12‐4.モデルです



 わたくしは現在、レトロと申しますか、モダンと申しますか、中々おもむきのあるお部屋にやってきています。

 窓から差し込む日の光が、寝椅子で寛ぐわたくしへと降り注ぎます。その優しい温もりを、肘掛け部分へ顎を乗せながら、全身で享受しました。あぁ、このままお昼寝をしたら、さぞ心地良いでしょうねぇ。




 ……まぁ、このような状況で昼寝など、どだい無理な話なのですが。




「はぁぁぁ~んっ! 可愛いぃぃぃ~っ! 最高ぉぉぉ~っ!」



 カシャーッ、カシャーッ、と激しいシャッター音とフラッシュが、先程から忙しなく上がっています。



「あぁ~んっ、もう想像以上だよぉぉぉ~っ! 私の目に狂いはなかったぁぁぁ~っ! 」



 視界の端で、それなりに大きなものが、ゴロンゴロン転がっています。ついでに、涎を啜る音や妙な笑い声も、何度となく上がりました。



「シロちゃまっ! シロちゃまぁぁぁ~っ。こっち向いて下ちゃぁぁぁ~いっ。目線お願いしまぁぁぁ~ちゅっ」



 ……名前を呼ばれてしまいました。

 仕方なく、視線だけをちらりと向けます。



 途端、お顔が崩れ切ったステラさんと、目が合ってしまいました。



「はい可愛いっ! はい可愛いよシロちゃまっ! はいその可愛さ頂きますっ!」



 本格仕様なのでしょうか。かなり大きくて厳つい撮影機を構えると、またしても、カシャーッ、カシャーッ、と音を奏でていきます。フラッシュも何度となくたかれ、眩しさに思わず目を細めてしまいました。



「あぁっ、シロちゃまその流し目最高っ! 小悪魔的っ! 白と黒のコントラストも最高っ! 正に漆黒の天使でちゅねぇぇぇ~っ!」



 でへへへ~と涎を垂らしながら、ステラさんは床に寝転がります。まるで軟体動物のようにぐにゃりと体勢を変えては、眼鏡がズレるのもお構いなしに、撮影機のレンズをわたくしへ向け続けました。



 ……これ、いつになったら終わるのでしょうか。



 わたくし、ステラさんのお願いを聞いてしまったことを、若干後悔し始めています。モデルとは、これ程過酷なお仕事だったのですね。アルジャーノンさんで慣れているつもりだったのですが。


 はふん、と溜め息を吐き、わたくしは、己の体へ目を落としました。


 レースとリボンがこれでもかと使われている、黒いふりっふりのワンピースが、視界に飛び込んできます。頭にはヘッドドレスが乗せられており、所謂いわゆるゴシックロリータファッションというものを、わたくしは身に纏っているのです。




 そう。

 わたくしは現在、ステラさんが作ったぬいぐるみ用の衣装を、着ているのです。




 どうやら、以前レオン班長と共にこの辺りをお散歩していたわたくしを見て、創作意欲が湧いたそうです。

 これまではぬいぐるみ本体しか作ってこなかったそうですが、わたくしが装着していたリッキーさんお手製のハーネスを見た瞬間、ビビビーッ! っときたらしく、そこからぬいぐるみの衣装を制作し始めたのだとか。


 ステラさんとしては、ぬいぐるみのお洋服は、お客さん達に受けるという自信があったそうです。ですが、お店のオーナーからは理解を得られず、悶々とした日々を過ごしていました。

 そんな時、久しぶりに、お散歩するわたくしを見かけたのです。


 瞬間、閃きます。


 そうだ。理解して貰えないなら、自分の思い描いたものを、実際に見て貰えばいいじゃないか、と。


 そこからは、わたくしの知っている展開です。突撃してきたかと思えば、わたくしに鼻息と唾を吐き掛け、抗議するレオン班長を説き伏せ、あれよあれよという間にぬいぐるみ専門店へと連行しました。

