13‐5.より一層面倒臭いです
「どうだ、調子の方は。仕事は順調なようだが、危ない真似はしていないだろうな?」
「していませんよ。そもそも私は前線に出ないのですから、危ないも何もありません」
「だが特別遊撃班は、犯罪者との遭遇率や交戦率が群を抜いているだろう。場合によっては、船自体を攻撃されることもあるんじゃないのか?」
「例えそうだったとしても、こちらの班員は攻撃に特化している者達が揃っていますので。怪我を負う暇もなく、敵は制圧されていきます」
「しかし、絶対に、とは言い切れない。そうやって油断した結果、痛い目を見るという可能性も」
「しつこいですね。大丈夫だと言っているでしょう」
「だが、パトリシア」
「だから、しつこいです。あなたは私の父親か何かですか」
ガスマスク越しに、盛大な溜め息が吐かれます。この時点で、特別遊撃班の班員さんならば、即刻謝罪をしていることでしょう。
ですが、ルーファスさんはけろっとしたお顔をしています。しかも、尻尾まで揺らしていました。何故先程のやり取りを行っておきながら、尻尾を振る余裕があるのでしょうか。信じられません。
「あの二人はねぇ、いっつもあんな感じなんだよ。ルーファスさんがあれこれ構って、それにパティちゃんが面倒臭そうに対応するの。今だって、早く帰れーって空気ばんばんに出してるし。なのにルーファスさんは、ぜーんぜん帰らないんだよねぇ。気にしてないっていうか、もう慣れちゃった感じ? まぁ、パティちゃんも、なんだかんだでちゃんと相手してあげてるわけだし、あれで案外上手くやってるんだよ、あの二人。面白いよねー」
ほぅほぅ、そうなのですか。わたくしは腹ばいのまま、デッキに佇むお二人を観察します。
確かに言われてみれば、パトリシア副班長は辛辣な言葉を返しつつも、あの場から離れる様子はありません。ルーファスさんと、きちんと対峙されています。
「ルーファスさんは、エルフと犬の獣人さんのハーフなんだ。ご実家同士がお隣さんで、小さい頃からパティちゃんと交流があったんだって。で、パティちゃんって、昔からツンツンしてたらしいよ。なんせ重度の潔癖症じゃん? 子供の頃は防護服も掃除機もなかったから、常に気が立ってたみたいでさ。近付く者は、例え親でも許さないタイプの子だったんだって。けど、そんなパティちゃんを前にしても、ルーファスさんは普通に接してたらしいんだよねぇ。多分、獣人さんの方の血が、そうさせてたんじゃないかな?」
獣人さんの方の血、ですか?
「ほら、獣人さんって、よく言えば大らかでマイペース。悪く言えば、空気読めない自分勝手さんじゃない? 勿論、全員が全員そうだとは言わないけど、でもそういう傾向にあるのは間違いないと思うんだ」
そう言われて、わたくしの頭の中に、ふとマティルダお婆様の姿が浮かびました。
ふむ、あながち否定は出来ませんね。
「で、そういう所があるから、ルーファスさんは、親でも手を焼いたパティちゃんに、今でもずーっと構い続けてるんだと思うんだよね。加えて、犬の特性っていうのかな。人懐っこいっていうか、飼い主とかボスに尽くす感じとか、そういうのもあるんじゃないかな」
リッキーさんの意見に、わたくしは、むむっと眉間を寄せます。
ルーファスさんが、人懐っこいですか? 先程のわたくしへの態度を見る限り、とてもそうは思えませんが。
「まぁ、ルーファスさんも難儀な血なんだよ。なんせ半分はエルフだからね。エルフは、パティちゃんを見てれば分かると思うけど、素直じゃないっていうか、プライド高いっていうか、極々面倒臭い感じの方々なわけ。で、そんな種族の血を引いてるルーファスさんは、人懐っこいけど素直じゃない、プライドが高くて空気読めないっていう、より一層面倒臭い感じになったと」
成程。そういうことでしたら納得です。特に、より一層面倒臭いという部分は、大いに賛同しましょう。
「でも、悪い人じゃないんだよ。多少言動があれな時はあるけど、でも尻尾を見れば、大抵のことは許せるっていうか、受け流せるっていうか、あー、はいはい、そうなんですねー、みたいな、そんな生温い気持ちになるっていうか」
