13‐6.見どころです



「どうしたのですか。こちらへきたということは、私へ渡すつもりだということでしょう。受け取ってあげますから、さっさと出しなさい」



 ずい、とパトリシア副班長は、更に手を突き出します。そうして、ガスマスク越しに圧力を掛けていきました。




 ルーファスさんは、しばし無言でパトリシア副班長の掌を見つめます。かと思えば、小さく溜め息を吐きました。鞄の中へ、手を入れます。



 一抱えもある麻の袋が、鞄から出てきました。

 ルーファスさんは、そちらをパトリシア副班長へと差し出します。



 パトリシア副班長は、麻袋を受け取ると、すぐさま中を確認しました。

 途端、あれ程刺々しかった雰囲気が、にわかに緩みます。

 一体ルーファスさんは、何をパトリシア副班長に渡したのでしょうか?




「あれはねぇ、ルーファスさんの抜け毛だよ」




 ……え、ぬ、抜け毛?




「パティちゃんって、ああ見えて実はもふもふ好きなんだよねぇ。いや、正確には、もふもふの匂いが好きなのかな? よく分かんないんだけど、兎に角パティちゃんは、ルーファスさんの耳とか尻尾とかに、抗いがたい魅力を感じてるみたいなんだ。なんで、本部に寄る度に、ああしてルーファスさんから抜け毛を貰ってさ。それで俺にクッションとか枕とかを作るよう頼んでくるの」



 ほ、ほーう。それは、なんと申しますか、中々の上級者ですね。



「けど当人としては、隠してるっていうか、気付かれてないって思ってるんじゃないかなぁ。毎回何の説明もなしに、『こちらを使って指定の品を作って下さい』って言ってくるし、何の動物の毛か聞いても、『あなたには関係のないことです』って絶対教えてくれないんだよ? まぁ、幼馴染の抜け毛ですー、なんて言いづらいのも分かるけどねー」



 そう言ってリッキーさんは、楽しそうに双眼鏡を覗いています。わたくしも相槌を打ちつつ、パトリシア副班長とルーファスさんを眺めました。




「……はい、確かに受け取りました」



 麻袋の口を閉じると、パトリシア副班長は踵を返します。



「では、用も済んだことですし、そろそろお帰り下さい。ご苦労様でした」



 と、コードレス掃除機をガオーンガオーンと掛けながら、船内に続く扉へ向かって歩き出しました。



「待て、パトリシア」



 そんなパトリシア副班長を、ルーファスさんが素早く呼び止めます。



「……なんですか。用事はもう終わった筈ですが」



 パトリシア副班長は、嫌そうに振り返りました。ですが、きちんと立ち止まってあげている辺り、ルーファスさんへの気安さを感じます。

 ルーファスさんも、平然としたお顔をしつつ、尻尾をまたばるんと振り始めました。パトリシア副班長が自分の話を聞いてくれて、きっと嬉しいのでしょうね。あまりの跳ねっぷりに、わたくしの視線もついつい生温くなってしまいます。



「その……いいのか?」

「……何がですか」

「だから、あれをだ」



 と、視線をつと、彷徨わせ始めました。尻尾も動きを変えます。ばるんばるん回っていたのが、今はそわそわと落ち着きなく右へ左へ揺れています。



 ルーファスさんは、何やら言いづらそうに口籠ると、若干眉を顰めました。それから腕を組み、そっぽを向きます。



「……いつものように、あれをせずとも、いいのかと聞いているんだ」



 すると、ルーファスさんの尻尾が、また動きを変えました。先端が何度も上下し、まるでパトリシア副班長を手招いているかのようです。



 パトリシア副班長の体が、防護服の下でぴくりと反応しました。



 ルーファスさんの尻尾から、目を離しません。




「おぉ、ようやく始まるかぁ」



 リッキーさんが、心なしか前にのめったような気がします。双眼鏡を覗き込むお顔も、どこか喜色が濃くなりました。



『リッキーさん。ようやく始まるとは、一体何がですか?』

「あ、シロちゃん。ここからは、より一層、しー、だよ? お願いね? でないと、一番の見どころを見逃しちゃうからね?」



 リッキーさんは、双眼鏡から目を離さずに、わたくしを撫でます。



 見どころ、という位ですから、これから何か楽しいものが見られる、ということなのでしょう。しかし現時点では、見当もつきません。リッキーさんは観戦モードに入っているのか、特に解説もしてくれません。思わせぶりなことを言って放置など、酷いです。



 理不尽さに少々腹が立ったので、取り敢えずリッキーさんの背中によじ登り、強制的にシロクマ式マッサージを行ってやろうと思います。




 さぁ、存分に喘ぎなさい。えいや。




「あぁんっ。ちょ、シ、シロちゃん。今は不味いよー。パティちゃん達に気付かれちゃうから、ちょっとの間、大人しくしようね?」

『わたくしに大人しくして欲しいのならば、きちんと説明をして下さい。でないと、背骨の両脇を解すように踏んでいきますよ? えいえい』

「あぁっ、だ、駄目シロちゃんっ。そこは駄目っ。気持ち良くなっちゃうからっ」

『ほらほら、どうですか。こちらが良いのですか? この右の肩の付け根が。随分とこっていますものねぇ。肉球越しでも、よーく分かりますよ。このこの』

「こんな所で、そんな、あぁん……っ」

『あらあら、いけませんねぇ。大きな声を出しては、パトリシア副班長に見つかってしまいますよ? そうしたら、とても不味いことになるでしょうねぇ。なんせパトリシア副班長は、気難しいお方ですから。出歯亀をされたと知ろうものなら、きっと烈火の如く怒るでしょう。リッキーさんとて、パトリシア副班長からのお説教は、受けたくありませんよね? ならば、早急にわたくしの願いを叶えて下さい』

「あ……う、あぁ……っ」

『わたくしの知りたいことをきちんと説明して頂けるのならば、すぐにでも背中から降りて差し上げますよ。さぁさぁ、どうするのですかリッキーさん? 早くしないと、わたくし、首回りも踏み始めますよ? 一流のもふもふで温めながら、優しく踏んでいきますよ? 良いのですか?』



 脅しを掛けつつ、丁寧に前足を動かしていきます。

 リッキーさんは、打ち上げられたお魚さんの如くぴちぴちしました。けれど、その動きは普段よりも数段小さいです。声も必死で押し殺し、懸命にわたくしを止めようとされています。



 しかし、そのようなことで止まるわたくしではございません。



 早う申せ、とばかりにリッキーさんの頭へ圧し掛かり、前足と後ろ足で、紫色をした髪ごと頭皮をこねくり回していきます。




『……む、いけません』



 つい調子に乗って、やりすぎてしまいました。




 わたくしは、リッキーさんのお顔を覗き込みます。

 リッキーさんは、頬を紅潮させながら、あふんあふんと蕩けておりました。淫靡な空気を纏っているように思えるのは、恐らくわたくしの気のせいでしょう。



 しかし、困りましたね。これではリッキーさんの言う『見どころ』が何なのか、全く分かりません。どうしましょう。



 むむむ、とわたくしは唸りながら、つとお顔を上げました。




 すると、視界に飛び込んできた光景に、目を見開きます。




 いつの間にかパトリシア副班長が、ルーファスさんの尻尾を抱えているではありませんか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る