 そうしてステラさんは、マティルダお婆様を味方に付けると、わたくしに自作の衣装を着せて、こうして撮影をしていると、そういうことです。



 最初は、わたくしも喜んでいたのですよ? シロクマの子供と言えど、中身は立派な乙女ですもの。このように物語の中のお姫様が着ていそうな、それはそれは愛らしいドレスを身に付けられるだなんて、中々出来ない体験です。


 しかもこちらのドレス。なんと、わたくしのお尻がすっぽりと隠れる丈感となっております。初めて感じる下半身の心強さに、感動してしまいました。

 加えて、何を着ても


「あぁっ、深紅の女神がご降臨されましたっ!」


 やら


「あれあれぇっ? こんな所にピンクの妖精さんがいまちゅねぇ~っ!」


 やらと褒め称えられるとなれば、悪い気はしません。



 ですが、何事にも限度というものはございます。



 楽しいのは、最初の五着位まででした。以降は徐々にわたくしの気力も失われていき、今ではほぼぬいぐるみと化しています。瞬きをして、触ると温かいぬいぐるみです。そのようなシロクマがモデルを務める意味は、果たしてあるのでしょうか?



『……決して嫌いでは、なのですけれどもねぇ……』



 せめて、数日に分けて頂けたら良かったのですが、と、わたくしはもう一つ、はふん、と溜め息を吐きました。




 すると、不意に、頭上が陰ります。



 見れば、レオン班長が寝椅子のすぐ傍に立っていました。



 じーっとわたくしを見下ろすと、徐に手を伸ばしてきます。



 そうして、わたくしが纏うゴスロリドレスの裾を、丁寧に整えました。

 ヘッドドレスのリボンも綺麗に直し、ついでにわたくしの毛並みもブラシで揃えていきます。




「あっ、シロちゃまのお父様っ。申し訳ありませんが、そこにある造花のバラを取って貰えませんかっ。シロちゃまに絶対似合うと思うのでっ」



 レオン班長は、すぐさまステラさんの言う通りに、造花のバラを持ってきます。寝椅子の上へ置いては角度を調節し、置き直してはまた角度を調節していきます。

 最後に、色々な場所から全体を確認すると、満足げにライオンさんの耳と尻尾を揺らしました。



 レオン班長は、先程からわたくし専属のスタイリストと化しております。

 相変わらず眼光は鋭く、毛のない眉にも力が籠っていますが、纏う空気は非常に楽しそうです。生き生きとステラさんの指示に従いますし、場合によっては自ら提案もします。軍人らしく鍛えられた肉体を駆使して、小道具だけでなく大道具も運んできては、速やかに撮影セットを組んでいきました。ステラさんも大絶賛のセンスです。素晴らしいと思う反面、レオン班長がここまでノリノリでなければ、わたくしももう少し早く解放されたのかしら、と思わずにはいられません。




 まぁ、レオン班長だけが、この長丁場の原因ではないのですが。




「なぁ、ステラ嬢」



 撮影スタジオのお隣にある衣装部屋から、マティルダお婆様がひょっこりお顔を出します。



「次は、この衣装はどうだろうか? 少々ボリュームがありすぎる感も否めないが、しかしこの真っ白いドレスを真っ白なシロが纏うというのも、中々いいと私は思うぞ」

「あぁっ、いいですねシロちゃまのお婆様っ。それなら、えーっと、ちょっと待って下さい。付属のヘアーアクセサリーがありますから、それも一緒にお願いしますっ」



 ステラさんは衣装部屋へ飛び込むと、大量に積まれた箱の中から、ベールの付いた白いカチューシャを取り出しました。リボンで作られたお花が飾られており、とても可愛らしいです。



「はいっ、じゃあこれを頭に付けて下さいねっ。落ちないように、ヘアークリップとリボンで留めて下さいっ。よろしくお願いしますっ」



 ではっ、とステラさんは素早くお部屋を後にします。どたばたと音が聞こえるので、恐らくレオン班長と共に撮影セットを変えているのでしょう。

 はぁー、まだまだ続きそうですねぇ。


 わたくしは、ぐったりとしたまま、マティルダお婆様にゴスロリドレスを脱がして貰います。

 そして、ぐったりとしたまま、新しいドレスを着せて頂きました。



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