生温い気持ちとは、一体どういった感情でしょうか。わたくしがまだ子供だからなのか、よく分かりません。
ですが、リッキーさんがこうして楽しそうにされているのですから、ルーファスさんが悪い方ではないというのも、あながち間違ってはいないのでしょう。
シロクマ菌扱いされた身としては、そう簡単には同意出来ませんが。
「あ、ほら見て、シロちゃん」
と、リッキーさんは、双眼鏡を覗き込みながら、若干身を乗り出しました。わたくしも、リッキーさんが見つめる先を、振り返ります。
「……なんですか。私の言うことが、それ程信用出来ないのですか」
パトリシア副班長が、
どうやら、わたくしがリッキーさんとお話している間、ずーっとルーファスさんにあれこれと心配されていたようです。思春期の娘さんの如き苛立ちに溢れた空気を、これでもかと溢れさせています。
「そうじゃない、パトリシア。私はただ、お前が心配なだけだ」
「それが大きなお世話だと言っているのです。私ももう子供ではないのですから、いい加減放っておいて下さい」
「放っておけるわけがないだろう。お前は目を離すと、何をやらかすか分からないのだから」
「例え私が何かやらかした所で、あなたには関係ありません」
「そうかもしれないが、しかし、やらかさずにいられるのならば、それに越したことはない。お前だって、この快適な環境から放逐されたくはないだろう?」
「……あなたは、私がそんなことも回避出来ない程の馬鹿だと思っているのですか?」
ガスマスク越しでも、分かります。
あれは間違いなく怒っています。
コードレス掃除機を掴む手に力が籠り、今にもルーファスさん目掛けて吸い込み攻撃を仕掛けそうです。もしわたくしがあの場にいましたら、速やかに謝罪し、好きなだけ匂いを嗅いで頂けるよう、お腹を曝け出していたことでしょう。
しかし、ルーファスさんは微動だにしません。
平然としたお顔で、
「違う。私はお前を馬鹿にしたことなど一度もない」
と、淡々と答えています。
ですが、尻尾だけは、ばるんばるんと盛大に回していました。
「あれはねぇ、単純にパティちゃんとの会話が楽しいんだよ。それと、パティちゃんが相手してくれてるのが嬉しいんだね。例えて言うなら、憧れのアイドルを前に平静を装ってるけど全然隠せてないファンって感じかな。『いや、俺、全然落ち着いてますけど』みたいな顔しながら、実際は『きゃっほぉぉぉーうっ! 生パティちゃんだふぅぅぅーっ!』って転がり回りたいんだよ」
ほほう。あのようにしれっとしたお顔をしながら、内心ではそれ程狂喜乱舞しているのですか。
「まぁ、平静を装ってると見せ掛けて本当に平静だったり、逆にめちゃめちゃ落ち込んでたりすることもあるんだけどね。でも一見しただけじゃあ全然分かんないの。なんで、ルーファスさんと喋る時は、顔じゃなくて尻尾を見るんだ。そうすると、何を考えてるのか一発で分かるから。あー、今はめっちゃ尻尾振ってるから、喜んでるんだなー、とか、あー、今はめっちゃ垂れ下がってるから、悲しんでるんだなー、とかね」
ほら、今だって、とリッキーさんは、ルーファスさんを見下ろします。
パトリシア副班長に素っ気なくあしらわれているにも関わらず、尻尾はこれでもかと楽しそうにはしゃいでいました。心なしか、耳もぴこぴこと跳ねています。
平然とした表情とのギャップに、わたくしのお口は、勝手にうにょうにょと緩んでしまいました。
「……はぁー……話は平行線ですね。これ以上は時間の無駄です」
「そうか? こういった時間も、私は非常に有意義だと思うが」
「ならば一人でやって下さい。私は十分付き合いましたよ」
パトリシア副班長は、もう一つ深く息を吐き出し、片手を差し出しました。
「さぁ、渡して下さい」
すると、ルーファスさんの尻尾の動きが、突如変わりました。
これまでは尻尾全体を使ってばるんばるんと回っていたのですが、今は先端が小刻みに揺れています。
そわそわと落ち着かない印象も受けました。
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