12‐3.伝えたいことです
「……っ、あ、あのっ。と、突然、このようなことを言われても、困らせるだけだとは、分かっているんです、けど……で、でもっ。私、どうしても、この気持ちを、お、抑え切れなくって……っ」
な、何でしょうか。わたくしの予想とは、大分違う展開です。思わず、女性とマティルダお婆様を見比べてしまいます。
お婆様は、わたくしを抱えたまま、しばし目を丸くされていました。ライオンさんの耳も、びっくりしたとばかりに立ち上がっています。
そのまま女性を見つめたかと思えば、やがて、深々と息を吐き出しました。
「……ふむ、成程な」
二度三度と首を上下させ、つと、天を仰ぎます。それから、もう一つ溜め息を零し、わたくしを抱き直しました。俯いてしまった女性と、向き直ります。
「お嬢さんの気持ちは、大変光栄に思う。ありがとう。だが、申し訳ない。私は、その気持ちに答えることは出来ない。何故なら、私には既に、愛する夫と子供がいてな。余所に恋人を作るわけにはいかないんだ。すまない」
女性は顔を伏せたまま、微動だにしません。
まるで、お婆様の声が聞こえていないかのようです。
「だが、勘違いしないで欲しい。私は、お嬢さんの性別が女だから断っているわけではない。世の中には、様々な性的指向を持つ者がいると理解している。私だって、もしクライドが――夫が女だったとしても、きっと今と同じように惹かれていただろう。恋とはそういうものだ。性別など関係ない。大事なのは、お嬢さんにとって、いかに相手が掛け替えのない存在であるか、その一点に限る。周りが何と言おうと、気にすることはない」
お婆様の言葉が紡がれる中、女性は、握り締めた拳を、小刻みに震わせています。もしや、傷付いていらっしゃるのでしょうか。
そうですよね。マティルダお婆様が、どれ程優しい言葉を選んだ所で、失恋は失恋です。苦しくないわけがありません。なのにわたくしったら、あのように浮かれてしまって。自分で自分が恥ずかしいです。
ですが、お嬢さん。お嬢さんは、とても素敵な方に恋をされましたよ。
マティルダお婆様は、お嬢さんを馬鹿にすることも、必要以上に傷付けることもありません。ありのままのあなたを受け止めて下さいます。
ほら。今だってお婆様は、お嬢さんの為に何か出来ないか、一生懸命考えられていますよ。
「もしもの時は、私も力になろう。これでも知り合いは多い方だからな。きっとお嬢さんを守れるだろうし、応援もしようじゃないか。なんなら、お嬢さんに合いそうな相手も紹介するぞ?」
……え?
「うちの隊の隊員で、恋人が欲しいと騒いでいる奴らがいてな。他にも、結婚相手を探している奴も、確かいたと思うんだ。もしお嬢さんが望むならば、そいつらとの交流の場を設けることも、やぶさかではないぞ」
『い、いえ、マティルダお婆様。流石に、交流の場は不味いのではありませんか? お婆様が良かれと思って申し出ているとは重々承知しておりますが、しかし、失恋したばかりの相手から恋人候補を紹介されるなど、お嬢さんが可哀そうですよ』
しかし、マティルダお婆様は止まりません。善意百パーセントなお顔で、おすすめの隊員さんのお名前と特徴をあげていきます。
『あ、あの、お嬢さん。マティルダお婆様が、申し訳ありません。ですが、お婆様は、決してお嬢さんを傷付けるつもりなどないのですよ? お婆様なりに励まそうとされているだけなのです。ただ、その方向性が、少々独特と申しますか、若干ズレていると申しますか』
と、わたくしが、一生懸命フォローしていましたら。
「あ、あのぉっ!」
不意に、女性がお顔を勢い良く持ち上げます。
未だ震える拳を胸元で構え、前のめりになりながら、眼鏡越しにマティルダお婆様を見上げ――
『……って、あら?』
……なんだか、目が合っているような、気がしますよ?
はて、と小首を傾げれば、女性の頬が、ぽっと赤くなりました。もじもじと身を捩り、かと思えば、一歩足を踏み出します。
真っ赤なお顔を、わたくしへと突き付けてきました。
あまりの勢いに、わたくし、思わず後ろへ身を引いてしまいます。耳も、ペタンと伏せました。
けれど、女性は気にせず、深く息を吸い込みます。
「あのっ、わ、私っ、あそこのぬいぐるみ店の職人をしていますっ、ステラと申しますっ! 初めましてっ!」
『は、はぁ……初めまして?』
「あのっ!」
ステラと名乗った女性は、更に一歩近寄ってきます。
「初対面なのにっ、こんなことを言われても、困るかもしれませんがっ、どうかお願いですっ!」
額同士を押し付け合い、最早ヤンキーのメンチ切りのような状態で、ステラさんは叫びました。
「どうかっ、私が作ったぬいぐるみ用衣装のっ、モデルになってくれませんかぁぁぁぁぁーっ!」
ステラさんの声が、通り中に轟き渡ります。
ついでに、ステラさんの鼻息と唾が、わたくしの顔面に直撃しました。
……取り敢えず、一旦離れましょうか。あまりに近付きすぎて、わたくしのお顔へ眼鏡がめり込んでおりますから。
落ち着きましょう。ね? それがいいですよ。
そのような気持ちを込めて、わたくしは、ギアー……と声を上げたのでした。
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