9‐1.班長さんのご家族です
『あのー……レオン班長? レオン班長ー。おーい』
先程から何度も呼び掛けているのですが、レオン班長からのお返事はありません。ライオンさんの尻尾で、ずーっとソファーの座面を叩きながら、お膝に乗せたわたくしの耳を揉んでいます。
何故このようなことになったのでしょう。
いえ、原因は分かっているのです。
レオン班長がクライド隊長に叱られている時、わたくしが第一番隊の皆さんと、
あの時のレオン班長は、正に百獣の王といった風体でした。無言でずんずんとやってきたかと思えば、ただでさえ厳つい強面へ一層迫力を漲らせ、有無を言わさずにわたくしを掻っ攫っていったのです。
皆さん、ぽかーんとされていましたよ。わたくしも、いつになく強引なレオン班長に、きょとんとしてしまいました。
「あー、すいませんねー、皆さん。うちのはんちょ、ちょっと今拗ねてるんですよー。自分がめちゃめちゃ可愛がってるシロちゃんが、自分以外の相手に懐いてるの見て、むむむーっていじけてるんですー」
“だからと言って、ここにいる者達に何か思っているわけではない。一晩寝れば忘れるだろうから、どうか気にしないでくれ”
「そうそう。親バカのやることだーって、大目に見て貰えるとありがたいでーす」
後ろから、リッキーさんとアルジャーノンさんが、状況の説明と、レオン班長のフォローをされている声が聞こえます。
折角上がり始めていた特別遊撃班の評判を、どうか元に戻さないよう頑張って頂きたいです。合わせて、レオン班長も悪気があったわけではないと、伝えて頂ければ幸いです。少々タイミングが悪かったと申しますか、虫の居所が悪かっただけですので。
『レオン班長? いい加減、機嫌を直して頂けませんか? わたくし、先程からずーっと耳を揉まれているせいか、そろそろ頭からもげてしまいそうなのですが』
しかし、わたくしの訴えも空しく、レオン班長の手は止まりません。これで本当にわたくしの耳がもげたらどうするのですか。いえ、そのようなことが起こるなんて、万に一つもあり得ないと思ってはいますけれども。ですが、こうも反応を返して下さらない方へ話し掛けるというのも、流石に疲れてしまいました。
はふん、と息を吐き、わたくしはレオン班長の腹筋へ凭れます。そうして、そのまま辺りを見回しました。
わたくしは現在、とある一軒家にきています。中には誰もいませんでしたが、生活感は其処彼処から漂っていますので、どなたかが住んでいらっしゃるのでしょう。
部屋の広さや椅子の数から、恐らく四から六人家族です。そして、レオン班長がこちらの家の鍵を持っており、尚且つ慣れた様子で寛いでいらっしゃる辺り、恐らくレオン班長のご実家なのではないでしょうか。
万が一違っていたとしたら、わたくしは残念に思うよりも、レオン班長の強靭すぎる精神力に若干引いてしまいます。何故、赤の他人のお家にここまで堂々と入り込み、リビングでふんぞり返っていらっしゃるのですか、と、声を大にして問い質したいです。
まぁ、わたくし、シロクマですから、実際に問い質すことは出来ませんが。ですが、それ位驚いている、という辺りは、知っておいて頂きたい所です。
しかし……いつになったら、レオン班長のご家族は、戻っていらっしゃるのでしょう。
この居心地の悪い状況をどうにかしたい、という思いと、レオン班長に飼われている身としては、きちんとご挨拶をしたい、という思いがあります。シロクマの子供と言えど、最低限の礼節は弁えるべきでしょう。わたくし、淑女ですので、その辺りはしっかりとしておきたいです。
まだですかねぇ、と、未だ不機嫌なレオン班長に、耳を揉まれながら待っていますと、不意に、玄関から鍵の開く音が聞こえました。
二人分の足音も、リビングに近付いてきます。
「おや、もう帰ってきていたのか。お帰り、レオン。遅くなってすまないな」
現れたのは、軍服を着たライオンさんの獣人です。たてがみがないので、きっと女性でしょう。
とても大きな方です。身長は、レオン班長よりも若干高いでしょうか。力も強いようです。わたくしが五匹は入ってしまいそうな買い物袋を、軽々と四つも抱えていらっしゃいます。
「お前……なにさっさと帰ってんだこら。暇なら仕事手伝えや」
ライオンさんの獣人の後ろから、同じく買い物袋を二つ肩に掛けたクライド隊長が現れました。いつぞや執務室のスクリーン越しにお会いしたぶりです。
こうして実物を見ますと、一層その厳つさと強面っぷりがよく分かります。毛のない眉も、やはりレオン班長にそっくりです。全体のシルエットや雰囲気も相まって、ほぼ間違いなく血縁関係があるのでしょう。
加えて、こちらのお家が、レオン班長のご実家だと仮定するならば。そこへ勝手知ったるとばかりに現れ、慣れた様子で買い物袋から取り出した食材を片付けていく姿から、もしやクライド隊長達は、レオン班長のご両親、ということなのでしょうか?
