくしも、潮の匂いやカモメさんの鳴き声に、なんだか心が躍ります。地面が常に揺れている感じにも、懐かしさと親しみを覚えました。わたくし、案外海の女だったようです。

 楽しさのあまり、食欲も普段の二割り増しで旺盛です。




『はぁー、美味しいっ。潮風を浴びながらのミルクは格別ですっ』



 デッキに置かれたビーチチェアで寛ぐレオン班長に抱えられながら、哺乳瓶に入ったミルクを景気良く吸っていきます。

 海の上だからか、心なしか普段よりも美味しく感じます。レオン班長のお胸を揉む前足も、気持ちの高揚に合わせて力強さを増していきました。



「美味いか、シロ?」

『はいっ、最高ですよレオン班長っ』



 ギアーッ、と元気良くお返事をすれば、レオン班長は、口角を片方だけ持ち上げます。

 レオン班長も、久しぶりの海にご機嫌なようです。にやりと笑うお顔は、いつにも増して迫力満点です。何故でしょうね。ただ笑っただけですのに、悪だくみをする悪の組織のボスのようになってしまうのは。やはり眉毛がないからでしょうか。



 まぁ、何にせよ。中身は見た目程悪い方ではございません。わたくしを大変可愛がり、大切にして下さる、ただのもふもふ愛好家です。わたくしがこのようにお胸を揉んでも、決して怒りません。

 素敵な方に拾われて、わたくしは幸せです。感謝の念で一杯です。



 ですが、一つだけ、どうしても気になることがございます。



 レオン班長、もしやまたお仕事をさぼっているのですか? 先程からカフス型通信機が、ずーっとピーピー鳴っていますよ?




「おーい、はんちょー」



 どこからともなく、リッキーさんが現れます。緑色に染め直した髪を靡かせながら、ビーチチェアに寝そべるレオン班長の元へ近付いてきました。そうして、


「パティちゃんがお呼びだよー」


 と、ライオンさんの耳に装着されている通信機のボタンを、無断で押します。



 途端、通信機から、非常に低い声が、流れ出てきました。



『パトリシアです。呼び出しの通信位、速やかに出て下さい。それから、シロクマの餌をやるのに随分と時間が掛かっているようですが?』

「……用件は」

『一時の方向に、不審船を発見。応答はありませんが、攻撃の意志は有り。現在大砲を向けながら、こちらへ向かってきています。どうしますか?』

「いつも通りに処理しろ」

『了解です。レオン班長は、どうされるのですか? 出撃されますか?』



 すると、レオン班長は、しばし口を閉ざしました。ミルクを飲むわたくしを、見下ろします。



「……シロがミルクを飲み終わったら、行く」



 あら、珍しい。

 わたくしは、思わず口を止めました。哺乳瓶の吸い口を咥えたまま、レオン班長を仰ぎ見ます。



『指揮はどうされますか?』

「お前に任せる」

『了解です。では、そのように』



 通信が途切れ、数拍後、全体放送が掛かりました。



『総員に連絡。一時の方向に、不審船を発見。これより制圧します。各自九十秒で準備を整えて下さい。繰り返します。一時の方向に――』



 ひゃっはーっ、と声を上げて、班員さん達がデッキを駆け抜けていきます。出発早々の出撃に、大はしゃぎです。船内へ戻っては、各々武器なり装備なりの用意を始めました。



 騒がしい空気とパトリシア副班長のカウントダウンが入り混じる中、わたくしは変わらずミルクを飲み続けます。レオン班長も変わらずわたくしにお胸を揉まれていますし、リッキーさんはそんなわたくしとレオン班長を眺めています。

 アルジャーノンさんも、実はすぐ傍にいました。ビーチチェアの脇に座り込んで、ミルクを飲むわたくしのお尻を、只管スケッチしています。安定の上級者加減です。




『――五秒前……四……三……二……一……作戦開始』




 雄たけびと共に、大型バイクが一斉に飛び出していきました。凄まじいジェット噴射を利かせつつ、空中を走っていきます。



 バイク音が聞こえなくなったかと思えば、今度はドッカーンドッカーンと破壊音が鳴り響きます。不審船から火花や破片も上がりました。

 心なしか、不審船が壊れていくペースが、妙に速いような気がします。やはり皆さん、久しぶりの討伐に浮かれているのでしょう。




「おー、やってるやってる。今日の相手は、あんまり歯ごたえなさそうだねぇ」

“そうだな。あの様子なら、数分もすれば制圧完了するんじゃないか?”

「そうだねぇ、アルノン。下手したら、はんちょの出番ないんじゃなーい?」



 リッキーさんは、ちらとレオン班長を見ます。

 レオン班長は、何もおっしゃいません。けれど、ライオンさんの尻尾が、どことなく不機嫌そうにビーチチェアの座面を叩きました。毛のない眉も、心なしか力が籠っています。



『んぐ、待っていて下さいね、レオン班長。すぐに飲み終えますので。んぐんぐ』



 わたくしは、ミルクを飲むスピードを上げました。

 すると口の動きに合わせ、前足もいつもより早く動いてしまいます。図らずともレオン班長のお胸をこねくり回してしまい、大変申し訳ありません。



 ですがレオン班長は、わたくしを怒りも叱りもしません。ただ、


「もっと落ち着いて飲め」


 と宥めて下さるのみです。優しい方なのです。顔面は厳ついマフィアですが。




『んげふ』



 レオン班長に背中をぽんぽんされ、ゲップを促されます。淑女としましては、このように皆さんの目がある所でゲップなど、はしたないのでしたくはないのですが。しかし、以前我慢していたら医務室へ運ばれてしまったことがあるので、仕方なく出させて頂いております。



「シロ、腹一杯になったか?」

『はい、もうお腹はぱんぱんです。ご馳走様でした』



 ギアーと笑い掛ければ、レオン班長もにやりと口角を持ち上げます。それからわたくしの頭を一つ撫でると、ビーチチェアから立ち上がりました。



「リッキー」

「はいはーい」



 レオン班長は、わたくしと、わたくしに装着されたリードを、リッキーさんへと渡します。



「何かあったら、パトリシアか俺に連絡入れろ」

「はーい、了解でーす。いってらっしゃーい」



 リッキーさんは、わたくしの前足を掴むと、送り出すように振ってみせました。



 レオン班長は、ライオンさんの耳をぴこりと揺らし、踵を返します。心なしか尻尾も楽しげに波打たせながら、船内へと向かいました。



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