12‐5.ウェディングドレスです



「おぉ、中々似合うじゃないか。可愛いぞ、シロ」



 ベールの付いたカチューシャをわたくしに装着すると、マティルダお婆様は、それはそれは嬉しそうにライオンさんの尻尾を揺らしました。わたくしを抱き上げ、その場でくるりと一回転します。



 わたくしは、ぷらぷらと四肢を垂らしつつ、ちらと部屋の隅に置かれた鏡を見ます。

 そこには、瞳の輝きを失った子シロクマが、白い布に埋もれながら、ライオンさんの獣人に高い高いされている姿が映っていました。最早なすがままです。一見しただけでは生きているかも分からない程に、お顔が死んでいます。



「しかし、感慨深いものだな。シロがウェディングドレスを着るなんて。ほんの少し前に初孫が出来たと喜んでいたばかりなのに、もう結婚か。早いものだ」



 いえ、まだ結婚はしませんよ。今回はただの撮影ですから。



「私がクライドと結婚した時のことを思い出すよ。あの頃のクライドは、本当に可愛らしくてなぁ。出来ることならば、クライドにウェディングドレスを着て貰いたかったんだが、どうしても嫌だとクライドは言い張るんだ。しまいには、結婚を取り止めるなどとも言ってな。宥めるのに苦労したぞ」



 それは、止めて正解でしょうね。クライド隊長の主張は勿論ですが、出席する側も、クライド隊長のウェディングドレス姿など、見たくはないと思いますよ。




「まぁ、代わりに式の後で着てくれたから、いいんだけどな」




 ……え? 着たんですか、クライド隊長?




 信じられなくて、わたくしは思わず、はっはっはーとご機嫌に笑うマティルダお婆様を凝視します。

 しかし残念ながら、マティルダお婆様は、それ以上話しては下さいませんでした。わたくしの身嗜みを整えると、赤ちゃんを抱っこするが如く、縦抱きにします。



「さて。では、シロ。そろそろ行こうか。きっとレオンもステラ嬢も、お前を見たら驚くぞ?」



 いえ、それよりも、クライド隊長のウェディングドレス姿について、もう少し詳しくお話を伺いたいのですが、というわたくしの本音を余所に、マティルダお婆様は、意気揚々と衣装部屋から出ていきます。



 お隣の撮影スタジオへ戻ると、そこには新たなセットが既に用意されていました。猫足のロマンティックな白い椅子に、白バラのブーケと、白地に上品な刺繍の施されたクッションが置かれています。下にはこれまた白地のラグが敷かれており、金糸で縁取りがされていました。背景も白い壁紙に変わっていて、正にウェディングらしい白づくめです。



 そんなセットの前で、レオン班長とステラさんは、何やら小競り合いをしています。



 正確には、黒い物体を頭上に掲げるレオン班長へ、ステラさんが飛び掛かっていました。



「ちょっとっ! 何するんですか、シロちゃまのお父様っ! なんで取っちゃうんですかっ! 早く返して下さいっ!」

「嫌だ」

「嫌だじゃありませんっ! その子がいないと、撮影が始められないんですっ!」

「なくても出来る」

「出来ませんっ! シロちゃまは今回、ウェディングドレスを着るんですよっ? お嫁さんになるんですっ! だったらお相手役が必要じゃないですかっ!」

「いらねぇよ」

「い・り・ま・すっ!」

「いらねぇ」

「もうっ! いいからほらっ、さっさとディラン君を返して下さいっ! かーえーしーてぇぇぇーっ!」



 むきゃーっ! と奇声を発しつつ、ステラさんは両手を挙げて、眼鏡と一緒に飛び跳ねています。

 その指先が求めているのは、レオン班長が高々と掲げている黒い物体です。



 よく見れば、黒い物体はぬいぐるみでした。

 タキシードを着た、クロクマさんのぬいぐるみです。




「ふむ、成程。確かに、花嫁がいるのだから、花婿がいなければ可笑しいな。しかも相手はクロクマか。悪くない選択だ」



 マティルダお婆様が、ライオンさんの尻尾をゆったりと揺らします。



「しかし、シロクマとクロクマが結婚した場合、生まれてくる子供は一体何色になるんだろうな? 白か? 黒か? それとも灰色か? いっそ白と黒のバイカラーというのも考えられるな」



 バイカラーでは、最早熊ではなくパンダさんなのではないでしょうか。

 いえ、そもそもわたくし、ぬいぐるみのクロクマさんとは結婚出来ませんし。



「あっ! シロちゃまのお婆様っ、お待ちしてましたよっ! どうですか、シロちゃまは――って、はぁぁぁ~んっ! 可愛いぃぃぃ~っ! 白が似合うっ! 似合いすぎるぅっ! シロちゃまは白を纏わせたら世界一でちゅねぇぇぇ~っ!」



 ステラさんは勢い良く駆け込んでくると、撮影機を構えながら、スライディングでこちらまでやってきました。軟体動物の如くぐにゃんぐにゃん体勢を変えては、マティルダお婆様に抱っこされるわたくしを、写真に収め続けます。



 そんなわたくし達を、レオン班長は、少し離れた場所から見ていました。


 鋭い目付きを、これでもかと開いています。



 そのまま固まっているかと思えば、徐に、ぽとりと、クロクマさんのぬいぐるみを落としました。しかし、クロクマさんを気にすることなく、ふらりふらりと近付いてきます。



「シ……シロ……」



 レオン班長が、わたくし達の目の前で立ち止まります。若干小刻みに揺れる腕を、そーっと伸ばしてきました。そうして、そーっとわたくしを抱き上げます。その間、一切わたくしから目を離しません。

 あまりの凝視っぷりと、瞳孔の開きっぷりに、わたくしもついつい見つめ返してしまいました。



 そのまま見つめ合うこと、数拍。



 レオン班長の耳が、つと、震えました。




 かと思えば、無言でぎゅっと、抱き締められます。



 強くはなく、苦しくもなく、しかし決して離さないと言わんばかりの、絶妙な力加減で。




『レオン班長? レオン班長。おーい』



 反応はありません。ただただ、ライオンさんの耳と尻尾が、振られるだけです。



「懐かしいな。私の父も、結婚式の際、ウェディングドレス姿の娘を見て、同じ行動を取っていたぞ。無言でぎゅーっと抱き締めてな。そのまま動かないんだ。あまりの不動っぷりに、てっきり死んだのかと焦ったぞ」



 マティルダお婆様は、楽しげに目を細めます。

 成程。つまりレオン班長は、母方の血を強く受け継いでいるということですね。確かに、これだけ微動だにしないと、天に召されたのかしらと勘違いしてしまいそうです。



 ですが、レオン班長。

 わたくし、別にこれからどなたかの元へ嫁ぐわけではありませんよ?

 あくまでモデルとしてウェディングドレスを着ているだけですので。その辺り、ご理解願いたいですね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る