確証はありませんが、確率はかなり高い気がします。なんせレオン班長は、人間とライオンさんの獣人のハーフですもの。そして目の前にいるクライド隊長は人間で、お隣にいるのはライオンさんの獣人です。ぴたりと合致します。
後は、クライド隊長達がレオン班長を息子と呼ぶ、もしくは、レオン班長がクライド隊長を父と呼び、且つ、ライオンさんの獣人を母と呼べば、検証は完了なのですが。
わたくしは、レオン班長をちらりと窺います。しかしレオン班長は、現れたお二人を一瞥するだけで、何も言いません。ライオンさんの尻尾でぺちんとソファーを叩き、またわたくしの耳を揉み始めます。
そんなレオン班長に、クライド隊長は大きな溜め息を吐きました。対してライオンさんの獣人は、微笑ましげに目を細めます。
かと思えば、わたくしへと、視線を向けました。
途端、耳と尻尾を、ぴんと立てます。
心なしか、目も輝いているように見えます。
「レオン。もしやそのシロクマの子供は、シロか?」
あら? わたくしのことを、ご存じなのですか?
初めてお会いしたと思うのですが、と疑問に思うも、恐らくレオン班長が事前にお伝えしたのだと、すぐさま検討を付けます。こちらへわたくしを連れてきた位です。しばらくお世話になるつもりなのならば、何も言わずにシロクマの子供を一匹追加するとは思えません。
「ふむ、成程。こうして見ると、思ったよりも小さいな」
ライオンの獣人さんは、ソファーの前で膝を付きました。わたくしと視線の高さを合わせると、緩やかに尻尾を波打たせます。
「初めまして、シロ。私はマティルダと言う。レオンの母親だ」
あらまぁ。やはり、レオン班長のお母様でしたか。
「そして、お前の祖母でもある」
……はい?
ライオンさんの獣人、改め、マティルダさんは、何やら不可思議なことをおっしゃいます。
「なので、私のことは、マティルダお婆ちゃん、もしくは、マティルダばぁばと呼んでくれ。初孫の誕生を、私はとても嬉しく思う。歓迎するぞ、シロ」
ライオンさんの耳をゆるりと揺らし、わたくしの頭を撫でて下さるマティルダさん、改め、マティルダお婆様。
わたくし……あら? 実は、マティルダお婆様と血が繋がっていたのでしたっけ? シロクマではなく、実はライオンさんの子供だったのでしょうか?
そもそも、マティルダお婆様がわたくしの祖母だとしたら、お婆様の子供であり、わたくしの親である方は、一体どなたなのでしょう? わたくし、レオン班長に拾われる以前の記憶はほぼありませんので、親の顔も分からないのですが。
しかし、マティルダお婆様は、困惑するわたくしなどお構いなしに、ご機嫌に白い毛を梳いて下さいます。その手付きは非常に絶妙です。
あまりの心地良さに、血縁問題も一旦置いておこうと思ってしまいます。
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