13‐2.陸上保安部の隊員さんがやってきました



「あー、はいはい。いつもご苦労様ですー。ちょっと待ってて下さいねー」



 リッキーさんは、相手へ軽く会釈をすると、耳に付けていたカフス型通信機を触りました。

 呼び出し音が鳴り、数拍後、パトリシア副班長の声が流れ出てきます。



『はい、こちらパトリシアです』

「あ、パティちゃん? リッキーでーす。今、下にルーファスさんきてるよ。頼まれたものを持ってきてくれたんだって」

『……そうですか。では私の代わりに、リッキー整備士が受け取っておいて下さい』

「いやいや、それは失礼でしょーよ。わざわざ海上保安部の本部まで持ってきてくれたんだから、直接受け取ってあげなって」

『私は現在、出発へ向けての準備で手が離せませんので』

「はい嘘ー。どうせ執務室から出てくるのが億劫なだけでしょ? そんな理由で追い返すなんて、いくら幼馴染と言えど、酷いと思うなー。ルーファスさん可哀そーう」




 ……何故でしょう。



 通信機越しに、面倒臭いと言わんばかりの気配が、これでもかと漂ってくるのですが……。




『…………はぁー……分かりました。今からデッキへ向かいます』

「はーい、待ってまーす」



 リッキーさんは通信を切り、下で待機していらっしゃる陸上保安部の隊員さん――ルーファスさんへ、声を掛けました。



「お待たせしましたー。パトリシア副班長は、今からこちらへくるそうなので、デッキに上がってお待ち下さーい」



 と、デッキから伸びるタラップを、手で指し示します。

 



 ルーファスさんは、きびきびとした動きでタラップを上ってきました。近付いてくるその姿に、わたくし思わず、ギアーと声を上げてしまいました。



 もふもふな耳と尻尾が生えています。

 ですが、お顔は動物のものではありません。



 ルーファスさんは、レオン班長と同じく、ハーフなようです。



 耳の形と尻尾の大きさからして、犬さんか狼さんの獣人の血が入っているのでしょうか。ふっさりとしていて、触ったら気持ち良さそうです。

 お顔も非常に整っていて、全身から溢れる凛々しさが、また男前度を上げています。俳優さんもかくやの格好良さです。



 このような方が、ドラモンズ国軍にいらっしゃったのですねぇ、と魅入っている間に、ルーファスさんはデッキへ到着しました。

 しかし、何故かその場から動きません。



 不思議に思っていますと、リッキーさんが、抱えていたわたくしを徐に下ろしました。そうして、どこからともなく、除草剤を撒く時に使う噴霧器ふんむきのようなものを持ってきます。



「あのー、ルーファスさん。毎度毎度、申し訳ないんですけどぉー……いいですか?」

「……あぁ」



 苦々しいお顔で、ルーファスさんは目を瞑ります。



 途端、リッキーさんは、噴霧器を稼働させました。

 これでもかと丁寧に、ルーファスさんの全身へ、何かしらの液体を噴き掛けていきます。



 一体何を? と首を傾げるわたくしのお鼻を、嗅ぎ覚えのある独特な匂いが掠めます。

 こちらは……消毒液、でしょうか?



「いやー、本当すいませんねぇ。俺も、ここまでしなくてもいいんじゃないかなーって思うんですけどね? でも、これ位しないと嫌だーって、うちの副班長が我儘言うもんですからぁ」



 成程。潔癖症のパトリシア副班長らしい言い分です。



 きっとルーファスさんも、わたくしと同じように思ったのでしょう。非常に不満そうなお顔をしつつも、文句の一つも言いません。それどころか、全身を消毒してくれたリッキーさんへ、感謝をする始末です。

 見た目だけでなく、中身まで男前なのですねぇ。



 と、眺めていましたら、不意に、ルーファスさんと目が合いました。



「……おい、リッキー整備士」

「はい? 何ですかー?」

「何だ、それは」

「この子ですか? この子は、シロちゃんです。レオン班長が飼ってる、シロクマの女の子ですよぉ」

『はじめまして、ルーファスさん。わたくし、シロクマのシロと申します。どうぞよろしくお願い致します』



 わたくしはにっこりと微笑みながら、ご挨拶をしました。



 しかし、ルーファスさんからの返事はありません。

 不可解とばかりに、眉の端を跳ねさせるだけです。



「……何故シロクマを飼っているんだ」

「いやー、なんか、レオン班長曰く、ある日いきなり落っこちてきたらしいですよ?」

「……は?」

「ですよねぇ。そうなりますよねぇ。俺もなりました。でも班長は、落ちてきたから拾った、飼う、って言うんですよ。まぁ、俺達その時、海上にいたんでねぇ。捨てるわけにもいかないですし、取り敢えず船でお世話してたら、想像以上に可愛いんですよこれが。なんで、このままでいっかーって感じになりまして」

「……海上保安部では、軍内での愛玩動物の飼育は、許可されているのか?」

「さぁー、どうなんですかねぇ? でもまぁ、第三番隊でも、カバ以外の動物を色々育ててるっぽいんで、大丈夫なんじゃないですかねー」



 あっけらかんと笑うリッキーさんに、ルーファスさんのお顔がどんどん険しさを増していきます。もうこいつどうしたらいいんだ、と言わんばかりの溜め息も、それはそれは重々しく吐かれました。



『まぁまぁ、良いではありませんか、ルーファスさん。わたくしの存在は、第一番隊のクライド隊長もご存じですので、許可は貰ったようなものです。問題はありませんよ』



 そう話し掛けましたら、ルーファスさんは、ちらとわたくしを一瞥し、また溜め息を吐かれます。お疲れなのでしょうか。それとも、まだ腑に落ちないのでしょうか。あまり深く考えず、あるがままを受け止めた方がよろしいかと思いますよ。



『そもそも、特別遊撃班の皆さんは、我が道をゆくタイプの方々ばかりですから。注意した所で改めるとも思えませんので、色々考えるだけ時間が勿体ないですよ。それならば、のんびりと日向ぼっこでもした方が余程建設的です。よろしければ、ルーファスさんもあちらのビーチチェアで寛がれてはいかがですか? これからパトリシア副班長との面会もあることですし、寝転るまでいかなくとも、せめて座られてはどうでしょう。なんでしたら、わたくしがご案内しますよ』



 さぁさぁ遠慮せずに、とわたくしは、至極友好的にルーファスさんへ近付きました。




 するとルーファスさんは、凄い速さで後ずさります。



 嫌悪感丸出しで、わたくしを睨んできました。




「おい、近付くな。汚れるだろう」



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