13‐3.淑女流のおもてなしです
その暴言に、わたくし、むっとしてしまいました。図らずとも、お口がむぎゅりと曲がっていきます。
『汚れるとはなんですか。失敬な。わたくしは昨日、マティルダお婆様に洗って頂いたばかりなのですよ? 足の裏以外は、ふわっふわのさらっさらなのですからね。近付いただけで余所様にご迷惑をお掛けする程、汚れているつもりはございません』
即刻抗議させて頂きました。
ですがルーファスさんは、態度を改めてはくれませんでした。それどころか、わたくしが少しでも身じろごうものなら、素早く逃げの体勢に入ります。わたくしをばい菌か何かと思っているのでしょうか。シロクマ菌ですか。
「やーい、シロクマ菌あっち行けー。お前に触られたらシロクマになっちまうだろー」
と、わたくしを虐めるおつもりなのですか。
もしそうだとしたら、酷いです。初対面の淑女にそのような態度を取るだなんて、紳士の風上にも置けません。
そちらがそのおつもりならば、わたくしにも考えがございます。
失礼な方には、こちらも失礼を返して差し上げましょう。
「だからっ、近付くんじゃないっ」
『ふん。何故わたくしがあなたの言うことを聞かなければならないのですか。わたくしはわたくしの好きなようにするだけです』
「おいっ、止まれっ。止まれと言っているだろうっ」
『はーん、聞こえませんね。わたくし、急に耳が遠くなりました』
「くるなっ。お前の毛が付いたらどうするんだっ」
『付くのは毛だけとは限りませんよ? 土埃や鼻水、更にはシロクマ菌も付くかもしれません』
「うわぁっ。ちょ、止めろっ。私に触るなっ」
『へーい、シロクマ菌ですよー。わたくしが触れた箇所は、立ちどころに白い毛が生えてきますよー。へいへーい』
「く……っ。おいっ、リッキー整備士っ。見ていないでどうにかしろっ」
ルーファスさんを落下防止柵までじりじりと追い詰めていましたら、急に、わたくしの足が地面から離れました。
見れば、リッキーさんが、わたくしを抱き抱えています。
「あー、すいませんねぇ、ルーファスさん。シロちゃんは、人懐っこい子なもんですからー。きっとルーファスさんと仲良くしたかったんだと思いますー」
『そうですとも。わたくしは今、無性にルーファスさんと仲良くしたいのです。これでもかと体をへばり付かせて、それはそれは仲良くしてやりたいですとも』
「決して悪気があるわけじゃないんですよー。ねー、シロちゃん?」
『えぇ。わたくし、決して悪気はございません。ただ只管に、ルーファスさんへシロクマ菌を擦り付けてやりたいだけなのです』
「ほら。シロちゃんもこう言ってることですから、どうか許してあげて下さーい」
『大体、シロクマの子供のやることに、いちいち目くじらを立てるのはいかがなものでしょうか? 大人ならば、ある程度の寛大さを見せて頂きたいものですね』
はふん、と鼻から息を吐き出せば、ルーファスさんの目が
「……こいつ、なんだか腹の立つ顔でこちらを見ているのだが」
「えー、そうですかぁ? いつも通りの可愛い顔だと思いますけどねぇ」
『リッキーさんの言う通りです。乙女のお顔を見て、腹が立つなどと言うだなんて、失礼にも程があります。わたくし自慢の白い毛塗れにして差し上げましょうか?』
「……やはり、どこか腹立たしいのだが」
「気のせいですってぇ。あ、それよりも、念の為もう一回消毒しときます? まぁ、シロちゃんの前足がズボンの裾にちょっと触った位ですから、バレないとは思いますけどぉ」
「……やってくれ」
「はーい」
リッキーさんは、今一度ルーファスさんへ消毒液を吹き掛けていきます。なんだか、本格的にシロクマ菌扱いをされているようで、むっとします。腹立たしいのはわたくしの方ですよ。
この苛立ちをルーファスさんへぶつけてやろうかと思いましたが、生憎わたくしはリッキーさんに抱えられていますので、白い毛塗れにして差し上げることが出来ません。非常に残念です。
「はい、これでオッケーでーす。後はパトリシア副班長がいらっしゃるまで、こちらでお待ち下さーい。俺とシロちゃんは、向こうに行ってますんでー」
と、リッキーさんは、
「もー、駄目だよシロちゃん。ルーファスさんと遊びたいのは分かるけど、今は我慢しようね? ルーファスさんは、これから久しぶりにパティちゃんと会うんだから。ほんのちょこーっとでも汚れがあったら、パティちゃんが嫌がるでしょ? だからルーファスさんは、今はまだシロちゃんと遊べないんだ。遊ぶのは、パティちゃんとの用事が終わってからにしようね? それまでは、俺と一緒にここで待ってようねー」
分かったかなー? とリッキーさんは、わたくしの前足を掴んで、上下に軽く揺らします。
ふむ、成程。そういった事情があるのならば、わたくしに近付いて欲しくないという気持ちも、分からなくはありません。決してシロクマ菌が移るからではないということも、理解しました。
だからと言って、あの物言いを許すかどうかは、また別問題です。
わたくしだって、話の分からないシロクマではございません。こうこうこういう理由があるので、今は離れて欲しいですと説明して頂ければ、きちんとその通りに振る舞いました。なのにルーファスさんは、まるでわたくしが汚いものであるかのように扱ったのですよ? 酷いです。
動物だって、身嗜み位気を使うのですからね。しかもわたくしの場合は、この自慢の毛の白さを保つ為に、数日おきに体を洗って頂いているのです。ブラッシングだって毎日して貰っています。汚れてなどこれっぽっちもないのです。なのになのに、あの言い草はないではありませんか。わたくし、悪いことなど何一つしておりませんのに。
全くもう、と不満をこれでもかと零しながら、わたくしは只管リッキーさんに
「ばんざーい、ばんざーい」
と前足を上げ下げされました。恐らく、この世で一番不貞腐れた万歳となっていることでしょう。
所で、と、わたくしは、船内に続く扉を見やります。
……パトリシア副班長、遅くありませんか?
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