8‐4.触れ合いタイムです
「愛されてると言えば、このハーネスも凄いですよね。海上保安部の軍服になってるんですから。もしかして、これもお手製ですか?」
「そうですー。ただのハーネスじゃあ可愛くないなーって思ったんで、作っちゃいましたー」
「本当凄い。器用なんですね」
「いやいやー。ただこういうのが好きなだけですよー」
「それでも凄いですよ。クオリティ高すぎて、売り物みたいですもん。もし売り出したら、絶対完売します。っていうか、私が買い締めます」
「あ、私も。もしこれがペットショップとかで売ってたら、絶対に実家の猫用に買う。で、一緒に記念撮影する」
「分かるー、絶対するー。それで、同期とか同じ部署の人に見せて自慢するー」
「するわー。『どうよ、これ。うちの子とお揃いなんだよ』とか言って、腹立つ位ドヤ顔するわー」
きゃいきゃいと楽しげに笑ったかと思えば、片方のお嬢さんが、唐突に手を叩きました。
「そうだ。あの、もしよろしければ、シロちゃんと一緒に、記念撮影とかしても、大丈夫ですか? 勿論、勝手に使ったりはしませんから」
「あ、私からもお願いします。個人で楽しむに留めるので、是非一枚だけ。この通りです」
リッキーさんとアルジャーノンさんは、顔を見合わせます。
「んー、まぁ、一枚位なら、いいんじゃないかなーと思うけど、どうかなぁアルノン? はんちょ、怒ると思う? シロちゃんに関しては、たまーに心が狭くなるからなー」
“あくまで個人で楽しむ分には、問題ないのではないか? 仮に不機嫌になったとしても、シロの可愛さに思わず、などと言っておけば、取り敢えず溜飲は下げるだろう”
「あー、そんな感じするー。はんちょ、心が狭いわりに親バカだもんねぇ。じゃ、お姉さん達も、そんな感じでお願いしますねー」
「分かりましたっ、任せて下さいっ」
「ありがとうございますっ。では早速っ」
「あ、じゃー、俺が撮りますよー」
「いいですか? ありがとうございます。お願いします」
と、お嬢さん達は、いそいそと小型撮影機を取り出します。リッキーさんが普段使っている板状のものよりも分厚く、一回り程大きいです。そちらをリッキーさんへ渡すと、お嬢さん達はわたくしを挟んで、両隣へとやってきました。満面の笑みを浮かべて、撮影機を見ていらっしゃいます。
一応わたくしも、シロクマなりに微笑んでおきましょうか。にこ。
「あ、あのぉー」
無事写真も撮れた所で、新たなお嬢さん方がやってきました。もじもじする姿に、もしや今度こそ告白かと、わたくしの期待が膨れ上がります。
しかし。
「も、もし良かったら、私達も、シロクマちゃんと仲良くさせて頂いても、よろしいですか?」
またしても、お目当てはわたくしでした。
いえ、嬉しいのですよ? 恋する乙女のような眼差しを向けられる程好意的に見られているなんて、ありがたいことだと分かっています。
ですが、わたくしが求めているのは、そういうのではないのですよねぇ。
はふん、と溜め息を吐き、けれど、やってきて下さったお嬢さん方を無碍にはしません。消毒された掌を、汚れていないかチェックさせて頂いた後は、大人しく撫でられつつ、一緒に写真を撮ります。
「あのっ。わ、私も、撫でてみたいんですが、いいですかっ?」
「私、第一番隊じゃないんですけど、それでも触れ合っても大丈夫ですか?」
「お、俺も、いいですか?」
「僕も、お願いしますっ。あ、でも、僕、デカいから、もしかしたら、怖がらせるかも、しれないんですけど……」
……気付けば、人だかりが出来てしまいました。皆さん、撮影機を片手に、わいわいきゃっきゃっとやっています。
一様に瞳を輝かせ、期待に満ち溢れた顔をされる皆さんを、リッキーさんとアルジャーノンさんは、手早く整列させていきました。
「はいはーい。皆さん、一列に並んで下さーい。横入りは厳禁ですよー」
“触る前には、必ず消毒をすること。持ち時間は、一人一分だ。シロの体調によっては、早めに切り上げる。その場合は、どうか理解の程をよろしく頼む”
「皆さんの気持ちも分かりますけどねー。でも、俺達はあくまでシロちゃんファーストで動きますからねー。文句は受け付けませんよー。もし何か言ってきたらー、その時点で強制的に終了しますからねー。シロちゃん連れて帰りまーす」
“お互い気持ち良く触れ合う為に、どうか協力して欲しい”
はーい、と良い子のお返事が、其処彼処から聞こえてきます。わたくしの位置からでは分かりませんが、思いの外大勢いらっしゃるようです。
皆さん、それ程シロクマの子供を触りたいのでしょうか? まぁ、単純に物珍しいのかもしれませんし、周りの勢いに流されて何となく、という方もいらっしゃるでしょう。わたくし、自分にそこまでの価値があるとは思えないのですが。
しかし、リッキーさんは次々訪れる希望者を整理し、アルジャーノンさんは消毒液を吹き掛けていきます。
そして、一番初めにわたくしの元を訪れたお嬢さんお二人も、何故か時間を計る係と、撮影機のシャッター係をこなしていらっしゃいました。
「はーい。ではこれから、一分間の触れ合いタイムに入ります。私が合図をするまで、どうぞシロちゃんと仲良くして下さいねー」
「では、最後に記念撮影をしまーす。シロちゃーん、シロちゃんこっち向いてー。はい、チーズ」
まるで皆さん、動物園の触れ合い広場担当の飼育員さんのようです。
いえ、これはもう、ほぼ触れ合い広場と化しています。
可笑しいですね。わたくしは、海上保安部の本部にきていた筈なのですが。
まぁ、いいですけれどね。今の所、乱暴に触る方もいらっしゃいませんし、お嬢さん方は勿論、お兄さん方も、てれんと顔を蕩けさせながら、わたくしを愛でて下さいます。
リッキーさんとアルジャーノンさんに気安く話し掛けて下さる方も、いらっしゃいます。わたくしを切っ掛けに、特別遊撃班への先入観を少しでも変えられたようで、非常に嬉しいです。班員の皆さんの良さを分かって頂けるのならば、わたくし、いくらでも撫でられますし、笑顔で写真にも応じますよ。
……しかし、と、先程から一つ、気になっていることがあります。
皆さん、お仕事はよろしいのでしょうか? いい時間こちらにいらっしゃるような気がするのですが。
はて、と小首を傾げるも、わたくしに確かめる術はありません。ですが、皆さんもいい大人ですので、時間の管理はきちんとしていらっしゃるに違いありません。きっと問題ないのでしょう。そうだと信じていますよ。
そのような願いと共に、わたくしは向けられた撮影機へ、シロクマなりの微笑みを浮かべてみせるのでした。
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