12‐6.お相手役は必要です?
「いやー、シロちゃまは本当に最高ですよぉ。私の予想を遥かに超えるポテンシャルの持ち主ですねぇ」
不意に、軟体動物と化していたステラさんが、哺乳類に戻りました。
妙に笑みを浮かべては、両手を擦り合わせています。
心なしか、眼鏡も不敵な光を帯びているように見えました。
「そんなシロちゃまをぉ、私は最高の状態で撮影したいんですけどぉ、シロちゃまのお婆様はぁ、どう思われますかぁ?」
「そうだな。私としても、シロが一番可愛らしく写真に収まれるのならば、それに越したことはないと思うぞ」
「ですよねっ。となると、やっぱりシロちゃまのお相手役はぁ、必要不可欠だと思うんですよぉ。ほら、シロちゃまの引き立て役、っていうんですかぁ? いや、シロちゃまは単体で既に至高の存在ですけど、一層輝かせる為にはぁ、周りに配置するものにもぉ、こだわった方がいいと思うんですぅ」
そう言って胸元で手を合わせると、ステラさんは、先程レオン班長が捨てたクロクマさんのぬいぐるみを、持ってきました。
「ほら、ほら、見て下さい。どうですか、シロちゃまの横に対となる存在がいると、一層映えると思いませんか? 白と黒で、いい感じじゃないですか?」
ステラさんはわたくしの背後で、クロクマさんのぬいぐるみを動かしてみせます。
「それに、こういうペアの写真を見たら、お客様も真似したいなーって思うと思うんです。単体でも勿論お売りしますけど、花婿と花嫁、ふたりが揃っていた方が、一層ぐっときませんか? 実際に写真で見て頂くことによって、よりお客様もイメージが湧きやすいでしょうし、私としては、シロちゃまとディラン君のツーショットをメインに、カタログ用の写真を配置出来たらなーって、考えていましてぇ」
ステラさんの言葉と共に、クロクマさんのぬいぐるみの前足が、ばんざーいばんざーいと挙げられます。
確かに、ステラさんの言うことも一理ありますね。新郎新婦の恰好をした熊は、二匹揃っていた方が見栄えがするという意見にも、頷けます。
ただ、一つ気になるのは、白いウェディングドレスをシロクマが、黒いタキシードをクロクマが着て並んだ所で、果たして本当に映えているのでしょうか? 寧ろ体毛と衣装が同化して、分かりづらいような気がするのですが。
まぁ、それはそれとして、クロクマさんとタキシード自体は、とても素敵だと思います。
クロクマさんは、わたくしよりも一回り程体が大きいです。丸っとした可愛らしい瞳が、なんとも親近感を覚えます。体ももふもふと手触りが良さそうで、小さなお子さんは間違いなく好きになるでしょう。お口の端も気持ち持ち上がっており、まるでわたくしに優しく微笑み掛けているかのようです。きっと本物のクロクマさんだったとしたら、さぞ紳士的な方なのでしょうね。
そんなジェントルなクロクマさんの顔面を、レオン班長は容赦なく鷲掴みました。
可哀そうな程に握り潰したかと思えば、目にも止まらぬ速さで、ぶん投げます。
クロクマさんのぬいぐるみは、鈍い音を立てながら、天井の角へと突き刺さりました。
「あぁぁぁぁぁーっ! ディランくぅぅぅぅぅーんっ!」
ステラさんが、慌ててクロクマさんの元へ駆けていきます。しかし、丁度三角になっている部分に見事嵌り込んでしまい、一向に落ちてくる気配はありません。
四肢をぷらんぷらんさせながら、こちらにお尻を向ける姿は、憐れ以外のなにものでもありませんでした。
「あぁ、思い出すな。私の父も結婚式の時、娘を黙って抱き締めていたかと思えば、近付いてきたクライドを唐突に掴み上げて、投げ飛ばしたんだ。あの時のクライドは、相当油断していたんだろうな。天井に頭から突っ込んで、そのまま気絶してしまったよ。これから式が始まると言うのに、花嫁一人で一体どうすればいいんだと、それはもう焦ったぞ」
そう言って、マティルダお婆様は朗らかに笑っています。
それは、果たして笑いごとなのでしょうか? ただただクライド隊長が不憫なだけな気がしますが。
そして、レオン班長。
あなたのせいで、クロクマさんが大変なことになっているというのに、一切関心を向けないというのは、いかがなものでしょうか。
『せめて、一瞥位はしてもよろしいのではありませんか? クロクマさんだって、好きでタキシードを着ていたわけではないのですから。ステラさんに着せられていただけだと考えると、寧ろただの被害者ですよ? 裁判を起こされたら、間違いなくレオン班長が負けますよ? いいんですか? おーい』
しかし、レオン班長は微動だにしません。
わたくしを固く抱き締めたまま、静かにライオンさんの耳と尻尾を揺らすだけです。
……こうなっては、モデル業終了まで、まだまだ時間が掛かりそうですねぇ。
わたくしは、大騒ぎするステラさんの声をBGMに、はふん、と溜め息を吐くのでした。
因みに、無事救出されたクロクマさんのぬいぐるみは、最終的に新郎ではなく、新婦の兄という設定で、わたくしとの撮影を果たしました。
若干頭がへこんでいたような気がしますが、きっとわたくしの見間違いでしょう。
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